日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈行友弥の食農再論〉鏡を壊すなかれ

2022年10月25日

 統計は社会が自らの姿を映す鏡である。鏡がゆがむと、社会は針路を誤る。以前も紹介したが、吉田茂元首相はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のマッカーサー最高司令官に日本の統計の不正確さを指摘され、こう答えた。「統計が正確なら、あんな戦争(太平洋戦争)はしなかった。統計通りなら、こちら(日本)が勝っていた」。実は統計上も日本の敗北は予想されていたが、統計の重要性を吉田が認識していたことは確かだ。

 その吉田政権下で終戦の翌年に発足したのが、政府の「統計制度の改善に関する委員会」(略称・統計委員会。現在は総務省所管)だ。国政の根幹にかかわる基幹統計調査では、統計委員会の審議を経なければ内容の変更はできない。総務省や統計委員会が各府省に調査の見直しを求めることもある。一方、府省の統計担当部局は調査を担う現場の実情にも配慮しなければならない。

 にわかに議論が高まっているのが、基幹統計調査の一つである農林業センサスの農業集落調査廃止問題だ。3年後の次期調査へ向けた議論をしている農林業センサス研究会で農林水産省側が廃止案を示し、研究者やジャーナリスト、自治体関係者ら幅広い人々と団体が懸念を表明した。筆者も応じた反対署名は既に1000筆を超えているという。

 集落調査には、寄り合いなどの伝統的な活動のほか「定住を推進する取組」「再生可能エネルギーの取組」といった項目もある。定住条件整備、関係人口創出、再エネ導入などを掲げる現行の食料・農業・農村基本計画を進める上でも欠かせないデータだ。

 もちろん、農山村の過疎化・高齢化による調査のマンパワー不足は切実だろう。市町村合併で自治体の足腰が弱まり、個人情報保護を理由に(口実に?)協力を得にくい状況もある。しかし、だからこそ実態把握の重要性が高まっているとは言えないか。

 農林業センサスや漁業センサスは単なる経済統計ではない。まさに日本社会の現状を映す鏡、社会調査でもある。人口減少が加速し「地方消滅」すら語られる今日、その鏡を自ら壊すことは「内なる敗戦」につながりかねない。農水省に再考を求めたい。

(農中総研・客員研究員)

日本農民新聞 2022年10月25日号掲載

keyboard_arrow_left トップへ戻る