日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈蔦谷栄一の異見私見〉直面する問題への対応に終始した中間とりまとめ

2023年7月5日

 昨年の10月から食料・農業・農村基本法の見直しに向けて、農政審議会の中におかれた検証部会で議論が積み重ねられてきた。5月29日の検証部会でその中間とりまとめが決定され、6月2日には政府の食料安定供給・農林水産業基盤強化本部会合で追認された。これで実質的に食料・農業・農村政策の新たな展開方向は決定し、今後は2024年の通常国会に向けての基本法改正案の検討作業の本格化とともに、適正な価格形成のための仕組み、スマート農業振興、不測時の政府体制についての法制化がすすめられることになる。

 基本法であげられていた、①食料の安定供給の確保、②農業の有する多面的機能の発揮、③農業の持続的な発展、④その基盤としての農村の振興、の4つは、①国民一人一人の食料安全保障の確立、②環境等に配慮した持続可能な農業・食品産業への転換、③食料の安定供給を担う生産性の高い農業経営の育成・確保、④農業への移住・関係人口の増加、地域コミュニティの維持、農業インフラの機能確保、へと再整理された。

 また、主なポイントとしては、食料では、全国民の円滑な食品アクセス、適正な価格形成に向けた仕組みの構築、農業では、個人経営の発展、農業法人の経営基盤強化、小麦や大豆、加工・業務用野菜の生産増大、農村では共同活動への非農業者の参画推進、農村でのビジネス創出、その他としては、持続可能な農業の主流化、食料自給率目標以外の数値目標、不測時の対応について法的根拠を検討、等となっている。

 食料安全保障について、不測の事態への対応についての法制化に加えて、平常時の対応が盛り込まれ、また農業で生計を立てる「効率的・安定的な経営」を育成・確保することを農業政策の柱に据える一方で、それ以外の副業的な経営など「多様な農業人材」も一定の役割を果たすことを明記し、農業政策と農村政策の両立を図ろうとしていることなど、それなりの方向性が打ち出されてはいる。今回、ウクライナ侵攻等をきっかけに穀物や生産資材の高騰にともなう食料の確保と農業経営の悪化という直面する問題への対応は整理されたということができようが、青息吐息の日本農業再生の方向が示されたのかといえば、残念ながらそうした中身にはなっていない。その最大の理由は、名前は検証部会ではあっても本来的な意味での農政の検証は行われず、もっぱら直面する問題への対応についての議論に終始したことがその主因であろう。

 これはこれで意義は認められるが、担い手確保のための直接支払いの本格的導入、消費者の「役割」から「責任」への問い直し、水田農業の明確な位置づけ、日本型食生活の再評価を含めた食生活のあり方、さらには今回とりまとめの基本理念から脱落した多面的機能を重視しての持続可能な農業への転換、さらには肝心の食料自給率向上に向けての工程表づくり、等、食料の安定供給を確保していくための課題は山積している。

 緊急事態は続き、危機は深まるばかりで、今回見直しに間を置かずしての、本格的な基本法見直しが必要な情勢にある。

(農的社会デザイン研究所代表)

日本農民新聞 2023年7月5日号掲載

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