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〈行友弥の食農再論〉優等生の憂うつ

2023年8月25日

 家族の事情で6月下旬から北海道函館市の実家にいる。4月上旬からの約1カ月間も滞在したが、今回違うのは「鶏卵が買えるようになった」ことだ。4月ごろは入手が困難だった。スーパーの従業員に聞くと「入荷量が少なく、開店後あっという間に売り切れてしまう」と申し訳なさそうに言われた。

 もちろん背景は鳥インフルエンザの感染拡大と飼料価格の高騰で、全国共通の現象だ。しかし、北海道では千歳市の農場で3月下旬から4月上旬に鳥インフルが発生し、道内で飼育される採卵鶏の約2割にあたる計120万羽が殺処分されたことが大きかった。

 感染の終息を受け5月には鶏と卵の搬出制限が解除され、品薄は少し緩和された。しかし、小売価格は1パック(10個)300円近い「高止まり」状態だ。生産体制が完全に回復するには1年以上かかる上、エサ代の高値も続く。「卵価が元の水準に下がることはもうない」と断言する専門家もいる。

 少し前まで「物価の優等生」と呼ばれてきた鶏卵だが、その地位に安住できていたわけではない。1個あたり20円程度の価格を維持してこられたのは、生産者の懸命な努力の賜物だ。特に、規模拡大による経営の効率化である。

 農林水産省の畜産統計によると、北海道の採卵鶏飼養戸数は2003年の120戸から22年の56戸へ半減し、逆に1戸あたりの飼養羽数は5万600羽から9万3900羽へと倍増した。この急激な集中が価格の安定を支えると同時に、感染症による生産基盤崩壊のリスクを高めてきたことは間違いない。

 「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」。ルイス・キャロルの童話「鏡の国のアリス」(「不思議の国のアリス」の続編)に登場する「赤の女王」は、こんなセリフを吐く。日本の鶏卵生産者も「優等生」であり続けるため一心不乱に走り続けてきた。

 しかし、どんなに優れた走者も息切れし、力尽きる時が来る。その時、彼を支える伴走者はいるだろうか。消費者も値上がりを嘆くだけでなく、生産者の苦境を「我がこと」として受け止めなければならない。

(農中総研・客員研究員)

日本農民新聞 2023年8月25日号掲載

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