4Hクラブ活動と日本農業のこれから

〈4Hクラブでのこれまでの活動は?〉

 愛知県連会長、全国青年農業者交換大会実行委員長、全協役員として、常にクラブ員にとって有益なことは何かを考えながら活動してきました。特に全国青年農業者交換大会実行委員長の時は、「愛知県のクラブ員にも全国に散らばっているすごい同世代と出会ってほしい! それがみんなの為にもなる」という思いで活動しました。
 4Hクラブは全国組織なので、他地域の農業者との出会いが経営や作物の状況を知るのに良い勉強になります。しかし、愛知県のクラブ員は全国大会があってもなかなか行かない現実がありました。それが、この大会を機に、全国大会があれば参加するクラブ員が出てきたことは、一定の成果だったと感じています。

〈全協会長としての取り組みは?〉

 現在、全協(全国組織)への加盟は27道府県となっています。過去に物別れみたいになってしまった県連や、財政状況の問題で非加盟となってしまった県連との関係を修復するべく、非加盟県連にアンケートを取り、農業者会議の後に非加盟県連も呼んで会長会議を行うことを計画しています。この一年はその第一歩という位置づけにしています。
 4Hクラブも他の農業団体と同じく、農村や農業者の発展に寄与することを活動目的のひとつに掲げていますが、規約には硬い言葉で書いてあるため意識の共有ができにくいと思っています。さらに、時代の変化によって、求められる事柄も変わってきます。
 今までは若手の繋がり(仲間作り)を促進していこうという流れが主流でしたが、それだけでは正直足りないと思っています。僕ら世代の抱える課題として、事業承継があります。全国には1万余名のクラブ員が存在します。ということは1万人の相談相手がいるという考えです。このネットワークがあればいろんな事例を紹介しあえるし、所属して自分から情報を求めていけば有益な団体になるのではないかと思います。事業承継に限ったことではなく、農業技術のことについても同年代なので気軽に聞けるという点もあります。
 クラブ員の中には法人の社長から個人経営の代表から法人の従業員までさまざまいます。この多様性は4Hクラブの良さとして残していきながら、現存する県連の全ての加盟を目指すことで、設立当時の勢いを取り戻せたらと考えています。

〈日本農業の課題とあり方、またその課題解決にむけて〉

 日本の国土はアメリカや南米などの大きな国土を持った国とは比べ物にならないくらい小さいです。その代わり、細やかな日本人の気質を存分に活かした農業が日本の進む道だと考えています。
 課題としては、@若い担い手に手に余るほどの農地がどんどん集まっていること。特に水稲にその傾向があります。A日本の人口減少による国内購買者の減少、B最低賃金の上昇と農業資材の値上がり。農産物の価格は上がりにくいのに経費ばかりが上がっています。これらを解決するには海外への首相のトップセールスが必要と考えています。
 輸出を個人で行うのはハードルが高く、JA等の団体にも協力してもらわないとままならないです。経費が増加傾向にあることに関しては、近年の運送業者の配送料値上げの動きが良い例になります。なぜ配送料値上げなのか? そこをメディアが勝手に宣伝してくれたおかげで、消費者もそれなら仕方ないよね、という具合に受け入れていると考えています。
 私の農場から花を郵送するとき、送料の値上げが響いていつもより郵送は少なくなるかと思っていましたが、その影響はほぼ無いと言っていいほどでした。各農家では経費の節約(資材を可能な限り長い年数使用できるものにする等)をしているのですが、削れないところもあります。なぜ販売価格が値上がりするのか、それを周知でき、消費者が納得できる方法があればと思います。

〈自身の就農、営農概要と地域の農業について〉

 普通課高校に進学後、愛知県立農業大学校に入学。その後、アメリカに2年間農業研修。研修終了後、就農しました。就農を決めたのは研修中で、家族に宛てた手紙に就農する旨を書いて送りました。長男で、弟も妹も家業を継ぐような素振りはありませんでしたし、長男としての役目かなという思いもありました。  倉橋園芸は祖父から始め、養蚕、ヤギ、養鶏などの複合経営から始まりました。始まった理由は、自分の農地を守るためだったと聞いています。小作人が作ったものは小作人が売ることができるという時代になったとき、祖父が決断したそうです。横道に逸れますが、農地集積が進まないのは、自分の農地を守るという意識が強い世代がいるからではないかと思ったりします。  祖父が代表の時にシンビジウムを近所の農家と一緒に始め、父がそれを受け継ぎ、規模を拡大して今に至ります。

〈自身のこれからの夢と実現にむけて〉

 当園は市場出荷をメインとして経営しています。市場で父が築いてきた立ち位置を守っていきながら、今後減っていくシンビジウム農家の栽培技術を継承していきたい。シンビジウムの栽培と一言でいっても、対象となる購買層が違えば作り方も変わってくることがいろんな生産者と話をして分かりました。少しずつでも試作をしていざとなったら対応できる形を作りたい。また、父たちの世代ではやっていなかったと思われる売り方にも挑戦していきたいと思います。

2018年 1月15日号 第3177号
このひと
全国農業青年クラブ連絡協議会 会長
倉橋幸嗣 氏

 農業の改良と生活に役立つ4つのH(Hands, Head, Heart,Health)を信条に活動している4Hクラブ(農業青年クラブ)は、20〜30代の若い農業者を中心に、全国1万名余で組織されている。その全国組織である「全国農業青年クラブ連絡協議会」の会長に、昨年6月末就任した倉橋幸嗣氏に組織の活動状況と農業への思いを聞いた。