日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

コラム

〈行友弥の食農再論〉食料安保とSDGs

 毎日新聞の記者だった2008年に「食料小国ニッポン 自給率39%の現場」という連載を担当した。06年度の食料自給率(カロリーベース)が40%を割り込んだことを受けた企画だ。1993年度も米の記録的不作で37%になったが、平時で40%を下回ったのは2006年度が初めて。「39%ショック」と言われ、多くの新聞やテレビが特集を組んだ。  2007~09年度は40%以上だったが、10年度は再び39%に下落した。その後は一度も40%に届かず、18、20年度は37%に落ち込んだ。政府が掲げる45%目標は遠のく一方だ。常々「数字に一喜一憂しても仕方ない」と言ってきたが、やはり気になる。数字以上に、それが...

〈蔦谷栄一の異見私見〉自然循環機能を維持増進する農業に

 「みどりの食料システム戦略」(以下「みどり戦略」)の決定にともない、有機農業への注目度が高まっている。みどり戦略では「2050年までに目指す姿」として、CO2ゼロエミッション化の実現、化学農薬の使用量(リスク換算)を50%低減、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減、耕地面積に占める有機農業の面積を25%に拡大、等のいくつもの目標を掲げている。これに対しマスコミをはじめとする巷では「有機農業比率25%」が強調されることが多く、みどり戦略即有機農業推進との誤解も少なくない。  みどり戦略決定の背景には、カーボンニュートラルの動きに象徴される地球温暖化にともなう気候変動対策...

〈行友弥の食農再論〉江戸幕府の闘い

 江戸時代の「大坂堂島米市場(米会所)」が「世界初の先物取引所」であったことは、海外でも広く認知されているという。  商品の先渡し契約自体は堂島より早く、17世紀オランダのチューリップ取引でも行われていた。しかし、堂島では現物(正米)市場と先物(帳合米)市場が併存し、後者では現物の受け渡しを前提としない差金決済も導入されていた。現代の商品・金融市場の先物取引は、このシステムを受け継いでいるという。  帳合米取引は投機を主目的に行われたが、現物の売り手や買い手も先物によってリスクヘッジができた。たとえば売り手は先物を売っておけば、出来秋の現物価格が先物より値下がりしても、損失を回避できる。逆...

〈蔦谷栄一の異見私見〉フードシフトはみどり戦略とセットで

 農水省は、7月20日、食料・農業・農村基本計画で提起した新たな国民運動として「食から日本を考える。ニッポンフードシフト」(以下「フードシフト」)を始めることを発表した。  国産農産物の消費拡大のために農業・農村への理解を広げていくことをねらいに、同日付けで公式ウェブサイトを開始した。地域で頑張る農家らの取組みの発信、農家・食品事業者・消費者からのアイデア募集を始めるとともに、秋以降はイベントの告知等も予定する。  官民協働で農業・農村の取組みや魅力を発信することによって、食や農のあり方について議論もしながら、消費者と生産者の距離を近づけ、国産農産物の消費拡大、国産農産物を選択する行動変容...

〈行友弥の食農再論〉土の反乱

 今月3日、静岡県熱海市で発生した土石流の映像に息をのんだ。3年前の西日本豪雨や北海道胆振東部地震で起きた土砂災害もひどかったが、今回は斜面そのものが崩れたというより、大量の土が谷の上から押し寄せてきたので「山津波」という表現がふさわしい。12日現在で死者10人、行方不明者は18人と伝えられている。誠にいたましいことである。  報道によると、上流には大量の「盛り土」があったという。それが主因かどうかはわからないが、少なくとも被害を大きくした要因ではあるようだ。つまり、人災の要素が大きい。  盛り土が始まったのは10年以上前で、目的は「造成」だったらしい。しかし、実際には行政に届け出た面積や...

〈蔦谷栄一の異見私見〉「エコ農業」によるみどり戦略取組で「国消国産」を

 5月12日に決定された「みどりの食料システム戦略」(以下「みどり戦略」)については、短時間での策定にともなう唐突感と同時に、有機農業の面積比率25%に代表されるようなハードルの高い目標設定への驚き、そして羅列された技術開発によるイノベーションに対する懐疑等が渦巻く。決定から一月以上が経過する中で、「できるのか」「誰がやるのか」から反応は徐々に「やるしかない」「何ができるのか」へと変わりつつある。  みどり戦略は「生産力向上と持続性の両立」をねらいとするが、成長戦略のいっかんとして位置づけられていることもあって、過度なイノベーションへの期待、技術開発依存となっていることは否定しようもない。問...

〈行友弥の食農再論〉「みどりの夢」に幻惑されて

 30年近く新聞記者をやった後遺症で「バラ色の話はまず疑ってかかる」という意地悪な心性が染み付いている。そういう自覚があるから「あら捜しはやめて、なるべくいい点を評価しよう」と思ったが、読んでみたらやはり一言いいたくなった。  いや、バラ色ではなく緑色の話だった。先月、農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」。地球温暖化など環境問題に対応した農林漁業の将来ビジョンである。  農業関係者の間で最も話題になったのは「有機農業を2050年までに耕地面積の25%(100万ha)に拡大」という部分だろう。「現在0・5%しかないのに30年で50倍?」と多くの知人が首をひねっていたが、ほかにも違...

〈蔦谷栄一の異見私見〉必要な「みどりの食料システム戦略」の展開戦略

蔦谷栄一の異見私見拡大版 (日本農民新聞 2021年6月15日号「持続可能な農業と地域を目指して~『みどりの食料システム戦略』とJAへの期待」掲載) 30年の機会損失のうえに出たみどりの食料システム戦略 ――みどりの食料システム戦略策定の背景をどう考えますか。  みどり戦略の決定には唐突感をもって受け止める人も多くいますが、私にとってはやっと出てきた、という感じです。みどり戦略は生産力向上と持続性の両立を目指していますが、持続性の確保については、実態としては1971年有機農業研究会が発足する前後から、各地で地道な実践が積み重ねられてきました。一方、政策的にはガット合意により輸入自由化が...

〈行友弥の食農再論〉憂い顔のジェンナー

 最近 テレビなどで「ワクチン」という言葉を聞かない日はないが、語源を調べたらラテン語で「牛」を意味する「vacca」だった。牛の搾乳をする人が牛痘という牛の病気にかかると、天然痘に感染しなくなる。そのことを知った18世紀の英国の医師ジェンナーが、種痘(天然痘の予防接種)を考案したことに由来するそうだ。  現在では、天然痘の免疫を作ったのは牛痘ウイルスではなく、偶然混入していた別のウイルスだったことが判明している。本来は馬の病気を起こすものだそうだが「ワクチニアウイルス」と命名された。  ジェンナーは種痘の特許を取らなかった。特許を取るとワクチンが高価になり、多くの人に恩恵がいきわたらなく...

〈蔦谷栄一の異見私見〉JA自己改革第二弾で地球温暖化抑制への取組み

 気候変動対策に対応しての農政見直しに向け、「みどりの食料システム戦略」の策定作業がすすめられ、この3月末にはその中間とりまとめが公表され、パブリックコメントを踏まえての修正を経て、5月の中旬にも決定される見通しだ。  「2050年までに目指す姿」として、CO2ゼロエミッション化の実現、化学農薬の使用量(リスク換算)を50%低減、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減、耕地面積に占める有機農業の面積を25%(100万ha)に拡大、等のかなり思い切った目標が掲げられている。最終的には若干の微調整はあっても、大筋は既に固まったとみる。  4月21日には生産者を中心とする持続...

〈行友弥の食農再論〉この水は飲めません

 「飲んでもいいの?」。昨年9月26日に福島第1原発を視察した菅義偉首相は「処理水」のサンプルを見て尋ねた。案内役の東京電力関係者は「飲めます」と答えたが、首相は飲まなかったという(昨年11月3日付「朝日新聞デジタル」より)。  処理水とは、廃炉作業中の同原発に流れ込んだ雨水や地下水から放射性物質を除去したもの。セシウムやストロンチウムは取り除けてもトリチウム(三重水素)は残っている。同原発敷地内のタンクにため続けているが、あと2年ほどでタンクの置き場所がなくなるため、政府は13日、薄めて海に放出する方針を決めた。  海洋放出には地元福島だけでなく、全国の漁業関係者が反対している。その6日...

ワンフレーズ この人 ここで(20210415)

 「お金は価値を判断する手段であるが、私はお金というものは、社会に対する貢献の対価であり、他人からの感謝のしるしだと考えている。つまり、感謝のしるしがつながることによって、経済が回っている」と、学生を前に農林中央金庫の奥和登理事長は語る。「皆さんが従事する農林水産業は、人に幸せを届ける意義が十分にある。どうやって人に幸せを届けていくのか、自分の経営ビジョンを夢描いてほしい」と未来の農業経営者たちを激励した。(9日、日本農業経営大学校の入学式で)

〈蔦谷栄一の異見私見〉「みどりの食料システム戦略」を1丁目1番地に

 農林水産省は、昨年10月の菅総理による、2050年年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにするカーボンニュートラル宣言を受けて農政の見なおしをはかっており、その基本方針となる「みどりの食料システム戦略」を本年5月に決定すべく、策定作業を急いでいる。これに向けての中間とりまとめがこのほど公表された。すでに3月の5日には中間とりまとめの案が公表されたことから、「有機農業比率25%目標」等の見出しで、マスコミは大々的に農政の転換について報じてきた。  あらためて出された中間とりまとめの参考資料を見ると、みどりの食料システム戦略は「農林水産業・地域の活力創造プラン」を改訂してその中に位置づけられること...

〈行友弥の食農再論〉ヒバリの歌

 「うらうらに照れる春日にひばり上がり 心悲しもひとりし思へば」  万葉集で大伴家持が歌ったヒバリは春を告げる鳥の代表格だが、大都市近郊では見なくなった。営巣に適した農地や草むらが減ったからだ。  昨秋、福島県飯舘村でトルコギキョウなどを生産する高橋日出夫さんに取材した時、その鳥の話が出た。「(原発事故の避難指示が解かれ)村に戻って一番うれしかったことは?」と聞いたら「ヒバリがいたこと」という答えが返ってきたのだ。  避難する前、高橋さんの畑には毎年ヒバリが巣を作った。高橋さんはそこだけ収穫を控え、ヒナたちが巣立つのを見守った。除染作業で重機が走り回ったので、もう来ないだろうと思ったが、...

〈蔦谷栄一の異見私見〉第一次産業が地球を救う

 今回の話は食料安全保障がテーマではない。気候変動対策としての温室効果ガスの排出抑制に、第一次産業、特に農業の変革によって積極的に貢献していこうという話である。  農水省と環境省は昨年10月、菅首相の国会での総理大臣所信表明演説に先立ち、農林水産業における2050年カーボンニュートラル達成に向けて連携を強化していくことで合意した。これを受けて環境省が「地域循環共生圏」の創造を展開していくのと併行して、農水省は「みどりの食料システム戦略」の策定を急ぐ。  みどりの食料システム戦略は、CO2ゼロエミッション化の実現、化学農薬使用量(リスク換算)の削減、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使...

〈行友弥の食農再論〉いのちの食べかた

 穀物の国際価格が歴史的水準まで上昇した2008年。飼料価格高騰に悩む養鶏業界を取材した。初めて養鶏場に足を踏み入れて驚いたことが二つある。一つは徹底した鳥インフルエンザ対策。車と靴の消毒に始まり、下着を含む衣類をすべて着替えた。小さな部屋で薬剤の噴霧を受け、専用の作業衣に帽子やマスクを身に付けて、やっと鶏舎内に立ち入ることが許された。  もう一つは鶏の密集度だ。正確には覚えていないが、4、5段に重ねられたケージ内に身動きできないほど詰め込まれていた。前年に女性を「産む機械」にたとえて批判を浴びた大臣がいたが、あれこそが「産む機械」だろう。いくら対策を取っても鳥インフルが瞬く間に広がるのは、...

〈蔦谷栄一の異見私見〉協同活動の原点を体現する「やねだん」の取組

 必ずしも発行が定期化はされていないようであるが、元鹿児島県信連常務の八幡正則さんから、『怠れば廃る塾』塾報が発行の都度、メールに添付して送られてくる。塾報は二宮尊徳の言葉を解き明かしたもので、この1月15日に届いた塾報は第200号とある。八幡さんは二宮尊徳の研究家でもあり、鹿児島大学で長らく講義を重ねてもこられたが、仮に毎月塾報を発行したとしても16~17年を要することになる。その研鑽のご努力と尊徳翁に対する熱い思いには敬服するばかりで、200号の発行を心からお祝い申し上げたい。  八幡さん、そして二宮尊徳については、筆者の理解がもう少し深まるまで取り上げることはかなわないが、今回は塾報の...

〈行友弥の食農再論〉暗い谷の底から

 深い峡谷にいるようだった。10年前、東日本大震災に続く原発事故で計画停電になった東京都心の夜だ。高層ビルに区切られた漆黒の空に無数の星が瞬く。人工の光がなかった時代には当たり前だった星空が唐突に戻ってきた。不思議な感慨に襲われながら「この光景を忘れないようにしよう」と思った。  だが、忘れていた。思い出させたのは「震災10年」の節目ではなく、コロナ禍で再びもたらされた街の静けさだ。ただ、今は星が見えない。  震災直後には「きずな」が叫ばれた。「日本はチームだ」という言い方もあった。「滅亡」を思わせる被災地の惨状と、闇に沈む東京。小さな集落で肩を寄せ合って暮らした太古の人々のように、人知を...

ワンフレーズ この人 ここで(20210120)

 「今年のJA全国大会決議の中に、全JAで農福連携をやろうと高らかに謳っていただきたい」と語る皆川芳嗣元農水省事務次官(農中総研理事長)。「JA兵庫中央会にお願いして、JA地区内に就労継続支援事業所がいくつあるか等をまとめてもらった。農福に取り組む際の連携する相手はどのJAにも存在することが分かった。全国のどのJA地区内もそうであろう」と。「社会の中でなかなか解決できなかった課題に対し、農業だから、農村だからできることがいっぱいある。その手段や資源を農協は色々もっていると思う。その典型事例が農福連携であり、農協活動の重要な要素として取り入れてもらいたい」と、日本農福連携協会会長として、熱い思い...

〈蔦谷栄一の異見私見〉withコロナ時代が求める「地域社会農業」

 新しい年を迎えたが、2020年は欧米では年末にワクチン接種が開始されたとはいえ、一方で変異種が猛威を振るい始めるなど、コロナの影響は長期化・恒常化しそうな気配だ。暮らしや経済等への影響が一段と深刻の度を増し加えていくことが懸念されるが、こうした動きと併行して気候変動対策の流れが加速するとともに、我が国農業では米過剰の顕在化、農業経営体の減少等、構造的な問題が顕在化・深刻化した一年でもあった。  コロナについてはさまざまな論評が飛び交っているが、本質的には感染症対策として3密回避が絶対要件となる中で、都市化することによって発展してきた近代文明のあり方が問われているように受け止めている。土から...

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