日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈蔦谷栄一の異見私見〉「農業と農の分離」と「農業の社会化」という流れ

2023年10月5日

 市民・消費者の農業に対する関心が具体的な行動レベルへと移行しつつあることを感じる。市民農園や体験農園にとどまらず、最近では市民・消費者がグループをつくって農場を共同で管理するコミュニティガーデンが増えている。また都市農業の持続と農地の保全を可能にしていくため援農を組織化しているところもあり、農福連携も広がりつつある。さらには都市のビルの屋上の農園化も珍しくなくなってきた。これらを地産地消が後押しする。

 このように都市部での市民・消費者の農業参画が進行する一方で、農村部の担い手不足は深刻で、今般の穀物相場の高騰等の環境変化で食料安全保障が揺らぎ、食料自給率の向上が叫ばれながらも、肝心の担い手は限られ、農地減少は続いている。ここ5年、10年のうちには団塊の世代の大量リタイアは必至であり、農業・農村基盤は危機的状況にある。この危機を乗り切っていくためには、もはや担い手を農村だけで確保していくことは困難であることは明白であり、都市住民の農村への回帰を促していくことが必須となっている。

 ここで確認しておきたいのが、農業で進行する担い手の多様化の実態である。産業としての農業がある一方で、採算は二の次にして、楽しみや余暇の過ごし方の一つとして市民・消費者が参画するもう一つの農業、「農」とも言うべき世界が大きく広がりつつある。昨今は、もはや産業としての農業と農の世界をひとくくりにして「農業」とするのは適切でない状況ができつつある。担い手によって農業は、専業農家によって行われる産業としての大規模な農業と、自給半ばで一定以上の農業収入を必要とする小農や兼業によって行われる家族農業、そして自給を楽しみながら一定のスキルを持つアマチュア農家による市民参画型農業の三つに大別されるが、産業としての農業の担い手を確保していくためには、この三つの間での交流を活性化させていくことが不可欠であり、担い手確保対策の実質的な早道になるのではないか。そしてこのためには農地法の改正や直接支払の拡充等の措置が前提となる。

 振り返ってみれば、農業は大宗を占める小規模経営の家族農業によって営まれ、生業として生産と暮らしが一体化し、草刈り、水路の補修等の儲けにつながらない仕事も当然の百姓仕事としてこなしてきた。それが農業が近代化するほどに儲けにつながらない仕事は軽視され、本来は農業に包摂されていた農の世界が削ぎ落されて、産業としての農業だけが残されようとしている。これが結果的には農村の荒廃を招き、食料安全保障を揺るがすことにつながってきた。今、都市農業への市民・消費者の参画や農福連携、半農半X等の動きが加速しているが、これは農業が産業化というベクトルとは別に「農業の社会化」というベクトルを強めつつあるように理解される。農業の社会化は農業の産業化をすすめていくうえでの必要条件ともなりつつあり、農業の社会化の流れを加速させていくことが重要かつ急務になってきている。農業の社会化によって自給化を促進していくと同時に、増大した人口を養っていくためには農業の産業化も欠かせないという構図への移行が求められている。

(農的社会デザイン研究所代表)

日本農民新聞 2023年10月5日号掲載

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