日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2022年8月5日号

2022年8月5日

緊急特集 持続可能な農と食のために

特別座談会
農業生産拡大と食料安定供給に向けて 今なすべきこと

農林中金総合研究所
執行役員基礎研究部長
平澤明彦 氏

パルシステム連合会
副理事長
松野玲子 氏

JA全農
代表理事専務
安田忠孝 氏

 

 新型コロナウイルスの感染拡大、ロシアとウクライナの紛争などにより、世界的に食料安全保障のあり方が注目されている。食料の安定確保に向けて何をなすべきなのか。現状と課題を踏まえながら、生産者、消費者それぞれの思いと取組方向、研究者による提言から、これからの食と農を探る。


 

食と農の現状に思うこと

JA全農・安田代表理事専務

 安田 全農に入会して40年近くになり、今は経営管理と購買事業を担当しています。購買事業は、今大きな問題になっている肥料や飼料、燃料の調達等が仕事です。
 この分野は特に肥料が顕著ですが、昨年からずっと価格が上がってきました。そこに今の国際情勢が加わり、海上運賃の上昇や円安もあり、まさに〝三重苦〟のような状況が続いています。
 そのなかでも、今もこれからも安定的に作り続けることができる日本農業の環境を創ることが我々の第一の仕事です。いかなる情勢であろうが、生産資材を安定的に調達、供給し続ける使命があります。
 世界では食料の需要が高まっているなかで、日本は人口が減少し農業は縮小し、農業生産の主体も他の国や地域に変わってきています。
 従来日本は世界的に大きなバイヤーでしたが、その地位は国際的に下がってきています。しかし、我々は長年にわたり多くの国や地域と取引関係を築いてきました。その信頼関係をベースに乗り切っているのが今の状況です。
 ただ、これまでと同じ資材が同じ価格で供給できないのが現状です。こうした現状を生産者のみなさんと共有し、その中でどのような生産をしていくかを考えていかなければなりません。

農中総研・平澤執行役員基礎研究部長

 平澤 ここ20数年、食料安全保障にかかわる分野の研究をしてきました。20年ほど前は世界各国の穀物自給率の研究、ここ10数年は欧米の農業政策の動きを追い、各国の食料安全保障の状況なども研究しました。
 2008年には、農水省の食料安全保障課設立時の調査をお手伝いし、世界の食料需給状況を調べ公開しました。数年前には、アジア各国研究者と共同で第2次世界大戦以降の安全保障政策の歴史を調べました。
 このように、やや長期的な視点で食料安全保障と日本の農業の変化に関わる研究をしてきました。
 安田専務が言われたように、かつての食料輸入国は日本が中心で、主な売り手はアメリカが中心でした。それが今や、日本が霞むくらいの勢いで中国が買い、所得も日本が見劣りするようになり、世界の食料貿易は混沌として先行き不透明感が強まっています。
 輸入が多くを占める日本の食料安全保障には、国内の農業振興が欠かせません。
 一方、目下問題となっている生産資材の高騰は国際市況を受け入れるしかなく、国内の対応は、勢い財政による補填か資材の節約、代替品を作るしかありません。
 代替品については、国の「みどりの食料システム戦略」と組み合せて上手く回していく必要があります。例えば化学肥料節約に、堆肥の活用や徹底した土壌診断による適正な施肥等の取組みが提唱されているところです。

パルシステム連合会・松野副理事長

 松野 パルシステム連合会は首都圏を中心にいろいろな地域の生協が集まった組織です。そのなかで消費者代表として関わり、日常の生活の中から私たちは何ができるのかを考えてきました。
 パルシステムグループは一貫して国産を大切にし、組合員もそれに魅力を感じて購入し、活動に参加しています。
 私たちの食卓は、いろいろな人達に支えられていると実感しています。JAさんともお付き合いしながら、顔の見える生産者が作った安全安心なものを食べて身体をつくっていくことを大事にしています。その視点からも、「食べ物のこれから」を以前より強く意識するようになっています。
 私の子どもの頃は、身近に農家の方がたくさんいて、そういう方々の作った物を食べて暮らすのが当たり前でした。それが今、飼料まで含めて考えると、畜産物をはじめ食べ物の多くを輸入品に依存している現状は、非常に問題だと思っています。
 そうしたなかで、種子法廃止や種苗法改正もあって、地域の環境に合わせて作られてきた作物の種苗の情報が民間に無償で公開されたり、自家増殖が禁じられたりと、作り手の環境がどんどん厳しくなり、このままでは従来の農業ができなくなるのではと危機感を持っています。
 私の出身地である青森は、米が育ちにくい所で何度も飢饉に見舞われたそうですが、「藤坂5号」という寒さに強い品種を地元の農業試験場が開発し冷害を乗り越えてきたと、子どものときに聞きました。そのように大事に育ててきた品種や地域に合った農業が、できなくなる怖さを感じています。
 日本の農家のみなさんは、ずっと土地を守ってきました。土地を守ることは自然を守ること、それによって食を守ることだと思っています。ぜひ、どういうことに取組んだら日本の食料と農業を守っていけるのか、一緒に考えていきたいと思います。

 

食料安全保障のために

 安田 農業生産を取り巻く情勢は大きく変わってきました。これを受けて、全農の今年度からの中期計画で、最初に「生産振興」を大きく取り上げています。日本の農業生産をもう一度上昇基調にもっていきたいという思いを込めています。
 これまでのように、生産に必要な資材を届け、できた作物を販売するだけでなく、どういう作り方で、どういう運び方をして、どういう売り方をするか、そこまでもう一歩踏み込んで考える。あるいは、それぞれの土地に合った作物や品種まで提案していくことまで、踏み込まなければいけないという問題意識をもっています。
 今、資材高で生産が難しくなり食料安全保障が議論されていますが、昔のように食料が全体量として足りているか否かの議論ではなく、欲しい人に欲しいものがきちんと届くことが大事なのではないかと思います。我々も、食べる人が欲しいものはこれだと生産者にしっかり提案する。消費者に対しては、その土地の優れた農産物を提案する。そうしたことをこれまで以上に積極的に行っていく必要があると思っています。
 我々は国産を伸ばして自給率を高めたいと思っていますが、日本に住む全ての人の胃袋を満たすだけの生産は不可能なので、外国産と組み合わせて日本の食が成り立っている事実もしっかり認識しなければなりません。その上で、国産の大切さや役割をしっかり訴えていくことが必要です。これからはいろいろな目線で仕事を組み立てていくことが非常に大事になってくると思います。
 都市に住んでいる人の収穫体験や、生協さんの産直交流運動などには、生産者も非常に元気をもらっています。そうしたこれまでの、点と点の取組みを面に広げていくことも考えなければなりません。
 生産現場での労働力不足が大きな課題となっているなかで、全農では農業労働力を支援する協議会を全国に立ち上げています。本格的には出来ないが関心があってちょっと農業をやってみたい人と、労働力不足でせめて収穫や忙しい時期だけでも手伝って欲しいと思っている生産者を結び付ける。こうした方法で農業ができるようになる人が増えれば、農家の経営規模や新規就農者の拡大にもつながるのではないかと思います。そうした都市と農村の人的交流の活発化にも取組んでいます。
 日本の食料自給率は確かに落ちてきていますが、生産力自体はまだあると思います。このような人の交流や生産技術を広げていけば、農業生産を向上させていくことはできるのではないかと思っています。

 松野 農業の厳しい現状のなかで、消費者との交流が少しでも力になればと思います。パルシステムは、子どももいっしょに家族で産地を訪れる農業体験や、若手農業者あるいは女性農業者との交流など多様な交流を行っています。産地のみなさんによる料理講習会なども人気です。消費者にとって、作り手の顔が見えることは食べるときにその顔を思い浮かべることができます。それは暮らしを豊かにするうえでもすごく役立っています。
 産直交流によって、私たちはお互いに仲間だと思うことができます。〝作る人と食べる人〟ではなく、この時代を一緒に生きながら次の世代を考えていく仲間だと実感できます。生産者と交流することで互いに気づきもあるし、同じような未来を見ることができます。
 交流のなかで、生産者になりたいと思う人や援農だけでもやりたいという声も生まれています。専業でやれるほどの知識も覚悟もないけれど関心はある人、忙しい時のアルバイトも含めてそうした人達の気運を高めていけば、生産者も次世代の関心を広めていくことにもつながっていくことになると思いますし、農家のお子さんの農業に対する関心も変わってくるのではないでしょうか。毎年の子ども同士の交流から、大きくなったら農業をやりたいというお子さんがいると聞くと本当にうれしくなります。
 安田専務がおっしゃるように、良い物の価値をちゃんと伝えていただく、昔からその土地にある美味しい作物を、食べ方まで含めて紹介していただく。それが生産者と消費者の相互理解につながります。カタログだけでなくインターネット等でも紹介する。そうすればかなり大事に食べられます。そうしたきめ細かい供給の仕方がこれからは要求されてくると思います。今までの交流がベースにあれば、さらに良いお付き合いができると思います。ぜひ、一緒に食卓を守ってください。

 安田 もう一歩広げて、一緒にできることを話し合い、取組めるといいですね。

 松野 同じ協同組合として、夢が広がるようなプロジェクトができるといいですね。
 私たちは、飼料用米で育てた卵や豚肉を扱っています。これは現在の飼料高騰のなかでもっと注目されるべき畜産物だと思います。豚も鶏も地産地消。ぜひこうした体制も充実させていただくと嬉しいですね。

 

食料安全保障に必要なこと

 平澤 日本のおかれた状況はここ20年ほどの間に大きく変わり、それが問題になっています。1970年代後半から2000年代前半の欧米は、生産過剰で食料安全保障論はあまり相手にされませんでした。EUがどんどん拡大し冷戦も終わり今さら食料安保もないだろうと、ヨーロッパの多くの国では備蓄も止めてしまいました。
 その様相が変わったのは、2007~08年の穀物の国際的な値上がりからです。中国や新興国が輸入を増やしているところに、アメリカが振興するバイオ燃料の生産が予想以上に拡大し、数年の間に同国産トウモロコシの4割を使うようになり、世界の穀物需給がひっ迫した。そこからEUは政策方針を転換。来年からの新しい政策では第一目標を食料安全保障としました。
 EUに加盟していないスイスも含めて共通しているのは、食料安全保障のために維持しなければならない農業生産は、直接支払で農家の所得を補てんしていく方向を打ち出していることです。さらにスイスでは17年に憲法に食料安全保障を入れました。農業や消費者をはじめいろいろな団体が集まり議論を重ねた結果、国民投票でほぼ8割という圧倒的な支持を得て可決されたのです。
 日本の食料安全保障は、食べ物がなくなったら大変だから確保しようということは考えても、今日的に望ましいあり方について十分幅広い議論はなされていません。その点、国民全体で生産基盤だけでなく環境、市場、貿易、消費との関係まで整理したスイスは非常に議論が進んでいます。
 一方、ロシアも2014年のクリミア侵攻で西側から経済制裁を受け、その対抗措置として西側からの農産物輸入を止め、ソ連崩壊以来停滞していた国内農業を一気に復活させた。黒土地帯を活かして最大の小麦輸出国となり、輸入に頼っていた畜産物の自給体制も整えた。中国も非常な勢いで世界から食料を集めていましたが、ここ1年ほどでまた自給重視の方向に舵をきっています。
 今回も問題となったように、輸入に依存している低所得国は、何かあるとすぐ値上がりで大変なことになる。今は国レベルの食料確保は重要だということが、世界の共通認識に変わったはずです。
 これに対し、この間の日本国内の農業政策の主な議論は、貿易自由化と米の生産過剰、担い手確保問題、規制改革に集中し、食料安全保障の問題はあまり焦点があたってきませんでした。2007~08年の穀物価格上昇時に、農水省は食料安全保障課をつくり世界の動きをウォッチしてきましたが、国内生産の手当てには十分関心が払われていません。世界の需給を分析して輸入が止まらないよう気を配り、いざ止まったときの対処方法を整備しても、そのとき頼るべき国内生産基盤は、安全保障の観点から本格的にテコ入れされることのないままにきました。
 日本の農業の特徴は、農地が足りないこと。国内の農地の3・5倍分くらいの食料を輸入していると言われていますから輸入はとにかく必要ですが、それは盤石ではない。何かあったときのために最低限の生産を国内で維持していかなければならないのにその基盤が弱まっている。農地を保全し土地利用型農業を支えていかなければなりません。
 しかし、日本の農業政策の体系は1961年に出来た旧農業基本法の方向がずっと続いていて、畜産と園芸は振興するが土地利用型の麦、大豆、トウモロコシは輸入に任せ、水田は維持して米を自給する路線が続いています。米は余っているのに他の作目は弱く、このままでは農地は維持できない。
 本当に米はどれだけ必要なのか。緊急時に必要な水田や、環境対策も含めて余裕を見たうえでどれくらい水田が余っているかを考えていかなければなりません。今水田は概ね半分くらい余っている。今世紀末には人口が半分くらいに減ると、今の水田の4分の1しか要らなくなってしまう。長期的にどのくらいの水田が必要なのかを考え、水田以外の土地利用型作物に割り振り振興していかなければ、日本の農業の展望は開けません。
 やはり政策がその方向を向いて、基本法をもう一度つくり直すくらいにしなければならない大きな課題だと思います。

 

耕作放棄地の増大と米の過剰

 安田 農業者の立場からすると、その土地の農業は長年の技術と経験で培われてきたものであり、急な作付転換は非常に難しい。しかし、ずっと米さえ作っていればという結果は平澤部長のご指摘のとおりです。では、米からどう転換するか。我々もこれまでと連続性を持ちながら、転換の方向に取組もうとしています。
 中長期的に見て何に変えていくべきかが非常に大事で、いろいろな知恵が必要です。食べる人達が求める物は何かということも一つのファクターですし、我々の資材や技術にその土地にあった支援なども必要です。
 これは農村に住む人たちだけでの解決は難しい。そこに関わるいろいろな方のご協力が必要だと思っています。

 松野 農地が圧倒的に足りないとのお話でしたが、一方で耕作放棄地が非常に増えている現実をどのように考えたらよいのでしょうか。
 また、米を食べる量が減ったことも米が余っている大きな要因ではないかと思います。米を食べなくなった分、輸入物を買っているのではないかとの思いもあります。こうしたことも含めて私たちは、暮らしの現状を少し見直さなければならないと思っています。

 安田 耕作放棄地が増えていることは非常に問題です。作ること自体が難しくなってきていることと、そこから上がる収益が少ないことから耕作を止めてしまうのですが、耕作放棄地の再生は非常に難しく、まずは耕作放棄地にしないことが大事です。先祖代々守ってきた農地も血縁だけでは維持できないのが現実です。このため、我々は事業承継を柱にし、管理ができなくなった農地の斡旋等に取組んでいます。
 米は、30~40年ほど前から人口が減少する以上に食べる量が減り、これが消費量減少の大きな要因となっています。最近では30代以下の米の消費が多く、50~60代が少ない。給食でパンを食べてきた世代にパン食の記憶が残っているのです。逆に今の若い世代は米飯給食もあるなかで育ち親になり、子どもに米を食べさせるようになっています。この米回帰指向を我々も支援しなければならないと思います。

 平澤 農地が足りない国でどうして耕作放棄地が生ずるのか。それは、一言でいうと競争力がないからということになります。
 その国に豊富にある資源をたくさん使う産業が栄える。乏しい資源を使うと競争力がないからだんだん廃れる。日本の場合、国民一人当たりの農地の面積は少なく、それが農家の経営規模を規定するので国際競争力がない。日、EU、米、豪の経営面積の平均は1:10:100:1000くらいの差があり勝負にならない。にもかかわらずどんどん貿易自由化をすすめ競争に競り負けています。
 日本は広い農地を要する作物をあまり振興せず、貿易は自由化し米だけは保護してきました。結果、生産に対し米の消費は足りず全体として土地が使われなくなって耕作放棄地が生じているのです。つまり、農地が足りないことが農地の減っている理由なのです。
 米だけを守る政策、生産調整で米の値段はある程度高く維持され、他は貿易自由化で安く手に入るのが日本農業の基本的な体系です。結果、パンの方が安くて米が割高になってしまっていることも、米消費に不利な面になっているのではないでしょうか。
 米も直接支払を導入し、政府が農家の所得を補填し消費者が安い値段で米を買えるようにすれば、もっと消費が増える可能性があるかもしれません。コストに敏感な食品メーカーや外食等は安くなった米を使って商品開発をしてくれるのではないか。その場合にどれくらいの消費拡大が見込めるのか、企業の意向なども含めて国は本格的に研究してほしいです。
 あれだけ長期間減反をしながら出口戦略ができていません。米がどれくらい必要なのかをきちんと計算して、それ以外の物をどれくらい作るか決めて長期間かけて取組んでいかなければなりません。
 水田は水路やダムなど多額の施設投資の上に成り立っていますから、いきなりやめるわけにはいきません。長期計画で粛々と取組まなければかえって耕作を放棄する人が増え、残った人の経営も成り立たなくなってしまいます。そうしたことも考えながら出口をつくる政策に移していかなければならないと思います。

 松野 今、小麦の値段が非常に上がり米に注目が集まっています。米粉パンなど米を使った商品も期待されています。
 稲作は昔から地域の環境保全に貢献してきたことを私たちは交流で学んでいます。平澤さんが言われたスイスのように、これからは国民みんなで農業を支えていかなければならないと思います。みんなで農業の未来について考えていくことが必要ですね。

 安田 水田がなくなると地域そのものがなくなる可能性があります。そこは時間をかけて解決していかなければなりません。国産小麦も振興しなければなりませんが、同時に品種開発から粉にして製品化し供給先の確保までに取組んでいく必要があります。大豆も同様です。

 平澤 水田転作をしたら補助金を給付する政策のなかで畑の補助金がしっかりしていないと、米の生産過剰を解消しにくくなります。他の品目でもちゃんと稼げる仕組みが必要ですし、生産者が米と他品目の選択をしやすい政策が望ましいですね。

 松野 長期的な視点で農業を考えていかないと。今のような行き当たりばったりでは、さらに農業を継承する人がいなくなりますね。

 平澤 麦、大豆もそうですが、トウモロコシの将来性についての取組みは?

 安田 今まさに、飼料用子実トウモロコシの栽培実証試験を行っています。圧倒的に投下労働時間が少なく栽培できることが強みで、そのためには一面の広い土地を確保する必要がありますが、今後、各地での取組拡大が期待できます。

 平澤 中山間地の放牧も含め問題は土地がつながっていないこと。300ヶ所で合せて200ha管理している事例もありました。土地をつなげることが絶対必要で、JAなど地域の実態を把握している組織は調整に入り地道に積み上げていかなければなりません。

 安田 そのためにも、実証して具体的な姿を見せたいと思います。

 平澤 米が作れなくなり耕作放棄地が広がる前に、生産できる作物を開発していくことがこれからの大きな課題ですね。

 

食を巡る現状と課題

 松野 国内の農業生産を増やしていっても、食料全部を自給することは難しいとのことですが、作られた物の中には無駄に使われ捨てられている物もかなりあると思います。その点で、私たちのくらし方、食生活を見直す必要があると思っています。
 いつまでも好きな物が食べられる飽食の時代は終わるでしょう。お金さえ出せば欲しい物がどんどん買える状況にあっても、捨てないで使いきるような食べ方を心掛けていくことを私たちは呼びかけています。生協ではサイズなどについては一般よりゆるやかな規格を設けており、「規格外」と呼ばれるものを極力減らす努力と同時に、例えば「ミールキット」に活用するなどロスを少なくする工夫をしています。このほか不揃い品のネット販売を手掛けるなど、私たちにできることはまだまだあります。
 異常気象が作物に及ぼす影響は年々大きくなっていると感じます。こうしたなかでいつまでも欲しいものだけを食べ続けて、あとは知らんふりはできないという気持ちが私たちのなかで高まっています。
 パルシステムのビジョンでは「食べること作ることがちゃんとつながっていることが地域づくりになり、そこを支えるのが環境」であることを謳っています。
 同じ時代に生きている仲間としてつながれる環境を一緒につくっていきたい。遺伝子組換え食品や食品表示問題等々、食べることの未来への不安はたくさんあります。そこを生産者と一緒に考え、ともに日本の農業を守っていきたいと思います。

 安田 全農の経営理念は「生産者と消費者を安心で結ぶ懸け橋になる」こと。生産者と消費者の懸け橋の役割を果たすことが使命です。
 今、さまざまに情報のやりとりができるようになり、生産者と消費者は対峙した関係から一緒に何かができる関係づくりも、身近にできるようになりました。そうなると我々は懸け橋以上に、まさに一緒の輪のなかに存在すべきだろうと感じています。
 食品ロスの解消に向けて、全農としても規格外の農産物を活用した果汁をはじめ様々な加工品の開発にも取組んでいます。
 しかし、今の生産から流通、消費までの全体のシステムは、必ずどこかに余剰がないと成り立っていきません。そこの部分も我々が受け持ちながら、一緒に規格外品の消費拡大にも取組んでいく動きを広め強くしていくことが大事です。

 平澤 我々の消費を支えているシステムは、過剰なしには成り立たないことは大きな課題です。例えばスーパーによる小売りのシステムや、品揃えの豊富なレストランのシステムは、ものすごい供給過剰前提です。いつ行ってもかならずあるというのは供給過剰でなければ成り立ちません。だから相当なものを捨てざるを得ない。そのためコロナで外食が止まったとたんに余った品目がいっぱい出てきた。
 こうした消費のあり方を何とかする仕組みを考えていかなければなりません。
 もう一つコロナではっきりしたのは、グローバルサプライチェーンの弱さです。世界中から安い物をもってくることが最も効率的だと言っていましたが、それは巨大な精密機械のようなもので、どこか一か所止まればものの流れが動かなくなる。ヨーロッパではここに来て、地域の短いサプライチェーンが見直されています。
 また、EUで本格的に環境を意識した食生活への転換が、消費者の世論調査でかなりの数を占めるようになってきて、政策も教育や情報提供、表示等を駆使して持続可能で健康的な食生活をめざして誘導しようとしています。
 日本は農業政策のあり方を相当変えていく必要があります。世の中の変化に合わせた新しい方向が必要です。それは生産性向上だけでなく、残った農地や生産者をいかに支えていくかにもっと重点を置く必要があると思います。それだけに、これまで以上に国民全体の合意が非常に大事になってきます。
 その土台になるのが、生産者団体と消費者団体の協力関係ではないかと、強く期待しているところです。

 松野 私たちは店舗をもたない無店舗事業を中心に事業をしています。計画的に仕入れ、できるだけロスを出さないようにしていますが、それでもどうしても発生してしまう余剰分については、フードバンクに回すなどの仕組みを作っています。そこもJAさんと一緒にできればいいなと思います。
 連携できるところはまだまだたくさんあります。ぜひ、今一度関係をさらにつなぎ直していきましょう。

 安田 農業をしっかり支えながら、10年20年先をみてどのような農業を構築していくかが我々に問われています。どのような農業を創るかは、どのような日本を創り、国民のくらしや食をどのように創るかと同義だと思っています。いろいろな方々のお知恵を借りながら、我々としてできることに全力で取組んでいきたいと思います。


 

〈本号の主な内容〉

緊急特集号 持続可能な農と食のために

■特別座談会
 農業生産拡大と食料安定供給に向けて 今なすべきこと
 〇農中総研 執行役員基礎研究部長 平澤明彦 氏
 〇パルシステム連合会 副理事長  松野玲子 氏
 〇JA全農 代表理事専務     安田忠孝 氏

■提言 食料安全保障と持続可能な農・食
 東京農業大学 特命教授(元農林水産事務次官)
                 末松広行 氏

■「食料の安定供給に関するリスク検証(2022)」のポイント

■農中総研が 緊急フォーラム第2弾
 世界と日本の食料安全保障を考える
  ~ウクライナ危機長期化を受けて

蔦谷栄一の異見私見「食生活と水田農業のあり方を問い直すべき時」

■クローズアップインタビュー
 JAカード㈱  代表取締役社長 有田吉弘 氏

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