日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

コラム

〈行友弥の食農再論〉鏡を壊すなかれ

 統計は社会が自らの姿を映す鏡である。鏡がゆがむと、社会は針路を誤る。以前も紹介したが、吉田茂元首相はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のマッカーサー最高司令官に日本の統計の不正確さを指摘され、こう答えた。「統計が正確なら、あんな戦争(太平洋戦争)はしなかった。統計通りなら、こちら(日本)が勝っていた」。実は統計上も日本の敗北は予想されていたが、統計の重要性を吉田が認識していたことは確かだ。  その吉田政権下で終戦の翌年に発足したのが、政府の「統計制度の改善に関する委員会」(略称・統計委員会。現在は総務省所管)だ。国政の根幹にかかわる基幹統計調査では、統計委員会の審議を経なければ内容の変更...

〈蔦谷栄一の異見私見〉「カーボン・ファーミング」の衝撃

 先の9月16から18日、東京・浜松町にある東京都立産業貿易センターで第7回目のオーガニックライフスタイルEXPOが開かれた。これと併行して日本オーガニック会議の主催によるオーガニックカンファレンスとして、各種パネルディスカッション等が続いた。  日本オーガニック会議は先に取り上げたことがあるが、「サスティナブルな社会実現のため、有機農業を核とした持続可能な農業やオーガニック市場の拡大を目的として、生産・加工・流通、その他関連事業の実務者等が横断的に集う会議。政策立案者や学識者等とも協力しつつ、建設的な議論を活性化し、政策提言等を行い、イノベーティブな行動変容を創り出すプラットフォーム」を目...

〈行友弥の食農再論〉禍を転じざれば…

 トーストやサンドイッチにする四角いパンは英国発祥。固焼きで棒状のバゲットや三日月型のクロワッサンはフランス生まれ。前者が日本で「食パン」として定着したのは、明治政府と英国との親密な関係が背景だという説がある。  また、第2次世界大戦後は米国から援助物資として大量の小麦が供与され、学校給食はパン食が基本になった。給食の「コッペパン」は日本独自の名称だが、米国式のパンが原型らしい。  食の欧米化が小麦の消費を拡大させた。農林水産省の統計によると、1965年度の国民1人あたり年間供給量は米112kg、小麦29kg。昨年度は米52kg、小麦32kgだった。米は半減し小麦は横ばいだ。生活様式や家族...

〈蔦谷栄一の異見私見〉水田は国の基、都市農地は国の宝

 農林水産大臣に農政通で現場に精通した野村参議院議員が就任したことも手伝ってか、食料安全保障をめぐる議論はよりにぎやかさを増しつつあるようにも感じられる。  野村農相は新聞社インタビューで、食料価格の高騰にともない、「食の基本になる麦や大豆、こういったものが(国産は)非常に不足している」と述べ、麦・大豆増産に政策を集中していくことを強調している。今回は、これはこれで必要であり、重要な対応であると受け止めていることを前提にしての話である。  8月18日の農政ジャーナリストの会で、福島大学の生源寺眞一食農学類長が語っていたが、日本では「フードセキュリティ」を「食料安全保障」と訳して両者が同意語...

〈行友弥の食農再論〉不思議の勝ち

 また記者時代の思い出話で恐縮だが、2006年度の食料自給率(カロリーベース)が39%に下がったことを受け、毎日新聞に連載記事を書いた。農林水産省に食料安全保障課(現・食料安全保障室)が新設され、自給率向上を目指す国民運動「フードアクションニッポン」が始まったころだ。  翌07年度の自給率は40%を回復し、08年度は41%に上昇した。国を挙げた施策やキャンペーンが功を奏したのか。それとも、食料安全保障に警鐘を鳴らす報道が国民を動かしたのか。  違うだろう。当時の農水省は国内の生産増を理由に挙げた。しかし、07、08年は海外産地の不作や市場への投機資金流入で穀物価格が急騰。貿易統計によると、...

〈蔦谷栄一の異見私見〉食生活と水田農業のあり方を問い直すべき時

 このところ食料安全保障さらには食料・農業・農村基本法(以下「基本法」)の見直しを巡る議論が活発化している。自民党は、総合農政調査会と食料安全保障に関する検討委員会等による合同会議で、5月19日に食料安全保障政策に関する提言をまとめた。これを受けて政府は6月7日に経済財政運営と改革の基本方針を閣議決定。同じ7日に新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画をやはり閣議決定しており、さらに6月21日には農林水産業・地域の活力創造プランを改訂している。  いずれも基本的な内容には変わりなく類似したものとなっているが、活力創造プランを取り上げてその中身を見れば、直面する危機に対応するために必要な施...

〈行友弥の食農再論〉無駄やムラにも意味がある

 福島原発事故の被災地では、スマート農業の導入が進んでいる。農業者が大幅に減ったので、少数精鋭で農地を守り、生産を維持しなければならない。先進技術による作業の効率化がその助けになることは間違いない。  福島県飯舘村で和牛の繁殖を手がける男性は、牛の体に付けたセンサーで体温を常時計測し、発情や分べんの兆候があるとスマホに情報が届くシステムを使っている。子どもの教育などの事情で村に帰還せず、通いで畜産を営む彼にとって、離れた場所から牛の状態を把握できる技術は強い味方だ。  実は「スマート農業は『もろ刃の剣』ではないか」と思っていた。少人数で農業ができるようになれば「地域のにぎわい回復」という意...

〈蔦谷栄一の異見私見〉化合させたい JAとワーカーズコープ

 労働者協同組合法は2020年12月に成立したが、その施行をこの10月1日に控える。労働者協同組合(以下「ワーカーズコープ」)連合会のシンクタンクである協同総合研究所によれば、労働者協同組合法の成立にともなって、ワーカーズコープの設立・活用について、現場から400を超える相談が舞い込んでいるという。福祉、医療、住まい・宿泊・暮らし、学び(教育・学習)、文化・芸術等、多様な分野からの相談がある中に、食・農・環境についての相談も多く、マルシェ、共同売店、子ども食堂、カフェ等とともに、有機農業、里山再生、農福連携、さらには竹林整備、都市緑化等についての相談が寄せられている。  この労働者協同組合法...

〈行友弥の食農再論〉「優等生」の嘆き

 若い人には驚かれそうだが、子どものころ、バナナは高級品のイメージがあった。それが今は安価な果物の代表格だ。総務省の家計調査によると、2人以上の世帯が昨年1年間に購入したバナナの平均数量は19.8kg。リンゴの10kg、ミカンの9.7kgを大きく引き離し果物類のトップだ。  「物価の優等生」といえば鶏卵だが、バナナもそうだろう。かつて台湾産が主流だったバナナは1963年の輸入自由化をきっかけにフィリピンからの輸入が増え、それによって大きく値下がりした。おいしく栄養豊富なバナナを日常的に食べられるようになったことをフィリピンの生産者に感謝しなければならない。  しかし、そのフィリピンからSO...

〈蔦谷栄一の異見私見〉日本農業のあるべき姿 議論を

 自民党はこの5月19日、総合農林政策調査会(江藤拓会長)、食料安全保障に関する検討委員会(森山裕委員長)、農林部会等による合同会議を開催して、食料安全保障政策に関する提言をとりまとめた。提言は大きく、「『食料安全保障予算』の検討方向」と「食料・農業・農村基本法の見直しを含む『中長期的な検討課題』」に分かれる。  「『食料安全保障予算』の検討方向」であげられている項目を列記すれば、①価格高騰対策、肥料の安定確保体制の構築、国内資源の有効活用、②輸入依存穀物(小麦・大豆・トウモロコシなど)の増産、備蓄強化、➂米粉の増産・米粉製品の開発、食品産業国産原料への切替促進等、④みどりの食料システム戦略...

〈行友弥の食農再論〉給食を「学び」の場に

 穀物価格が急騰した2008年は、輸入食品をめぐるさまざまな問題が浮上した年でもあった。1月に起きた中国製冷凍ギョーザの農薬混入事件は、千葉と兵庫で10人が中毒症状を訴え、女児1人が一時、意識不明の重体になった。9月には基準値を超える農薬やカビ毒に汚染された輸入米が不正に転売され、学校給食にも使われていた事実が発覚した。  前者については、毎日新聞「記者の目」欄で論争が起きた。経済部の中村秀明記者は、翌年の消費者庁発足につながる消費者保護の強化論に疑問を投げかけ「消費者は守られるだけの存在でいいのか。食の安全や生産現場の環境・人権問題などについて『学び』を促すことも必要だ」と指摘した。  ...

〈蔦谷栄一の異見私見〉日本オーガニック会議と環境調和型農業

 みどり戦略法案がこの4月22日に可決・成立した。本法は農業の環境負荷低減を目指して、農家や食品事業者、消費者らの理解・連携を基本に、化学肥料・農薬の低減や有機農業などの実現に取り組む農家を融資や税制で支援する仕組みの創設等を見込む。  昨年5月に決定されたみどり戦略は当初、唐突感をもって受け止められたものの、少しずつ浸透しつつある。JAグループは昨年10月29日に開かれた第29回JA全国大会で、「みどりの食料システム戦略をふまえた環境調和型農業の推進」が含まれた大会議案を決議している。具体的には「化学肥料・化学農薬の使用量削減や温室効果ガスの排出低減に向け、土壌診断にもとづく適正施肥や耕畜...

〈行友弥の食農再論〉平時の常識と食料安保

 「食料を自給できない国を想像できるか? それは国際的圧力と危険にさらされた国だ」  TPP(環太平洋経済連携協定)を巡る議論が盛んなころ、よく引用されたブッシュ元米大統領の発言を思い出した。農産物や農業資材の値上がりが、ロシアのウクライナ侵攻で加速されているからだ。  ロシアとウクライナは穀物の大輸出国。日本は直接の輸入は少ないが、世界の市場は一体であり、影響は免れない。ロシアは原油・天然ガスのほか肥料の原料などの主要な産出国でもあり、日本への打撃は多面的で深刻だ。  食料安全保障をテーマとする外務省主催のシンポジウムが先月末に開かれた。国連食糧農業機関(FAO)のチーフエコノミストが...

〈蔦谷栄一の異見私見〉期待したい 国会での食料安全保障の本格論議

 ここにきて食料安全保障をめぐる動きが本格化しつつある。自民党は総合農林政策調査会の下に、2月4日、食料安全保障に関する検討委員会を設置。3月の9日には農林政策調査会、検討委員会、水産総合調査会が合同して食料安全保障の強化を政府に求める決議を行い、同日には農水大臣に決議の申入れを行った。検討委員会は有識者へのヒアリング等を踏まえて5月に食料安全保障に関する強化策をまとめて政府に提言する予定とされる。  3月9日に行われた決議では、食品原材料や生産資材の海外依存度が高いことから、「我が国の農林水産業・食品産業が抱えるリスクは増大している」との認識をもとに、肥料での調達先の多角化や堆肥の活用推進...

〈行友弥の食農再論〉希望の大地

 ナターシャ・グジーさんの音楽を聞いたのは5年前の4月、福島県南相馬市で開かれた「菜の花サミット」でのこと。透き通った歌声と民族楽器「バンドゥーラ」の繊細な音色、そして母国ウクライナを想う語りに心を揺さぶられた。  チェルノブイリ原発から3.5kmの町プリピャチに暮らしていたグジーさんは、1986年の原発事故で家族とともに被ばくした。救援団体の招きで民族音楽団の一員として来日したことをきっかけに移住し、20年以上にわたって日本で音楽活動を続けている。  菜の花サミットは、ナタネ栽培を通じた環境再生や地域活性化に取り組む全国の人々が交流するイベントで、2001年に滋賀県で第1回が開かれた。南...

〈蔦谷栄一の異見私見〉みどり戦略を“本来”の農業への回帰運動に

 みどりの食料システム戦略(以下、「みどり戦略」)に係る法案は、2月22日に閣議決定され、国会に上程された。本法案については、新年度予算が決定された後、4月頃に審議される見込みであると聞く。  みどり戦略は2050年を目標に農林水産業からのCO2ゼロエミッション化、化学農薬の使用量50%低減、化学肥料の使用量30%低減、有機農業の取組面積比率25%(100万ha)等を目指しており、日本農業の質的な大転換を促していくことをねらいとするが、その割には現状、現場への浸透度は低いのが実情であり、今後、本格的な取組みを展開していくためには相当な覚悟と努力が求められる。みどり戦略の背景にあるのは地球温暖...

〈行友弥の食農再論〉「安く」なった日本

 今月4日に農林水産省が発表した昨年の農林水産物・食品輸出額(速報値)は前年比25.6%増の1兆2385億円となり、政府の1兆円目標をついに突破した。喜ぶべきことには違いない。しかし、これで日本の農林水産業が強くなったと考えるのは早計だ。  一つは多くの識者が指摘するように、ここには輸入原材料を使う多くの加工品が含まれている。また、純粋な農林水産物も利益がすべて生産者に還元されるわけではない。だから、この輸出増が直ちに国内一次生産者の所得増や食料自給率・自給力の向上につながるとは限らない。  もう一つは「円安」要因だ。この輸出額と2012~21年の10年間における円の実質実効為替レート(世...

〈蔦谷栄一の異見私見〉食料安全保障を欠落した みどり戦略の法制化論議

 昨年5月に農林水産省はみどりの食料システム戦略(以下、「みどり戦略」)を決定したが、これを法制化すべくこの2月下旬にも法案を通常国会に提出する予定にしている。生産性の向上と持続性の両立をねらいに、2050年までを目標に農林水産業からのCO2ゼロエミッション化、化学農薬の使用量50%低減、化学肥料の使用量30%低減、有機農業の取組面積比率25%(100万ha)等を目指す。この超長期にわたるみどり戦略への着実な取組みを担保するところに法制化の意図はあるとされる。  法制化すること自体に異論はないが、法案化を目前にして違和感は拭えない、というのが率直な思いだ。みどり戦略は先に触れた目標のとおり、...

〈行友弥の食農再論〉偽りの「ふるさと支援」

 一見、全国各地の特産品を扱う通販サイトのようだが、そうではない。「控除上限額」や「ワンストップ特例制度」に関する説明がある。そう書けば、ピンとくる人がいるだろう。「ふるさと納税」の仲介サイトだ。  ふるさと納税は厳密には納税ではなくて寄付である。住民税を納める自治体(住所地)とは別の自治体に寄付をすれば、その額から2000円を差し引いた額が住民税と所得税から控除される。控除額には年収や家族構成に応じた上限がある。本来は確定申告が必要だが、それを省略できるのが「ワンストップ特例」だ。  要するに、寄付者は実質的に2000円を支払えば豪華な返礼品が手に入る。寄付をされた自治体は寄付額から返礼...

〈蔦谷栄一の異見私見〉イノベーションの時代を生き抜くために

 新しい年を迎えたが、近年の変化は激しく、また加速するばかりで、正直、この先どうなっていくのだろうかと不安を抑えきれないのは筆者ばかりではなかろう。特に、AIや遺伝子操作を駆使しての技術革新のテンポは速い。昨年、農水省が決定したみどりの食料システム戦略も、その目標の実現はイノベーションに大きく依存したものとなっている。  話は一転するが、筆者は西東京市に住む。同市田無に、東京大学大学院農学生命科学研究科の附属生態調和農学機構が運営・管理する農場、通称、東大農場がある。ここに東大生態調和農学機構社会連携協議会なるものが置かれており、「機構、市民、行政の三者が対等の立場で話し合い、社会連携を通じ...

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