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日本農民新聞 2021年6月15日号

2021年6月15日

持続可能な農業と地域を目指して~「みどりの食料システム戦略」とJAへの期待

「みどりの食料システム戦略」特集=農水省・菱沼義久審議官アングル

「みどりの食料システム戦略」がめざすもの

農林水産省
技術総括審議官
菱沼 義久 氏

持続可能な食料システム構築へ
環境負荷軽減のイノベーションを推進

農林水産省は5月12日、「みどりの食料システム戦略~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~」を策定した。将来を見据えた持続可能な食料システムの構築に向けた「みどりの食料システム戦略」の目指す姿と取組方向を農林水産省の菱沼技術総括審議官に聞いた。


生産力向上と持続可能性の両面から中長期的に

「みどりの食料システム戦略」策定に至った背景から

 近年のわが国の食料・農林水産業は、地球温暖化に伴う品質低下や大規模災害の激甚化などの影響を大きく受けている。食料生産を支える肥料原料や原油等のエネルギーの自給率はほぼゼロの状態で、さらに新型コロナウイルスの感染を契機にサプライチェーンも混乱を来している。こうした状況下で、農林水産業や地域の将来も見据えた持続可能な食料システムの構築が急務であることから、『戦略』の策定に至った。

 副題は「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現」。生産力向上と持続可能性は、例えば肥料農薬の施用と環境への影響など、相反する側面も持っている。その両立にはイノベーションが非常に大事になってくる。

 イノベーションは一朝一夕には実現しない。長い時間軸が必要なことからこうした中長期的な新しい政策支援策を策定した。

2050年までに開発・実証、社会実装へ

「基本計画」との整合性や政策面での位置づけは?

 「食料・農業・農村基本計画」は2030年を目標に、2020年から5年間の政策展開方向を示しており、自給率向上のための生産性向上に主眼を置いている。

 昨今のSDGsの取組みへの機運の高まりや、総理の「2050年カーボンニュートラル宣言」など踏まえ、「基本計画」をベースとしつつ、『戦略』では持続可能性も新しい概念として盛り込んだ。2050年までの目指す姿を決めイノベーションを長いレンジで捉え、2040年までに革新的な技術・生産体系を順次開発し、以後の10年間でそれをヨコ展開していく。開発→実証→社会実装の各段階に分け、それぞれの分野ごとの工程表もまとめ、さらに直近5年間での具体的取組み事項も設けた。

 これにより〝政策手法のグリーン化〟をすすめていく。政策には、補助事業や金融・税制など様々な施策があるが、それらの施策についてもイノベーションと併せて段階的に取り組んでいきたい。

調達・生産・流通・消費全体で国民的取組みへ

「みどりの食料システム戦略」の目標・柱建てとポイントは?

 柱建ては次の4分野に整理される。まず、資材やエネルギーの「調達」分野についての課題を整理し、脱輸入・脱炭素・環境負荷軽減の推進を掲げた。それを利活用する「生産」分野ではイノベーション等による持続的生産体制の構築、「加工・流通」分野ではムリ・ムダのない持続可能なシステムの確立、そして「消費」分野では消費者の行動変容まで踏み込んで、食品ロスの削減など環境にやさしい持続可能な消費の拡大や食育の推進などを掲げた。このように調達→生産→加工・流通→消費まで一体となった取組みで、農林水産業関係者だけではなく国民全体の取り組みとして進めていくことにしている。

 具体的な数値目標としては2050年までに、農林水産業のCO2ゼロエミッションの実現、化学農薬使用量の50%低減、化学肥料使用量の30%低減、有機農業取組み面積25%(100万ha)への拡大、等々を提起した(2面参照)。この数値目標達成のための工程表も策定したが、今後は政策手法のグリーン化の推進に向けた段階的見直しも図っていかなければならない。

 〝戦略〟としたが、これは目標到達に向けた旗印として掲げた。具体的な取組みとしての〟戦術・作戦〟は、今後いつまでに誰が何をしていくかを詰めていかなければならないと思っている。

地域の多様な組織が一体で新しい方向と実践を

策定作業や意見交換を通じての感想は?

 今回の『戦略』は、非常に短時間でのまとめとなったが、多様なステークホルダーの方々の意見を聞くことができた。コロナ禍で実出席の会議を持つことは難しかったが、リモートを利活用し濃密な意見交換ができたと思っている。

 それを通じて農林水産業は地域の基幹産業であることを改めて感じた。そうであるならば、現場の生産者だけでなく地方自治体や大学さらには金融機関など地域の様々な組織が一体になって、この『戦略』を実践していく必要がある。

 この『戦略』では、この方向に基づくと、この地域にはどんな課題があり、その解決のためにはこういう具体的な取組みをしていこうじゃないかと、地域の様々な立場の人が一緒に新しい方向を見いだし、具体的な施策をつくり実践していくことが非常に大事だ。

 例えば、有機農業では現状の大量生産、大量流通、大量消費に当てはまらない部分が多いが、地域の学校給食に使えば誇りが持てる地域資源となる。地域の中でロットを集めることができれば、持続性の高い農業として家族経営や小規模経営にも合っているのではないかと思うし、地域所得の向上や豊かな食生活の実現につながっていくのではないか。

〝みどり〟への気づきと「みどりの食料システム戦略」の周知から

直近での取組みのポイントは?

 直近の取組みでの一番の課題は、この農林水産省の取組みを生産現場をはじめ国民全体に周知していくこと。なぜ必要なのか、自分たちが与えている環境への影響はあるか、何ができるのかなど〝みどり〟そのものへの気づきを醸成していくことである。6月から9月を「集中周知期間」に位置づけ、『戦略』の考え方や方向性をあらゆる機会を通じて発信していく。補助事業や投融資、税、制度等についてのグリーン化も具体的に検討していく。

 イノベーションの開発は時間を要することから、既存の技術を早くヨコ展開していくことにも併せて取組んでいく。

地域発のイノベーションで新しい地域環境を

推進に当たってJAグループはじめ農業関係者へ

 新しい政策への転換であり、2050年までの長い期間具体的に何をすればいいのか不安があろうかと思う。まずは〝みどり〟への気づきとみんなで取組んでいこうという運動展開をしていくために、我々はいろいろなところに出向き話をしていきたい。

 生産現場のニーズに合った研究開発も非常に大事だ。農研機構と全農は連携して共同研究や開発に取組んでいるように、現場目線で現場の課題解決につなげていく、生産現場から研究を主導していくような気構えが、これからはますます必要になってくるだろう。

 「みどりの食料システム戦略」の方向は地域農業にとっても非常に大事だ。地域資源を有効に使って地域循環型の新しい環境を創っていくことで、まさに地域発のイノベーションが起きるのではないか。中央からの〟上意下達〟ではなく、地域のJAグループはじめいろいろな組織が参画し、新しい方向で〝みどり〟の農業生産現場、地方自治体を創り上げてほしい。


〈本号の主な内容〉

特集:持続可能な農業と地域を目指して~「みどりの食料システム戦略」とJAへの期待

■アングル 「みどりの食料システム戦略」がめざすもの
 農林水産省
 技術総括審議官 菱沼義久 氏

■「みどりの食料システム戦略」の目指す姿と取組方向

■「みどりの食料システム戦略」への期待
 総合環境政策統括官 和田篤也 氏

■「みどりの食料システム戦略」の評価と今後
 東京農工大学 学長 千葉一裕 氏
 農林中金総合研究所 執行役員基礎研究部長 平澤明彦 氏

〈蔦谷栄一の異見私見〉必要な「みどりの食料システム戦略」の展開戦略

■「みどりの食料システム戦略」の取り組みに向けて

■今秋開催の第29回JA全国大会組織協議案を決定=JA全中

農林中金が記者会見開き2020年度決算概要等公表

JA全農と産地・企業が連携し「ニッポンエールPJ」を開始

「しんたまご」がパッケージをフルリニューアル=全農たまご

■農業系教育機関のいま
 高崎健康福祉大学 農学部長 大政謙次 氏

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