ナターシャ・グジーさんの音楽を聞いたのは5年前の4月、福島県南相馬市で開かれた「菜の花サミット」でのこと。透き通った歌声と民族楽器「バンドゥーラ」の繊細な音色、そして母国ウクライナを想う語りに心を揺さぶられた。 チェルノブイリ原発から3.5kmの町プリピャチに暮らしていたグジーさんは、1986年の原発事故で家族とともに被ばくした。救援団体の招きで民族音楽団の一員として来日したことをきっかけに移住し、20年以上にわたって日本で音楽活動を続けている。 菜の花サミットは、ナタネ栽培を通じた環境再生や地域活性化に取り組む全国の人々が交流するイベントで、2001年に滋賀県で第1回が開かれた。南... 2022年3月25日
みどりの食料システム戦略(以下、「みどり戦略」)に係る法案は、2月22日に閣議決定され、国会に上程された。本法案については、新年度予算が決定された後、4月頃に審議される見込みであると聞く。 みどり戦略は2050年を目標に農林水産業からのCO2ゼロエミッション化、化学農薬の使用量50%低減、化学肥料の使用量30%低減、有機農業の取組面積比率25%(100万ha)等を目指しており、日本農業の質的な大転換を促していくことをねらいとするが、その割には現状、現場への浸透度は低いのが実情であり、今後、本格的な取組みを展開していくためには相当な覚悟と努力が求められる。みどり戦略の背景にあるのは地球温暖... 2022年3月5日
今月4日に農林水産省が発表した昨年の農林水産物・食品輸出額(速報値)は前年比25.6%増の1兆2385億円となり、政府の1兆円目標をついに突破した。喜ぶべきことには違いない。しかし、これで日本の農林水産業が強くなったと考えるのは早計だ。 一つは多くの識者が指摘するように、ここには輸入原材料を使う多くの加工品が含まれている。また、純粋な農林水産物も利益がすべて生産者に還元されるわけではない。だから、この輸出増が直ちに国内一次生産者の所得増や食料自給率・自給力の向上につながるとは限らない。 もう一つは「円安」要因だ。この輸出額と2012~21年の10年間における円の実質実効為替レート(世... 2022年2月25日
昨年5月に農林水産省はみどりの食料システム戦略(以下、「みどり戦略」)を決定したが、これを法制化すべくこの2月下旬にも法案を通常国会に提出する予定にしている。生産性の向上と持続性の両立をねらいに、2050年までを目標に農林水産業からのCO2ゼロエミッション化、化学農薬の使用量50%低減、化学肥料の使用量30%低減、有機農業の取組面積比率25%(100万ha)等を目指す。この超長期にわたるみどり戦略への着実な取組みを担保するところに法制化の意図はあるとされる。 法制化すること自体に異論はないが、法案化を目前にして違和感は拭えない、というのが率直な思いだ。みどり戦略は先に触れた目標のとおり、... 2022年2月5日
一見、全国各地の特産品を扱う通販サイトのようだが、そうではない。「控除上限額」や「ワンストップ特例制度」に関する説明がある。そう書けば、ピンとくる人がいるだろう。「ふるさと納税」の仲介サイトだ。 ふるさと納税は厳密には納税ではなくて寄付である。住民税を納める自治体(住所地)とは別の自治体に寄付をすれば、その額から2000円を差し引いた額が住民税と所得税から控除される。控除額には年収や家族構成に応じた上限がある。本来は確定申告が必要だが、それを省略できるのが「ワンストップ特例」だ。 要するに、寄付者は実質的に2000円を支払えば豪華な返礼品が手に入る。寄付をされた自治体は寄付額から返礼... 2022年1月25日
新しい年を迎えたが、近年の変化は激しく、また加速するばかりで、正直、この先どうなっていくのだろうかと不安を抑えきれないのは筆者ばかりではなかろう。特に、AIや遺伝子操作を駆使しての技術革新のテンポは速い。昨年、農水省が決定したみどりの食料システム戦略も、その目標の実現はイノベーションに大きく依存したものとなっている。 話は一転するが、筆者は西東京市に住む。同市田無に、東京大学大学院農学生命科学研究科の附属生態調和農学機構が運営・管理する農場、通称、東大農場がある。ここに東大生態調和農学機構社会連携協議会なるものが置かれており、「機構、市民、行政の三者が対等の立場で話し合い、社会連携を通じ... 2022年1月6日
「雨ニモマケズ」で始まる宮沢賢治の有名な詩は、彼が岩手の実家で闘病中だった1931年に書いたものとされる。「世間から評価されなくても、人のため自己犠牲を惜しまない人間でありたい」。そんな賢治の志が表現されている。 この詩には、1日に「玄米4合」を食べるという表現が出てくる。ずいぶん多いように思えるが、旧日本軍では「1日6合」が基本だったそうだ。実際の戦場では多くの兵士が餓死したが、基準として4合が多いとは言えない。 1合の重量が150gとして、4合は600g。農林水産省によると、昨年の国民1人あたりの米消費量は1日139gだから、4合が戦前の標準なら4分の1以下になった。戦後のピーク... 2021年12月25日
「もう米づくりはやめたい」という声があちこちから聞こえてくる。米の概算金は軒並み2、3割低下。主要銘柄でさえも1万円前後がせいぜい。これでは稲作経営はとうてい成り立たない、持続できない、という悲鳴であり叫びである。 米価低下の要因としてコロナ禍による外食需要の減少が指摘されるが、ベースにあるのは食の多様化のいっそうの進展と人口減少である。 米価低下がコロナ禍で増幅されていることは確かではあるが、これを一時的現象と見ることは許されない。むしろすぐれて構造的な問題であり、食の多様化を逆流させることは困難であるとともに、長期にわたっての人口減少が見込まれており、このままではさらなる米価の下... 2021年12月5日
最近、いろいろなものの値上がりが目立つ。小麦や大豆を原料とする食品、食材。燃料の価格も高騰し、施設園芸や漁業のコストが増している。農業資材では肥料・飼料も値上げが続き、ある新聞には「耐え忍ぶのみ」という酪農家の声が載っていた。 日銀が発表した10月の国内企業物価指数(企業間の取引価格)は前年同月比8%。実に40年9カ月ぶりの上げ幅になった。消費者物価はまだ落ち着いているが、時間の問題かも知れない。個別に見れば食品やエネルギーが高くなっている。 「デフレ脱却」と喜ぶ話ではない。所得と需要の増加が引っ張る「良い物価上昇」ではなく、供給の制約による「悪い物価上昇」の面が強いからだ。後者は消... 2021年11月25日
この10月29日に第29回JA全国大会が開かれ、「持続可能な農業・地域共生の未来づくり~不断の自己改革によるさらなる進化~」をスローガンとする大会議案を決議した。人口減少、高齢化、担い手不足に、米需給の緩和にともなう予約概算金の大幅低下やコロナ禍が加わり、農政面でもみどりの食料システム戦略(以下、「みどり戦略」)が打ち出されるなど、農業・農村の構造的見直しが避けられない中、JAグループが大会議案をつうじていかなる中長期ビジョンを打ち出すのか、大きな関心をもって待ち受けていたところである。 議案では10年後の目指す姿として、①持続可能な農業の実現、②豊かで暮らしやすい地域共生社会の実現、➂... 2021年11月5日
「チョット、イイデスカ」。7月下旬の夕暮れ時、自宅近くの駅前で若い外国人女性に声をかけられた。彫りの深い顔立ちだが、欧米系ではなさそうだ。「技能実習生として日本に来たが、コロナ禍で仕事がなくなった」という。帰国もできず、路上でチョコレートを売って暮らしている…そう言って、手提げ袋から小さな包みを取り出した。 外国人技能実習生の転職は原則として禁止されている。建前は「労働者」ではなく、あくまで「実習生」だからだ。ただ、コロナ下の救済措置として特定活動(アルバイト)が認められる。生活資金の融資制度や支援団体もある。そういうことを説明したが、困惑したような微笑を浮かべるだけだった。 とりあ... 2021年10月25日
毎年、筆者も実行・運営するメンバーの一人として川崎平右衛門研究会の開催を積み重ねてきており、今年は11月19日に東京都小平市のルネこだいらで第5回目の開催を予定している。 このプレイベントとして9月23日にはNPO現代座公演『武蔵野の歌が聞こえる』のDVD上映会と、『武蔵野の歌が聞こえる』の脚本・演出を手掛けたNPO現代座代表の木村快氏によるアフタートークを同じルネ小平で行った。 武蔵野新田開発は、江戸時代中期、八代将軍吉宗による幕藩財政立て直しをねらいとする享保の改革の柱の一つであったが、相次ぐ飢饉や凶作もあってなかなか進展させることができなかった。これを成功に導いた立役者が川崎平... 2021年10月5日
毎日新聞の記者だった2008年に「食料小国ニッポン 自給率39%の現場」という連載を担当した。06年度の食料自給率(カロリーベース)が40%を割り込んだことを受けた企画だ。1993年度も米の記録的不作で37%になったが、平時で40%を下回ったのは2006年度が初めて。「39%ショック」と言われ、多くの新聞やテレビが特集を組んだ。 2007~09年度は40%以上だったが、10年度は再び39%に下落した。その後は一度も40%に届かず、18、20年度は37%に落ち込んだ。政府が掲げる45%目標は遠のく一方だ。常々「数字に一喜一憂しても仕方ない」と言ってきたが、やはり気になる。数字以上に、それが... 2021年9月25日
「みどりの食料システム戦略」(以下「みどり戦略」)の決定にともない、有機農業への注目度が高まっている。みどり戦略では「2050年までに目指す姿」として、CO2ゼロエミッション化の実現、化学農薬の使用量(リスク換算)を50%低減、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減、耕地面積に占める有機農業の面積を25%に拡大、等のいくつもの目標を掲げている。これに対しマスコミをはじめとする巷では「有機農業比率25%」が強調されることが多く、みどり戦略即有機農業推進との誤解も少なくない。 みどり戦略決定の背景には、カーボンニュートラルの動きに象徴される地球温暖化にともなう気候変動対策... 2021年9月5日
江戸時代の「大坂堂島米市場(米会所)」が「世界初の先物取引所」であったことは、海外でも広く認知されているという。 商品の先渡し契約自体は堂島より早く、17世紀オランダのチューリップ取引でも行われていた。しかし、堂島では現物(正米)市場と先物(帳合米)市場が併存し、後者では現物の受け渡しを前提としない差金決済も導入されていた。現代の商品・金融市場の先物取引は、このシステムを受け継いでいるという。 帳合米取引は投機を主目的に行われたが、現物の売り手や買い手も先物によってリスクヘッジができた。たとえば売り手は先物を売っておけば、出来秋の現物価格が先物より値下がりしても、損失を回避できる。逆... 2021年8月25日
農水省は、7月20日、食料・農業・農村基本計画で提起した新たな国民運動として「食から日本を考える。ニッポンフードシフト」(以下「フードシフト」)を始めることを発表した。 国産農産物の消費拡大のために農業・農村への理解を広げていくことをねらいに、同日付けで公式ウェブサイトを開始した。地域で頑張る農家らの取組みの発信、農家・食品事業者・消費者からのアイデア募集を始めるとともに、秋以降はイベントの告知等も予定する。 官民協働で農業・農村の取組みや魅力を発信することによって、食や農のあり方について議論もしながら、消費者と生産者の距離を近づけ、国産農産物の消費拡大、国産農産物を選択する行動変容... 2021年8月5日
今月3日、静岡県熱海市で発生した土石流の映像に息をのんだ。3年前の西日本豪雨や北海道胆振東部地震で起きた土砂災害もひどかったが、今回は斜面そのものが崩れたというより、大量の土が谷の上から押し寄せてきたので「山津波」という表現がふさわしい。12日現在で死者10人、行方不明者は18人と伝えられている。誠にいたましいことである。 報道によると、上流には大量の「盛り土」があったという。それが主因かどうかはわからないが、少なくとも被害を大きくした要因ではあるようだ。つまり、人災の要素が大きい。 盛り土が始まったのは10年以上前で、目的は「造成」だったらしい。しかし、実際には行政に届け出た面積や... 2021年7月25日
5月12日に決定された「みどりの食料システム戦略」(以下「みどり戦略」)については、短時間での策定にともなう唐突感と同時に、有機農業の面積比率25%に代表されるようなハードルの高い目標設定への驚き、そして羅列された技術開発によるイノベーションに対する懐疑等が渦巻く。決定から一月以上が経過する中で、「できるのか」「誰がやるのか」から反応は徐々に「やるしかない」「何ができるのか」へと変わりつつある。 みどり戦略は「生産力向上と持続性の両立」をねらいとするが、成長戦略のいっかんとして位置づけられていることもあって、過度なイノベーションへの期待、技術開発依存となっていることは否定しようもない。問... 2021年7月5日
30年近く新聞記者をやった後遺症で「バラ色の話はまず疑ってかかる」という意地悪な心性が染み付いている。そういう自覚があるから「あら捜しはやめて、なるべくいい点を評価しよう」と思ったが、読んでみたらやはり一言いいたくなった。 いや、バラ色ではなく緑色の話だった。先月、農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」。地球温暖化など環境問題に対応した農林漁業の将来ビジョンである。 農業関係者の間で最も話題になったのは「有機農業を2050年までに耕地面積の25%(100万ha)に拡大」という部分だろう。「現在0・5%しかないのに30年で50倍?」と多くの知人が首をひねっていたが、ほかにも違... 2021年6月25日
蔦谷栄一の異見私見拡大版 (日本農民新聞 2021年6月15日号「持続可能な農業と地域を目指して~『みどりの食料システム戦略』とJAへの期待」掲載) 30年の機会損失のうえに出たみどりの食料システム戦略 ――みどりの食料システム戦略策定の背景をどう考えますか。 みどり戦略の決定には唐突感をもって受け止める人も多くいますが、私にとってはやっと出てきた、という感じです。みどり戦略は生産力向上と持続性の両立を目指していますが、持続性の確保については、実態としては1971年有機農業研究会が発足する前後から、各地で地道な実践が積み重ねられてきました。一方、政策的にはガット合意により輸入自由化が... 2021年6月15日