日本農業の振興と農業経営の安定、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

コラム

〈行友弥の食農再論〉虹の彼方へ

 年齢を重ねるうちに知人の訃報に接することが増えてきたが、今回はこたえた。農林年金理事長の松岡公明さんだ。先月28日、登山中の事故で亡くなった。享年62。あまりに若すぎた。  全中で米政策を担当されていたころ、駆け出し農政記者として取材したのが最初の出会いだ。豪放らい落な人柄にひかれたが、理想家肌で一本気なところも魅力だった。通夜で再会した全中の元幹部は「熱皿漢でね。手綱を引くのが難しい部下だった」と懐かしそうに振り返った。さもありなん、と思う。  当時、松岡さんがまとめた全中の「RICE戦略」は、ウルグアイ・ラウンド合意に基づく米市場開放と、それを受けた食糧管理制度廃止(民間流通主体の食...

〈蔦谷栄一の異見私見〉協同組合内協同でアクティブ・メンバーシップを後押し

 先の全国JA大会での決議は、「食と農を基軸として地域に根ざした協同組合としての総合力発揮」を目指す姿とし、(1)農業者の所得増大・農業生産の拡大、(2)地域の活性化、(3)持続可能な経営基盤の確立・強化、を重点課題とする。このために組合員のアクティブ・メンバーシップの確立が必要であり、協同組合としての役割発揮が欠かせないとしている。JA批判に対抗してJA改革が進められているが、「協同組合としての役割発揮」ができるか、今、協同組合の真価が問われているということができる。  このアクティブ・メンバーシップの確立のために、「組合員のニーズにあった事業、活動、組合員組織活動等の取組み」の展開を求め...

〈行友弥の食農再論〉平成とコンビニ

 平成が終わる。元号が替わって世界が一変するわけではないが、来し方行く末を考えるきっかけにはなる。この30年、食と農の世界を大きく変えた要素の一つとして「コンビニエンスストア」に着目したい。  コンビニは平成期に急拡大した。日本フランチャイズチェーン協会によると、店舗数は1988(昭和63)年に1万店を超え、89年(平成元年)には1万6466店になった。昨年末時点は5万5743店と30年間で5倍に増えた。売上高も08年に百貨店を抜き、スーパーに肉薄している。  スーパーも同じ時期、規制緩和やモータリゼーションを背景に郊外への大型店進出が進んだ。中心市街地の商店街は「シャッター通り」になり、...

〈蔦谷栄一の異見私見〉JAグループ京都の准組合員問題対策

 先ごろ、ある新聞記事に思わず目が釘付けとなってしまった。1面のトップ記事ではなく、少し後ろの5面だったかと思うが、京都府内のJAが「正・准の組合員」区分をなくし、すべて「組合員」の呼称に統一するために組合員資格の見直しを進めているとの記事である(3月20日付日本農業新聞)。すでにこの3月までに府内4JAが定款変更のための臨時総代会を開いてこれを可決しているという。この先陣を切ったのがJA京都で、5万人を超える組合員宅を個別に訪問し、組合員の資格確認調査を進めており、「農業経営や農業従事者、用水路や溝の清掃、草刈り、農道の整備などの農業関連作業、市民農園・家庭菜園などでの農産物の栽培、農業塾な...

〈行友弥の食農再論〉福島は語る

 東京・新宿などで上映中の記録映画「福島は語る」(土井敏邦監督)を見た。インタビューだけで構成された3時間近い長尺ものだ。途中で眠ってしまうかも――と案じながら見たが、全く無用な心配だった。福島原発事故でかけがえのないものを失った人々が絞り出す言葉の一つ一つが胸に突き刺さり、身じろぎもできなかった。  双葉町から避難し、会津地方の小学校に転勤した女性教諭。3月11日に全校一斉で行われる「黙とう」が耐えられず、被災地の児童を連れて学校を出た。 「何する?」「アイス食べたい!」「よし、先生がおごるぞ!」。アイスを食べながら話すうちに、心の傷があらわになる。放射能や賠償金を巡るいじめ、望郷の思い...

〈蔦谷栄一の異見私見〉キーワードは「協同」「おもしろい農業」

 JA全国大会議案が決議されるが、平成最後という一時代の区切りでのJA大会であるだけでなく、TPP11と日欧EPAの発効によって、農産物貿易自由化の大津波が到来し始めた時でもある。そして人口は減少に転じ、高齢化の進行によって、先行きさらなる米消費量減少が避けられず、あらためて水田をはじめとする農地の粗放的利用への取組みが必至とされる情勢にあるなど、時代は抜本的に変わりつつある。  JA大会では、(1)持続可能な農業の実現、(2)豊かで暮らしやすい地域社会の実現、(3)協同組合としての役割発揮、を目指す姿として、(1)では、農業所得の増大、農業生産の拡大、(2)では連携による地域活性化への貢献...

〈行友弥の食農再論〉統計は正しくても

 終戦直後の食料難。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のマッカーサー元帥に吉田茂首相が「このままでは餓死者が出る」と食料援助を要請した。マッカーサーは応じたが、吉田の求めた量には足りなかった。それでも餓死者は出なかった。「日本の統計は信用できない」と言うマッカーサーに、吉田は「統計が正しかったら、あんな戦争はしなかった。統計通りなら我々は勝っていた」と言い返した。マッカーサーも笑うしかなかったという。  秀逸なジョークだが、実際はどうだったのか。猪瀬直樹著「昭和16年夏の敗戦」によると、実は軍部を含む各省から優秀な若手官僚が秘密裏に集められ、さまざまな統計を総合して対米戦争のシミュレーショ...

〈蔦谷栄一の異見私見〉「家族農業の10年」と小農権利宣言

 今年から2028年までを期間として国連による「家族農業の10年」が始まった。家族農業はFAOによる定義では「家族によって営まれるか、主として家族労働力に依拠する農林水産業」とされ、世界の農業経営体5億7000万のうち、90%の5億1300万以上が家族経営体だとされる。この家族農業を振興していくため、国連への加盟国および関係機関に対し、食料安全保障確保と貧困・飢餓の撲滅に大きな役割を果たしている家族農業に係る施策の推進や知見の共有等を求めている。  この背景にあって「家族農業の10年」を誘導しているのが、15年に国連で採択された「持続可能な開発目標SDGs」である。貧困のない、持続的な社会の...

〈行友弥の食農再論〉もうやめにしよう

 このコラムは1月15日に書いている。昨日は正月の門松や注連飾りを焼く光景を見た。筆者の住む地域では「どんど焼き」と呼ぶ。調べてみると「どんど」の語源は「歳徳(とんど)」、つまり歳神(としがみ)のこと。この歳神がいる縁起のいい方角が「恵方」である。毎年変わるが、今年は東北東だとか。  福を呼ぶため、この恵方を向いて節分に太巻き寿司を食べる風習が関西地方の一部にあった。その「恵方巻」が大手コンビニチェーンによって全国に広がったのは、ここ十数年ほどのことか。  しかし、節分の需要を当て込んで製造された恵方巻が大量に廃棄されている。予約販売が主流のクリスマスケーキと違って需給のミスマッチが起きや...

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