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〈行友弥の食農再論〉平時の常識と食料安保

2022年4月25日

 「食料を自給できない国を想像できるか? それは国際的圧力と危険にさらされた国だ」

 TPP(環太平洋経済連携協定)を巡る議論が盛んなころ、よく引用されたブッシュ元米大統領の発言を思い出した。農産物や農業資材の値上がりが、ロシアのウクライナ侵攻で加速されているからだ。

 ロシアとウクライナは穀物の大輸出国。日本は直接の輸入は少ないが、世界の市場は一体であり、影響は免れない。ロシアは原油・天然ガスのほか肥料の原料などの主要な産出国でもあり、日本への打撃は多面的で深刻だ。

 食料安全保障をテーマとする外務省主催のシンポジウムが先月末に開かれた。国連食糧農業機関(FAO)のチーフエコノミストがウクライナ危機による世界の食料市場への包括的な影響を解説し、資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表が基調報告を行った。

 柴田氏は「90年代まで食料は安価に調達でき、経済合理性だけを考えていればよかった。しかし、2000年代以降は農産物価格のボラティリティー(変動性)が高まり、資源ナショナリズムも台頭してきた」と指摘。食料増産に伴う土壌劣化や水資源の枯渇、生態系破壊など環境への負荷も深刻化する中「国内で食料増産に励むことが重要だ」と述べた。

 平澤明彦・農林中金総合研究所基礎研究部長も同様の認識を前提に、国内生産力の低下と新興国台頭で日本が「買い負け」する傾向にも懸念を示した。「これからは、お金があるから買える(輸入できる)とは限らない。国内で最低限の農業生産を維持すべきだ」と訴えた。

 一方、平澤氏に続いてマイクを握った政治評論家は「生産額でみれば日本は世界5、6位の農業大国。自由貿易を推進し、経済成長を達成すれば、途上国も含め食料問題は克服できる」と主張した。ちょっと懐かしい(?)「農業の成長産業化」論である。

 この手の話もTPP論議でよく聞いたので、内容には驚かない。しかし、いま起きている戦争や経済制裁という事態は、これまで世界が信じてきた自由貿易体制が、いかにあっけなく崩壊するかを示している。平時の常識を疑わずに済むなら「安全保障」の議論は必要ないだろう。

(農中総研・特任研究員)

日本農民新聞 2022年4月25日号掲載

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