「価格転嫁『できず』7割」。これは日本農業新聞の10月24日号一面トップ記事の見出しである。集落営農組織や農業法人を対象にした景況感調査のとりまとめ結果をリポートしたもので、農家の約7割は生産コスト高騰に見合う農家手取りの米価を1万4千円以上としていることを受けて、米価については生産コスト高騰分の転嫁が「全くできていない」と集約したものである。
これは農産物価格を米価に代表させて分析したかたちとなっているが、実感からして他の農産物も同様な傾向にあるものと推測され、牛乳・乳製品も含めた畜産物についてはさらに厳しい実態に置かれているのではないかと思料する。
こうした情報に接して感じることの一つは、情報発信の重要性である。食料品価格高騰で家計が大きく圧迫されて消費者は大変であるが、農畜産物を生産・供給する農家・生産者も諸資材等原料代の高騰を受けて、生産を持続することの困難性がますます高まっている。こうした生産側の実情が消費者の耳に届いているかといえば、マスメディアによる農畜産物関連についての情報発信は増えてきているとはいえ十分ではなく、消費者の十分な理解を得るまでには至っていないように思う。
この機会に同じ農畜産物の世界ではありながらも、まったく情報発信されていない領域が存在しており、そこはさらに厳しい環境に置かれ、まさに〝瀕死の重傷〟状態にあることに触れておきたい。
畜産はと畜をして正肉をとれば、骨やら内臓等の副産物を必ず発生するが、副産物の一つである原皮はなめしたうえで「皮」から「革」にされて靴やバッグをはじめとする様々な生活用品として活用される。すなわちと畜場で発生した生皮は、生産者の委託を受けたと畜場によって原皮業者に販売され、これを原皮業者は付着した皮下組織や脂肪等を除去して塩蔵・脱水処理し、これを国内外のなめし革製造業者に販売している。アニマルウェルフェアの影響から人工皮革へのシフトによる相場の下落に、最大の消費地・中国の需要低迷が加わり、と畜場と原皮業者との間の取引価格は、6年前の最近のピークに豚皮で180円/枚(東京市場)であったものが、価格下落・低迷が続き、この10月には2円/枚に価格改定された。原皮業者の調達価格は下がったものの、原皮業者からなめし革製造業者への売値はこれを大きく上回って下落しており、原皮業者は大幅な採算割れが続き、店仕舞いを本気で考えざるを得ない危機的状況にある。これで困るのが副産物の持って行き場がなくなると畜場であり、ひいては国内での畜産自体が成立し得ない事態にもなりかねない。
このような食用とならない副産物を食料原料、飼料、肥料、燃料等に再生していく事業はレンダリング産業と呼ばれ、地域循環型社会の基盤の一角を担う。肉を食べることは、動物1頭の丸ごと命をいただくということであり、これを生産者とレンダリング業者等そして消費者との連携によって地域循環させていくことが不可欠である。見えない世界、見たくない世界だからこそ、実態を知らしめていく情報の役割はますます重要になってきている。
(農的社会デザイン研究所代表)
日本農民新聞 2023年11月5日号掲載