蔦谷栄一の異見私見拡大版
(日本農民新聞 2021年6月15日号「持続可能な農業と地域を目指して~『みどりの食料システム戦略』とJAへの期待」掲載)
30年の機会損失のうえに出たみどりの食料システム戦略
――みどりの食料システム戦略策定の背景をどう考えますか。
みどり戦略の決定には唐突感をもって受け止める人も多くいますが、私にとってはやっと出てきた、という感じです。みどり戦略は生産力向上と持続性の両立を目指していますが、持続性の確保については、実態としては1971年有機農業研究会が発足する前後から、各地で地道な実践が積み重ねられてきました。一方、政策的にはガット合意により輸入自由化が必至とされる中、日本農業の生き残りをかけて出された92年の新政策に環境保全型農業を位置づけ、99年の食料・農業・農村基本法とともに持続農業法が施行、2001年からの有機認証制度の発足、06年の有機農業推進法の成立、という歴史を刻んできました。ところが政策展開は専ら生産性(力)向上に偏重し、持続性や環境問題については軽視されてきました。一方、EUはもとよりお隣りの韓国も1990年代から有機農業や親環境農業への取組に注力してきました。韓国の有機農業が占める農地面積割合(2016年)は1・2%と日本の0・2%(認証ベース)を大きく上回るだけでなく、有機農業に無農薬栽培をも含めた親環境農業の割合は4・9%(17年)となっています。まさに日本の取組みはEUや韓国に対して30年遅れ、30年もの機会損失を発生してきました。
ところが気候変動対策や生態系保全の重要性がにわかに国際的に叫ばれるようになり、そうした中で有機農業をはじめとする持続的な農業の有効性・必要性が明確になる中で、こうした問題に日本も取り組まざるを得なくなったというのが実情です。昨年3月にあらたな基本計画を決定してはいますが、これらの問題について十分踏み込んだ検討はなされなかった。そこで急変する国際情勢に対応していくため、にわかに検討を開始し、みどり戦略の策定に至ったと理解しています。したがって基本計画にみどり戦略を加えたものを、実質今回の基本計画と見なして取組みを急ぐことが必要と考えています。
国際環境が要求する高いハードル
――みどりの食料システム戦略の目標や内容についての評価は?
2050年までに目指す姿として、▽農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現、▽化学農薬の使用量(リスク換算)を50%低減、▽輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減、▽耕地面積に占める有機農業の面積の割合を25%(100万ha)に拡大、等が掲げられています。
特に有機農業面積割合目標25%はEUが昨年発表した「Farm to Fork戦略」での30年目標数値と同じもので実態に合わない、荒唐無稽な目標だと揶揄する見方も多いようです。こうした批判はもっともではあるのですが、国際情勢からすれば先進国・日本であれば当然に期待される水準であり、バックキャスティングして設けられた目標です。30年もの機会損失を発生してきたことから、当然のことながらきわめて高いハードな目標にならざるを得なかった。私はこれを批判するよりも、いかにして実現していくかに知恵を絞り総力をあげて取り組んでいくしかないと考えます。
その意味ではみどり戦略は、2050年の目標設定とこれまでの取組み欠落を補うために期待するイノベーション技術を網羅したにとどまっており、いかに目標に向かって具体的に取り組んでいくかについて真の戦略を立てていくことが不可欠です。
――「持続可能な農業を創る会」の提言をまとめておられますが、提言のポイントは?
3月24日に農水大臣あてに提言を提出し、同日に環境大臣にも要請しました。7頁に及ぶ提案となっていますが、ごく短く要約すれば、考え方等として、▽農業政策と環境政策、地域政策の一体化、▽カーボンニュートラルに向けCO2ゼロエミッションを柱にした構築、▽このために欠かせない林業と畜産への対応、▽フードマイレージの縮小と生物多様性の保全、▽農業のエネルギー産業化の促進、▽農地(土壌)の価値化、を掲げています。そして取組方策として、▽吸収源の維持・増加と排出源の改善によるCO2削減、▽農業のエネルギー産業化とゼロエミッション化に向けた持続可能な農業の確立、有機農業を持続可能な農業の柱とする強力な推進、▽過疎地、中山間地の価値化政策の導入、等を訴えています。
前年の基本計画のとりまとめについても提言していますが、いずれも、▽社会的共通資本としての農業・農村、▽必要性が増す環境保全と中山間地農業の持続性確保、▽地域性豊かな農業と家族農業の維持、▽ゼロエミッション化に対応し生物多様性の保全に資する持続可能な農業への変革、を基本スタンスにして提言を行ってきました。
その意味では、今回決定されたみどり戦略の方向性については評価しており、その具体的展開を可能にする方策等が必要ということで、目下、生産者・消費者・自治体が一堂に会してのオーガニック会議の各レベルでの開催等について検討をすすめています。
――創る会を設立した背景やメンバーは?
有機農業が日本ではなぜ広がらないのか疑問を引きずってきた生産者等が、有機農業を広めていくためにはどうしたらいいのか勉強会を開いたのがそもそもです。勉強会を重ねる中で、有機農業に絞り込むのではなく環境保全型農業も含め、持続性を重視する形で政策形成を考えていくべきということになり、「有機農業を広める会」から19年に「持続可能な農業を創る会」にリニューアルしてスタートしたものです。
生産者主導ということで、ながさき南部生産組合の近藤一海さんが会長、さんぶ野菜ネットワークの下山久信さんが副会長、フードトラストプロジェクトの徳江倫明さんが事務局長で、私は提言とりまとめの座長ということでコミットしています。ゆるやかなグループをつくり、若手や女性も加えて随時農水省等との勉強会を重ねています。
ボトムアップの戦略で
――みどりの食料システム戦略を実現していくために必要なことは何でしょうか
先に触れたようにわが国の取組みは30年の機会損失を発生し、EU等に大きく劣後しています。今回のみどり戦略を農政審議会をはじめ国民的な議論を重ねることによって本物の戦略にしていくことが必要条件となります。このためには有機農業だけでなく環境保全型農業も含めて全体の環境負荷の軽減をはかっていくことを方針として明確にしていくことが肝要で、このため、①持続性についての概念の整理・明確化、②持続性の要素となる自然循環機能の発揮、生態系の保全、温室効果ガスの排出、農薬・肥料の使用程度等の要素を統合しての指数化・指標化、③有機農業推進法、持続農業法等の関係法令・制度の見直し、が必要と考えます。あわせて輪作やカバークロップ、不耕起をはじめとする在来技術の評価とその利用推進があり、これをイノベーション技術で補完していく。そしてこれらを地域営農計画のレベルにまで落として協同で推進していくことが必要だと思います。その結果として有機農業の25%を達成していくという戦略です。
みどりの食料システム戦略実行のカギを握るJAグループ
――JAグループの取組みへの期待は?
みどり戦略への個々人による取組みには限界があります。地域営農計画に落として協同で推進していくことがポイントであり、そのカギを握るのはJAグループです。温室効果ガスの排出抑制も含めた環境負荷軽減は日本農業を維持していくためには絶対に避けられない大課題です。JA自己改革の大きな柱としてこの取組を掲げていくことが消費者の信頼と支持を獲得していくとともに、協同組合間連携を強化していくことにもつながっていくことと思います。JAグループの未来を見据えての決断と実行を期待しています。
(農的社会デザイン研究所代表、持続可能な農業を創る会座長)
日本農民新聞 2021年6月15日号掲載