日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈行友弥の食農再論〉「優等生」の嘆き

2022年6月25日

 若い人には驚かれそうだが、子どものころ、バナナは高級品のイメージがあった。それが今は安価な果物の代表格だ。総務省の家計調査によると、2人以上の世帯が昨年1年間に購入したバナナの平均数量は19.8kg。リンゴの10kg、ミカンの9.7kgを大きく引き離し果物類のトップだ。

 「物価の優等生」といえば鶏卵だが、バナナもそうだろう。かつて台湾産が主流だったバナナは1963年の輸入自由化をきっかけにフィリピンからの輸入が増え、それによって大きく値下がりした。おいしく栄養豊富なバナナを日常的に食べられるようになったことをフィリピンの生産者に感謝しなければならない。

 しかし、そのフィリピンからSOSが発せられた。今月8日、ラウレル駐日大使が都内で記者会見を開き、日本でのバナナの販売価格を引き上げるよう呼びかけたのだ。

 現地の生産者はコロナ禍による供給混乱や「地政学的緊張」(ロシアのウクライナ侵攻)による生産コスト上昇に苦しんでいる。持続可能な生産へ向けた責任を日本の消費者にも共有してほしい–大使はそう訴えた。

 大使館のホームページに掲載された文章は触れていないが、フィリピンではバナナの木を枯らす「新パナマ病」が広がり、廃業に追い込まれる農園も相次いでいるという。この状況を放置すれば、バナナは再び希少な高級果実に戻ってしまいかねない。

 フィリピンにおける多国籍企業の暗躍や農園労働者の苦悩を丹念な取材で描き出した鶴見良行さん(故人)の名著『バナナと日本人』が出版されて今年で40年。食のグローバリゼーションの陰の部分は今も本質的には変わらない。

 「こうしてフィリピンと日本はつながった。だが、国家と国家でなく国民と国民の関係として考えてみると、実際にバナナを作っているフィリピンの労働者と、これを食べている日本の消費者は分断されているといえないだろうか。私たち日本人のバナナへの関心が、『価格』や『栄養』や『安全性』にだけとどまっているのは、その端的な例である」

 鶴見さんのこの言葉を、もう一度かみしめなければならないように思う。

(農中総研・特任研究員)

日本農民新聞 2022年6月25日号掲載

keyboard_arrow_left トップへ戻る