食品産業センターの役割とこれから
(一財)食品産業センター
理事長
荒川 隆 氏
食品産業と日本農業は車の両輪
安定的・合理的な原料供給が必要
6月、食品産業センターの理事長(代表理事)に農林水産省官房長・農村振興局長を歴任した荒川隆氏が就任した。新理事長に食品産業界の情勢と課題、食品産業と日本農業の連携やセンターの役割等について聞いた。
わが国食品産業の発展のお手伝い
■理事長就任にあたっての想いから
3年前、農林水産省を退官した。36年間の農水省勤めの3分の1が大臣官房で、農水省全体の政策を調整する意味においても食品産業行政との関わりも深く、その都度の時代的背景等はトレースしてきたつもりだ。
後の3分の1ずつが畜産と米麦で、最初の課長ポストは牛乳乳製品課で、指定団体の生産者や乳業メーカーのみなさんとお付き合いをさせていただいた。ちょうどBSEのあと乳業界も課題を抱えていた時期で、酪農乳業界の立て直しへ大変濃い行政経験をさせてもらった。その後の食糧部長時代には、米麦の生産はもとより加工・流通面も含め米菓や製粉業のみなさんと幅広くお付き合いをさせていただいた。
その意味では、当センターの会員の中でも国の制度と関わりの深い業界の方々とは接する機会が多かった。一方、一般の食品メーカーのみなさんとはこれから当センターの事業を通じてお付き合いを深め、わが国食品産業の発展にお手伝いが出来るように頑張っていきたい。
まとめ役の機能発揮し行政施策につなぐ
■食品産業の現状と課題、センターの役割は?
まずは、コロナの感染拡大が目の前の大きな問題としてある。これは経済、社会、暮らしを含め日本人の今後の行動変容の大きな契機となるだろう。どんなに厳しい状況でも食べ物は毎日必要であり、その原料を生産する農林水産業はもちろん必須の産業だが、それを加工し付加価値をつけて消費者に届ける食品産業は、まさにエッセンシャル・インダストリーだと思っている。
去年からのコロナ禍でも、食料不足を招かなかったのは、食品メーカーのみなさんの頑張りであり、ぜひ消費者のみなさんにわかっていただきたい。食料自給率37~38%のなかで、こうした不測の事態に遭遇しても食べ物が不足しないようなしっかりした流通が実現できているのは、食品産業界のみなさんの努力の賜物だ。
食品産業の所管行政庁は農林水産省だが、これまでの農政はどちらかというと一次産業における所得や生産性向上に重きが置かれてきた。そうしたなかで、当センターは食品産業界の抱える課題解決に向けた行政施策への要請活動や対外的アピールのまとめ役の機能を発揮してきた。
食品衛生法の改正に伴って食品事業者はHACCP対応が完全義務化されたが、当センターは「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」への対応のための手引書を策定したり、食品表示やリサイクルの問題でも業界のみなさんの意見を集約し、農水省はじめ関係省庁に繋いできた。今後もこうした課題に対し役割を発揮していきたい。
昨年10月、菅義偉総理が「カーボンニュートラル2050」を打ち出したが、これを食品産業界としてどのように具体化していくかは中長期的な課題となる。今年の「成長戦略」にも分野ごとの取組みが位置づけられており、食品産業界もしっかり対応していかなければならない。
あわせて、農水省は「みどりの食料システム戦略」を打ち出したが、一次産業から食品加工製造業、集荷・分荷、流通も含めた全体のシステムとしての戦略を考えなければならないだろう。その過程に我々食品産業界の意見をしっかり反映させ、行政の指導もいただきながら取組んでいくこともこれからの課題だ。
いずれにしても、大きな流れをきちんと先取りし、業界として計画的に対応していけるように目配りしていきたい。
農業と食品産業、両輪の施策展開を
■農業と食品産業の連携が改めて必要になっているが
国内の農畜産物の約6割は国内の食品産業が加工処理している。原料供給者である農林漁業者と受け手である食品加工業者はまさに車の両輪だ。
一方、食品産業界は厳しい競争に晒されている。国内の競争もあるが、菓子や麺類、乳製品ど国内製品と競合する輸入物との競争は激しい。ただでさえ低い輸入食料品の関税も、TPPで最終的には撤廃されようとしている。食品産業界としては、安定的かつ合理的な価格で原料農畜産物を供給してもらわなければ競争に抗していけない。国内農畜産物生産農家にも一層の努力が求められるところだ。
いずれにしても、農林水産業と食品産業が両輪としてしっかり回っていくことが重要であり、行政には関税の問題も含め税制や金融などの施策をしっかり考えていただきたい。
輸出で所得向上には農業団体の力不可欠
■国が力を入れている輸出については?
農産物の輸出は〝点〟としてはいろいろな事例が出てきているが、それなりの量を安定的に輸出することで、国内の農業者や事業者自身の所得が向上することが重要だろう。
そのためには個別農業者・事業者の努力に加えて、農業団体や事業者団体の力が不可欠だ。
例えば一定のロットを年間通じて継続して出せる長期的な取組みは、全農をはじめとする農業団体のみなさんが本腰を入れて輸出に取組むことで可能となるのではないか。幸いその方向で全農なども動きだしていると感じている。
食生活は本来非常に保守的な生活慣習であり、風土や地域に根ざしている。その意味では日本人向けに開発された製品をそのまま輸出するわけにはいかないというハードルの高さがある。それにチャレンジすることが国策であるというのならば、その道を開いていく事業者を後押しするような施策が必要だろう。
産業・地域政策両輪に農業・農村の応援団に
■これからの農政への期待を
大臣官房総括審議官から官房長、農村振興局長を経て2018年に退官するまでの6年間は、民主党政権から自公政権への転換期を経て〝農政改革の季節〟だった。市場原理中心の改革は〝あるべき論〟の理念先行型とも言え、今いる人達と向き合いその人達をどうするかではなく、こうしなければならないという上から目線の改革が目白押しだった。
この理念先行型の改革が、農業の現場を痛めていたのではないかという思いから、この3年間は「農業・農村の応援団」を自認し発信してきた。産業政策一辺倒の理念先行型の改革だけではなく地域政策を両輪として進めていき、効率至上ではないあたたかい地域社会の継続をめざし、これからも意見・提言を発信し続けていきたい。
昨年の「食料・農業・農村基本計画」や「みどりの食料システム戦略」を見ても、この3年間の農政は、少しずつ正常化に向かって変わってきていると感じる。これをさらに進めていくためには、関係者の理解のもとで漸進的・整合的な施策を進めていくことが不可欠だと思っている。
〈本号の主な内容〉
■このひと 食品産業センターの役割とこれから
食品産業センター
理事長 荒川隆 氏
■7月第一土曜日は国際協同組合デー
日本協同組合連携機構 青竹豊 常務理事
■令和3年度JA生活文化活動担当者研究集会=家の光協会
■熊本大等研究チームが植物感染性線虫の誘引物質の同定に成功