日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2024年2月25日号

2024年2月25日

このひと

 

究極の一次産業のカタチを創る

 

㈱ベリーズバトン(栃木県真岡市)
代表取締役
新井孝一 氏

 

 少子高齢化や生産年齢人口の減少による人材確保がどの産業でも大きな問題になっている。農業は魅力ある職業か? 就農時の自身の体験から、他の業界に負けない農業経営を目指し、働きやすい職場、やりがいのある仕事、カッコイイ農業への変化を実践する栃木県真岡市の㈱ベリーズバトン・新井孝一代表取締役に、人を引き寄せ、前向きの力を引き出し、日本一のイチゴ産地を次世代につなぐ取組みを聞いた。


 

伝統を事業として次世代へ

会社設立までの経緯と概要を。

 39歳。東京農大を卒業し1年間イチゴ研究所で研修し、平成20年父の経営する新井農園に就農。令和1年に法人化し経営委譲を受け「ベリーズバトン」を設立した。社名は「次世代にイチゴ作りの伝統を事業としてつなげたい」という思いから命名した。

 イチゴ農家としては50年以上続いているが、販売額はここ数年急激に伸びて昨年は1億8千万円ほど。従業員は家族4名、正社員3名と外国の技能研修生が10名、年間を通してのパートを15~20名弱雇用している。作付けはとちおとめ60a、とちあいか90a。単収はそれぞれ平均7tと8t。作付面積は150aで、8割はJAに出荷しその他直売やEC販売、一昨年からはふるさと納税の返礼品としても採用されている。

 経営理念は「イチゴを通して世界中に〝ワクワク〟と〝ハッピー〟を届けたい」。経営ビジョンは「究極の一次産業のカタチを創る~イチゴづくり、ひとづくり、まちづくり~」。そして事業ミッションは、「とにかく イチゴのために妥協しない、仕事は楽しくやる、人の心を大切にする」を掲げている。

 

将来ビジョン明確に総合改善活動

経営安定のためへの取組みを。

 就農時の危機感がスタートになった。ほとんど休みがなく低収入で、これでは農業人口が増えない。これでいいのかと。

 そこで、県農業大学校が開催する「とちぎ農業ビジネススクール」で、優良経営事例等を1年間学び、自分の圃場の問題点と擦り合わせた。最初に問題になったのは、ぎりぎりの人数の営農で防除等の作業が間に合わず、収量減や休日がとれない状態が続いていたこと。これを改善するため植物生理学から効果的な散布時期を見直した。技能実習生やパート雇用を増員し適期作業を可能にし、5年ほどで安定的な経営のための生産方法を確立した。

 就農時と5年後を比較すると、従業員数10名程度で栽培面積80a、単収4t、売上げ3200万円程度の経営から、それぞれ15名、1ha、5.5t、6千万円に拡大することができた。

 平成29年からは、日産自動車の現場改善プログラムを受講した。数字を用いての作業効率の見える化やマニュアル作成のノウハウを学び、将来ビジョンを明確にした総合改善運動に取組んだ。

 日本一を誇る栃木のイチゴ作りを次世代につないでいくためには、時代にあった農業へ変化させていくことが重要だと考え、「AIP活動(新井農園・改革・プロジェクト)」を2年間展開した。生産性向上、5S活動、品質向上、経営基盤の強化を活動の柱とした。

 目指したのは、業界トップレベルの生産方式の構築、経営の安定化、お客様そして従業員の満足度向上による、他業界に負けない組織。

 

整理、整頓、清掃、清潔、躾の5S

5S活動とは?

 職場を作業しやすい状態に整え、無駄を省き品質や効率を高めるための、整理・整頓・清掃・清潔・躾の5つのS。必要なものと不要なものを分け不要なものは捨てる。必要なものは誰でもが取り出ししまえるようにし、ゴミや汚れを取り除く。この3Sを維持するため清潔を心掛け、この4Sを習慣化する。この5Sの評価法を構築し全社員参加の勉強会を実施。保管物リストと配置図や清掃チェックシートの作成をはじめ、5S評価チェックシートも開発した。その結果、各圃場とも大幅に評価が向上した。

 製造業では当たり前のことが農業現場ではできていないことを痛感した。作業の標準化や5S活動で圃場環境が改善されたことで、従業員が生産性を意識するようになりコスト削減や売上げの増加に繋がった。

 

新社屋建設、女性やシルバーの積極雇用

労働環境や労働条件の改善は?

 従業員を増やすフェーズになっても若い人の応募はなく、労働環境を見直した。新社屋を建設し、清潔でゆとりある作業場や休憩室、会議室や更衣室、シャワー室、給湯室、応接室、洗濯室を設け、研修生が寝泊まり出来る仮眠室も用意した。20~30代の女性とシルバー人材を積極的に雇用。従業員の半数以上が30代で組織され、地域農業の若返りが実現した。さらに定期的な勉強会や毎週の改善ミーティングで、各自が責任感をもって業務に励めるようにした。

 

いち早いGAP取得を有利販売に繋ぐ

安全・安心な生産管理体制のためには?

 令和2年、県内ではいち早くJGAP認証を取得した。食の安全・安心追求のために必要性を感じたことはもちろん、多くの人材を雇用するにあたりルールや手順を明確にする必要を感じたのが理由だ。

 結果、安全・安心な食への意識が従業員にも伝わり、労働安全にも取組むようになった。環境保全への意識も高くなった。また、JGAP取得で有利販売に繋げることができた。

 併行して、スタッフの処遇改善にも取組んだ。パート雇用から正社員への登用、パート従業員の出勤時間の調整、年齢や雇用形態を考慮しての休日の設定のほか、年次有給休暇の計画的付与制度を導入した。

 

実践研修を実施、苗づくり事業も

地域農業の発展のためには?

 新規就農者の独立自営就農を支援するため、平成29年から2年間の実践研修を実施。令和元年に1名の新規就農者を独立へと導いた。3年度に栃木県農業大学校に新設された「イチゴ学科」学生の視察圃場として、また県職員のGAP指導者養成研修圃場として協力している。地元小学校の社会科見学の受入のほか、近隣の農業高校に出向いて会社説明をし、意欲ある生徒の採用活動も行っている。

 一方で、生産者にとって負担の大きい苗づくりを軽減するため、3年から定植苗の生産事業を開始した。これにより、高齢者の早期離農が防げるだけでなく新規就農者の参入も容易になる。会社としても夏場の仕事を作り通年雇用をすることができる。

 

週休2日制のイチゴ経営実現へ

今後の目標は?

 まずは、生産規模を拡大する。日本一の産地維持と需要に応えていく。個々までしっかりした会社組織を創り上げたおかげで、注文に追い付いていない。

 農地集積で3haくらいまで増やしたい。加工事業も付加価値販売のために取組みたい。観光農園事業に参入し、インバウンドの獲得と地域活性化へ貢献したい。

 そして、週休2日制の経営を確立し、農業に触れやすい環境を整備して、10年後には販売額6億円を目指したい。


 

〈本号の主な内容〉

■このひと
 究極の一次産業のカタチを創る
 ㈱ベリーズバトン(栃木県真岡市)代表取締役 新井孝一 氏

■イチゴのハウス栽培で生分解性マルチを試験
 栃木県足利市 三田秀之さん

■著書を語る
 『生産消費者が 農をひらく』を出版した
 農的社会デザイン研究所 代表 蔦谷栄一 氏

■野菜栽培における土壌伝染性病害の防除対策
 農業・食品産業技術総合研究機構 植物防疫研究部門
 作物病害虫防除研究領域 博士(農学) 越智直 氏

■果菜類の虫害・病害防除対策
 農業・食品産業技術総合研究機構 植物防疫研究部門
 作物病害虫防除研究領域 生物的病害虫防除グループ長 窪田昌春 氏

■第45回 施設園芸総合セミナー・機器資材展 概要
 〈日本施設園芸協会〉
 2月28・29日 江戸川区総合文化センターで開催

行友弥の食農再論「田ごとの月のように」

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