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『日本農民新聞』の源流(2)
< 冷害凶作克服体験記録の大懸賞募集 >
 日本農民新聞社の実質的な初年度となった1953年(昭和28年)は、東日本を中心に冷害による大凶作の年でした。この時に当たって、まだ歩み始めたばかりの本紙は渾身の独自企画として「冷害凶作克服体験記録・対策方針」の大がかりな懸賞募集を実施しました。冷害凶作の克服に向けた「国の施策も技術資材の普及も、農民の冷害凶作へのなまなましい体験がその基礎になる」との認識に立って実施されたこの企画は、農林行政、各農業団体はじめNHKも含めた幅広い後援、協賛を得ました。審査委員には、有馬頼寧元農相、東畑精一氏、近藤康男氏ら5人の東大教授、汐見友之助農業改良局長はじめ農林省の関係幹部、小林繁次郎全販連理事、宮下英一郎全購連常務理事、三宅三郎農林公庫監事、窪田角一農林中金理事をはじめ各農業団体の幹部、長倉男士NHK農事課長ら30名に及ぶ責任者が名を連ねました。官・学・団体こぞって共感・支持される企画が実現したもので、創業者たちの心意気が示されるとともに、『日本農民新聞』が関係各方面の共感と支持を得て、いわば「市民権」を得た時期でもありました。
 この募集には全国から3,121篇という多数の応募が寄せられ、1等農林大臣賞には岩手県岩手郡大更村の畠山金一氏、2等農林中金理事長賞・農林公庫総裁賞には長野県南安曇郡穂高村の竹川佐嗣氏と山梨県北巨摩郡熱見村の柳沢吾一氏ら各賞が選賞されました。翌29年3月に本紙上で発表され、4月26日に有楽町農協会館で授与式が催されました。時の保利茂農林大臣が、その意義を高く評価する談話を寄せています。