普及指導員の役割と普及事業のこれから
全国農業改良普及支援協会
会長
岩元 明久 氏
「協同農業普及事業」新たな運営指針を基に
コロナ禍で「農業者とほ場に立つ」歩み再認識
各県職員で配置されている普及指導員(実務経験中職員等含む)は現在約7000人。地域農業の振興に指導的役割を果たし70年以上のあゆみを持つ。概ね5年ごとに見直される「食料・農業・農村基本計画」が昨年新たに策定されたが、これにあわせ普及事業の運営指針である「協同農業普及事業の運営に関する指針」も改訂された。ここでは、全国農業改良普及支援協会の岩元明久会長に普及指導員の役割と普及事業のこれからについて思いを聞いた。
〝農村の民主化〟で科学的な知識普及
■協同農業普及事業(普及事業)の成り立ちと歩みから
普及事業は、戦後の昭和23(1948)年に、米国のGHQの指導により発足した。農地改革や農協の発足同様、〝農村の民主化〟の一環であった。その使命は、農業者自らが科学的な知識を普及交換することを促進・支援することである。
発足当初は戦後の食糧増産を支援する増収技術の普及に取り組んだ。昭和30年代の高度成長時代に入り国民の生活水準の向上や食生活の変化が顕著になると昭和36年に農業基本法が制定され、農工間格差の是正をめざした構造改革が進められ、普及員は選択的拡大品目の産地育成に取り組んだ。
昭和50年代以降安定成長期に入ると、農業の担い手の減少と高齢化が進行する一方で、主要農産物の生産過剰傾向が顕在化し、米の本格的な生産調整が実施され、農産物貿易の自由化も進んだ。一方で、各地に規模拡大と先進的技術の導入による優れた農業者や農業法人が出現する。
このような情勢下で、普及指導員は担い手の育成、地域農業の再編、生産コストの削減、米から他作物への転換などさまざまな課題に対応することが要請されるようになった。
直接農業者に接して活動
■普及指導員の役割と重要性は
普及指導員は、その使命から農業改良助長法に「直接農業者に接して」活動すると明記されている。
農家は単なる生産者ではなく農業経営者であり、マーケティングやSDGsへの対応まで求められている。一方で、そのような農家の現状を体験的に身につけている農家出身の普及指導員は激減している。
このような中でも、協同農業普及事業が70年以上もなぜ続いてきたか。
答えは工業技術等にはない農業技術の特性があるからだと、私は考えている。
工業技術のイノベーションは、1つの発明があったとき、熾烈な競争の末に1勝者が生き残るという過程で進んでいく。一方、農業技術のイノベーションは、農業がそれぞれの地域、ほ場の自然環境の中で営まれているため、1つの発明・発見が適応するために、そこに合うように多様化するという過程を踏んで進んでいく。
農業技術には「知識」だけでなく、農業者と一緒にほ場に立ち、同じ視点を持ちながら、「知識」と「経験」を組み合わせていく支援者が欠かせない。その役割を果たしている。
日頃からの信頼関係構築が大切
■コロナ禍での普及事業の現状と課題は
普及活動への影響は大きく、「直接農業者に接して」現場活動を行うことを根幹としているにもかかわらず、人と接することを極力回避しなければならないというジレンマに全国の普及指導員は置かれている。実証展示ほなども、生産部会での巡回調査などは取りやめになり、普及指導員だけで、ほ場調査をして、後から電話等で農家とは意見交換するという状況であった。
しかし、今回の新型コロナという事態の中で、明らかになったことは、農業普及の原点は、「農業者と一緒にほ場に立つこと、そして現物を見ながら種々意見交換することだ」ということである。
その意味で、コミュニケーションの重要性、農業者も含めた関係機関・組織と日頃からの信頼関係構築の大切さが、改めて強く認識された。
普及指導課題が複雑化、多様化し、普及指導員に求められる業務の幅が広がる中で、農業者からは「相談しようにも、最近は普及指導員が来なくなった」と批判もされてきた。普及指導員の側には、行政事務が多くなったとか、普及センターの統合で現場まで移動時間が長くなったなど原因をいろいろあげることができよう。
そのことにさける時間という意味で「量」を維持していくことは難しくなってきている。となると、現場に立つときの「質」を高めるしかない。
自己の能力を高める、ICT活用で準備に万全を期す、オンラインで遠隔者にも現場に立ち会わせるなど、やるべきことは多い。
普及指導員のこのようなニーズに対し当協会としても支援していきたい。
SDGsの達成に向けた取組も
■新たな「協同農業普及事業の運営に関する指針」のポイントは
昨年8月31日に、新たな「協同農業普及事業の運営に関する指針」が告示された。この「運営指針」は、「食料・農業・農村基本計画」の策定とともに作成されてきている。
今回の特徴は、担い手の育成・確保、経営発展に取り組む農業者や地域農業のリーダーの育成、生産現場の技術革新、農村の総合的な振興とともに、「持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた取組」が重要項目に挙げられた点だ。
普及指導活動の基本的課題として、「スマート農業の実践による生産・流通現場の技術革新・生産基盤の強化」に並んで「気候変動への対応等環境対策の推進」や「東日本大震災からの復旧・復興と大規模災害等への対応」が掲げられた。
具体的には、「ロボット・AI・IoT等を活用するスマート農業の実践」や「農業生産工程管理(GAP)の導入等による生産・流通現場の技術革新や生産工程の効率化」、さらには「有機農業等の環境保全型農業や総合的病害虫・雑草管理(IPM)」、「自然災害や新型コロナウイルス等感染症のまん延に対する備えを強化する取組」いわゆるBCP(事業継続計画)への取組などが普及指導課題とされている。
GAP、有機JAS、IPM等に対応
■普及支援協会の取り組みは
全国農業改良普及支援協会は、全国の都道府県の普及主務課と普及職員が組織する協議会、それに全中と会議所を会員とする一般社団法人である。
全国の普及指導員の活動をいろいろな面からサポートすることを通して、わが国の農業、農村の発展に寄与することを目的としている。
主な活動は、①「EK―SYSTEM」という全国の普及指導員を対象にした普及活動データべースや情報交換会議室を運営する普及情報ネットワーク事業、②月刊誌『技術と普及』の刊行、③普及組織や試験研究機関と民間企業を仲介し、機械化技術やIPM技術を全国のほ場で実証調査する全国農業システム化研究会事業、④全国の普及指導員が事例発表を競う農業普及活動高度化全国研究大会の開催等がある。
さらに、近年の農業動向も踏まえ、日本GAP協会公認研修機関として、JGAP指導員基礎研修や団体認証研修等を実施しているほか、本年度から、○有機JAS制度等について農業者を指導・助言できる有機農業指導員育成研修の実施、○IPMの実践的な講習と能力を試験するIPMアドバイザー認証制度の創設、○民間企業等が開発した技術をカタログ化し情報提供、現地説明会等を開催する「普及技術カタログ事業」を開始している。
「持続」へ「リスク管理」の徹底を
■農業の持続可能性について
農水省では、今「みどりの食料システム戦略」を策定中だが、その副題は「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現」となっている。2050年までに「農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現」をめざして、幅広い分野のイノベーションを集積していこうという内容である。
注目すべきは、スマート農業の促進も「みどりの食料システム戦略」の1要素として位置づけられていることである。
まず「現在から2030年まで」の、すでに実践に向けて動き出している改善の芽を育てていくことが大事であると考えているが、それは農業普及の役割ではないか。
国際的な気象変動、新型コロナなどのパンデミックに対する国際社会の動向から、経営に今求められるものは、失敗を未然に防ぐ「リスク管理」である。
すなわち、経営の目指すべきものが、「発展」から「持続」へと明確に変化してきている。今回の運営指針のポイントも、「持続」であり、それを実現するための「リスク管理」の考え方の徹底であると認識している。
〈本号の主な内容〉
■このひと 普及指導員の役割と普及事業のこれから
全国農業改良普及支援協会
会長 岩元明久 氏
■「二地域居住」等の促進・機運向上へ「協議会」
関連省庁連携で地方公共団体・関係団体・事業者等参加
■農林中金がアグリ社と連携しコロナ対象の復興ファンド1号
■園芸生産基盤の維持・拡大へ
全農・JA一体の広域集出荷施設整備
■新たな知的財産戦略検討会の初会合<農水省>
輸出における農林水産分野の知的財産保護・活用など
■トマト用接ぎ木装置を開発<農研機構>
自動化・省力化を低コストで実現
■特別栄誉1名、特別功労29名、功労60名=令和2年度農協功労表彰者
■JA全農石油事業の取り組み
大石田中央給油所(山形県)に見る農家組合員との接点強化
■集落営農法人の取り組み最前線
農事組合法人城田西ファーム
■「未来につながる持続可能な農業推進コンクール」受賞者決定
大臣賞にたじま農協、JA三重中央美杉清流米部会