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〈行友弥の食農再論〉「自由貿易」再考

2025年5月25日

 トランプ関税に対し「自由貿易を守れ」という某新聞の社説を読み、10年前に大筋合意した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)のことを思い出した。当時、TPP推進論者の多くが自由貿易のメリットを強調していたからだ。だが、そもそもTPPは自由貿易ではなかった。

 特定の国だけで貿易や投資に関する協定を結ぶのは自由貿易とは逆のブロック経済だ。1929年の大恐慌を契機に世界経済のブロック化が進み第2次世界大戦の遠因になった。その反省から戦後は自由貿易を目指す機運が高まり、95年の世界貿易機関(WTO)発足に結実した。

 しかし、WTO下で更なる貿易自由化を目指すドーハ・ラウンド交渉が2008年に決裂し、代わって「メンバー限定」の経済協定が乱立するようになった。TPPもその一つに過ぎず、真の自由貿易を目指すならドーハ・ラウンドを再起動せよ–記者時代、そんな記事を書いた。

 だが、素朴に自由貿易を信奉していたわけでもない。経済学の古典的な理論は、各国が関税などで自国産業を守るより、それぞれの得意分野に注力し、貿易を通じて国際分業を進めた方がウィンウィンで全体が豊かになると説く。だが、現実には多くの問題がある。

 産業部門間の労働力や資本の移動は円滑に進むか。国土・環境や地域社会、そこに暮らす人々はどんな影響を受けるのか。南米アマゾン地域では輸出向け大豆の生産で熱帯雨林が破壊され、先住民が安住の地を追われている。世界のカカオ豆の7割を生産する西アフリカには、過酷な児童労働の実態がある。それが「ウィンウィン」の現実である。

 トランプ大統領を支持する米国ラストベルト(さびた工業地帯)の労働者たちも、同じく自由貿易の恩恵から取り残された人々だ。弱者に寄り添うはずの民主党は、それを見落としていた。オバマ政権はTPPを推進し、カナダ・メキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA、現USMCA)の発効はクリントン政権の時だった。

 問題は「自由貿易か保護主義か」の二択ではない。持続可能で、かつ「一人も取り残さない」経済をどう目指すのか。分断を乗り越え、一緒に知恵を絞らなければならない。

(農中総研・客員研究員/飯舘村地域おこし協力隊)

日本農民新聞 2025年5月25日号掲載

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