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〈行友弥の食農再論〉「じゅうねん」を過ぎても

2023年2月25日

 畑に近づくと、さわやかな香りが鼻をうった。昨年10月、福島県飯舘村でエゴマの収穫作業を手伝った時のことだ。

 エゴマはシソ科の植物で、その葉は青ジソと見分けが難しい。似たような芳香も放つ。健康に良い不飽和脂肪酸が豊富に含まれ、福島では「食べれば10年長生きできる」という意味で「じゅうねん」と呼ばれることは、以前も当欄で書いただろうか。

 集まったのは同村南部の大久保・外内(よそうち)行政区の住民でつくる一般社団法人「いいたて結い農園」のメンバーと、その知人ら計20人程度。筆者も代表理事の長正増夫さんと数年前に知り合った縁で、いわき市に住む元同僚を誘い前年に続き参加した。

 機械(除草用の回転のこ)を使った刈り取りは危険なので、ベテラン農家が担当する。他は2、3人ずつのグループに分かれ、刈り取ったエゴマの穂を板に打ちつけて実を落とす。その「バン、バン」という音が周囲の森に吸い込まれていく。

 福島第1原発事故から11年半、避難指示解除から5年半。「住民」といっても、まだ避難先で暮らす人も多く、作業の合間に近況報告や思い出話に花が咲いた。

 長正さんは行政区長で、かつては副村長も務めた地域のリーダーだ。避難中も手作りのコミュニティー誌を発行するなどして住民の結束を維持し、復興へ向けた活動を続けてきた。

 49戸の全住民を構成員として「結い農園」を設立したのは2021年4月。ソバも作っているが、エゴマ栽培の良さは「体力はいらないが、細かい手間がかかることだ」と長正さんは言う。大勢の人が集まって一緒に作業することが大事なので、手間がかかるのはむしろ長所というわけだ。

 隣りの南相馬市では、スマート農業を導入し少人数で広大な面積をカバーする法人もある。復興のモデルケースとして頻繁に紹介される事例だが、経営者に話を聞くと「農業が再生しても、人が戻らない。昔のような地域のにぎわいが復活しない」という嘆きが漏れる。

 真の復興とは何か。「じゅうねん」をとうに過ぎた今こそ振り返って考えたい。それは経済や生産の視点を超えた、新たな「農の価値」発見にもつながっていくだろう。

(農中総研・客員研究員)

日本農民新聞 2023年2月25日号掲載

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