山口県の東部、瀬戸内海側で農業を営むKさんに、確認してもらいたい原稿があってメールをしたところ、電話がかかってきた。用件を済ませたところで、近況について話を伺ったのであるが、話は小1時間に及び、あらためて現場の状況にはきわめて深刻なものがあることを痛感させられた。
Kさんは米と野菜を少量多品種で栽培する中規模農家である。まずは猛暑が凄まじいことから始まり、台風による長雨に見舞われたことも重なって、野菜は根腐れをおこして一挙にやられてしまったという。米は早場米地帯でもあり収穫を始めたそうだが、まったく儲からない。採算抜きで、とにかくご先祖様が作ってきた田んぼを荒らすわけにはいかないことから耕作し守っているというのが本当のところ。
こうした状況の中で、自分も後期高齢者に入り、ここが痛い、あそこが悪いということで、もう体がもたないことから、今年が最後と思いながら、止めることができずに先延ばししてきたが、もう来年できるかどうかはわからないという。Kさんの集落で今、いわゆる担い手として営農ができているのはKさんだけ。まわりをあわせて3集落でみても、Kさんを含めて2人しかいないという。集落営農はきずもの等を利用しての加工は回っているものの、肝心の営農については手間がかかることが多く、あまり機能していないらしい。
こうした情勢の中で農政のあり方等について聞いてみたところ、日本型直接支払い等それなりの施策は打ち出されているものの、地方行政が現地の状況にあわせて弾力的に運用することができていない。霞が関からきた指示は一字一句変えることをしないことから、結局はせっかく制度は設けられても陳腐化してしまっているのが実情。経営はひっ迫し、相談件数は増えているのに、これにほとんど対応できていないと嘆く。
また景観についても、担い手と地域住民が一緒になって畔や道路の草刈りを何とかやっているが、これをやる人が減ってしまったら、一気に地域は荒廃しかねない。また県道や町道については農家に所有権はないものの、道路に面した田畑を耕作している農家がその草刈りをしているのが実態。高齢化もあって事故を起こす危険性も高いことから、行政自らが草刈りをするよう要望してはいるそうだが、動きは鈍いらしい。国土安全保障の前に、〝地域安全保障〟が揺らいでいると語る。
ここ5年、10年の間には団塊の世代のリタイアは必至であり、これに対応して外部から新規就農者を獲得していくことが不可欠である。
しかしながら現状はまったくバランスはとれておらず、今、日本農業は崖っぷちに立たされていると認識しているが、現場からの報告はもう既に手遅れのところが出ている、ということでもある。山も管理がされずに松は減って竹が増え、生産した米も鳥獣が入ると臭いがついて売れないという。
地域差はあるにしても、現場の実態は厳しいという以上に、深刻の度を増し加えている。
(農的社会デザイン研究所代表)
日本農民新聞 2023年9月5日号掲載