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日本農民新聞 2020年6月25日号

2020年6月25日

農水省生産局渡邊毅畜産部長アングル

畜産・酪農の現状と新たな酪肉近のポイント

農林水産省 生産局
畜産部長
渡邊毅 氏

 インバウンド需要の大幅な減少や学校給食向けの牛乳休止など、新型コロナウイルス感染症の拡大は国内の畜産・酪農業に大きな影響をもたらしている。
 一方、今年4月に開始した基本方針「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針(酪肉近)」では、状況変化を踏まえ10年先の酪農・肉用牛の政策方向を決定した。畜産・酪農業の現状と「酪肉近」のポイントについて、農林水産省の渡邊毅畜産部長に聞いた。


急に止められない生産 余剰在庫回避に支援策

まず、新型コロナウイルスの影響と対策について。

 新型コロナウイルスにより、学校給食の休止や枝肉価格の下落など厳しい状況にある中、事業を継続し、日常生活になくてはならない食料を供給してくださる畜産・酪農関係者の皆様に、まずは敬意を表したい。

 畜産・酪農への影響は、まず食肉では、豚肉など一部で価格が上昇したものもあるが、インバウンドや外食の需要が激減した。特に和牛は、国内消費に加え輸出需要も停滞し、枝肉価格が昨年比3割程度まで落ち込んだ。

 併せて子牛価格が低下し、非常に厳しい状況になっている。

 消費という〝出口〟が突如なくなっても、食肉生産は急に止めることができない。保管する冷蔵・冷凍倉庫の余裕がなくなり在庫が溢れて、牛の出荷を制限しなければならない可能性があった。

 そこで、余剰在庫を減らすよう、一次補正予算で取組みを実施した。販売促進計画を立て、取り組んだ事業者に対して、影響が出始めた2月に遡って保管料を支援するとともに、4月7日以降の販売実績に応じて奨励金等を交付するなどの対策を講じた。

 さらに、学校給食へ和牛や地鶏の肉を用いた際、その購入代金を全額補填する消費拡大策も講じた。5月29日現在20県以上の自治体で取り組むこととなっている。

 加えて、各地域で食肉・和牛の消費拡大イベントに取り組んだ際の経費や、食肉事業者が外食産業と連携して新商品を開発する際に必要な食肉の購入代金の支援も実施する。

 今後、新型コロナウイルスの収束状況も見ながら、観光業とも連携したキャンペーンの支援等、各般の消費拡大対策に取り組んでいく考えだ。

 生産者への対策ではまず、価格低減の影響を最初に受けた牛の肥育農家へ「肉用牛肥育経営安定対策交付金(牛マルキン)」の交付を実施した。一次補正予算では、肥育生産支援として一定の経営体質向上のための取組を行うことを要件に2万円/頭、枝肉価格が3割(4割)下落した場合は4万円(5万円)/頭の奨励金を交付する。資金繰り対策では牛マルキンの生産者負担金の納付猶予を行うとともに、農林漁業セーフティーネット資金で経営再建に必要な資金の無利子化・無担保化を行っている。

 また、二次補正予算では、子牛価格の下落を受け、繁殖農家の経営意欲の維持を目的に、一定の経営改善の取組を行うことを要件に、保証基準価格よりも高い60万円を下回った場合に1万円/頭の奨励金を交付するなどの支援を行う。

乳量が増える時期迎え もう1本消費に感謝

酪農・乳業については?

 酪農では、3月から学校が休校になり学校給食用の牛乳が行き先を失ったこと、また4月からは緊急事態宣言を受け、カフェ等の業務用需要が約5割減少する等、消費が大きく減退した。

 乳牛は毎日搾乳を行わなければ病気にかかる。肉用家畜と同じく生産は続くが出口がなく、行き場のない生乳が廃棄される事態が迫っていた。

 対策としてまず3月から、学校給食用牛乳など飲用乳の保存のきく脱脂粉乳への振替えを進め、価格差を埋めるための支援を行った。

 また、脱脂粉乳の在庫を、家畜の飼料等の多様な用途に利用する際の価格差を埋める対策を講じてきた。

 さらに、チーズなど保存のきく乳製品に加工する乳業メーカーへの奨励金や、医療・介護関係者や、子ども食堂等への牛乳の無償提供の支援も実施した。

 春先に子牛が多く生まれるため、4月下旬から6月上旬は母牛の乳量がどんどん増える時期だ。

 農水省の職員がスキルや個性を活かして国産農林水産物の魅力などを発信するプロジェクト「BUZZMAFF(バズマフ)」や、牛乳・乳製品の消費拡大へ、買い物時に1本多く消費することを推進する「プラスワンプロジェクト」を実施し、消費者の方々にもご賛同をいただいた。

 これら国の対策と相まって消費者のご理解により、お陰様で昨年同時期より、飲用乳の消費が2割ほど増加し、行き場のない生乳の発生は回避している。

家庭用バターの不足が取り沙汰されたが。

 余剰乳は加工に回しているため、バターは昨年より3~5割ほど増産している。しかし外出制限等で家庭でのバター消費量が前年の1・6倍と、短い期間でメーカーの製造能力を超えるほど急激に需要が伸びた。

 一部の地域で欠品が起きたが、家庭用の増産と併せて、需要の落ちた業務用のポンドバター(450g)を消費者へ販売し始めた。毎週、小売店で調査を実施しているが、徐々に欠品状況は改善しつつある。

 緊急事態は脱したが、今後の動向は見通せない部分もある。状況が急変する中でも畜産物の生産・販売を維持していくため、今後も状況を注視して臨んでいきたい。

畜産物需要は増加も 生産基盤は弱体化に

新たな「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針(酪肉近)」が策定された。

 「酪肉近」は、10年先の酪農・肉用牛の政策方向を決める基本方針で、これまで5年ごとに見直されてきた計画だ。今回は令和12年までの計画を立てている。

 前回(平成27年)から、畜産物の需要は牛肉・乳製品も堅調に推移している。これに対して生産は回復傾向にあるが、需要の伸びをカバーするまでは回復していない。

 国内産の牛肉は需要全体の約3分の1にとどまり、需要との差を輸入でカバーしている。需要が伸長しているチーズも、多くは輸入でまかなっている状況だ。

 生乳生産は北海道を中心にやや回復しているが、一方、特に都府県の生産基盤弱体化が顕著であり、中・小規模経営者を含めた生産基盤の強化が非常に重要な局面になっている。

 この間、TPP11や日EU・EPA、日米貿易協定等の国際環境の変化もあった。

 生産者を守る観点では、経営安定対策とコスト削減等の体質強化対策の2本立てで対策を行っている。

 他方、日本側の輸出チャンスも関税撤廃や低関税枠の拡大等で広がっているので、いかに活かすかが非常に重要だ。

 また、この5年間は台風等の災害が多発し、生産者も被害を受けたほか、北海道等では停電で搾乳ができない事態も発生した。今回の新型コロナウイルスの影響もそうだが、持続的な生産をいかに続けていくかは大きな課題だ。

次世代に承継できる 持続的な生産基盤の創造

その新たな「酪肉近」〉のポイントは?

 今回の「酪肉近」の方針では、海外市場を含め拡大が見込まれる需要に応えるための生産基盤の強化と、次世代に継承できる持続的な生産基盤の創造の2つの柱を立てている。

 それらを踏まえ、(1)生産基盤強化策、(2)需要に応じた生産・供給の実現、流通の合理化、(3)持続的な発展のための対応、の大きく3点の方向性を示し、取組みを進める。

 (1)〈生産基盤強化策〉のうち、酪農では都府県酪農の生産基盤回復をいかに図るか、また全国でいかに持続的な経営を展開するのかを目標に対策を打つ。

 肉用牛では、日米貿易協定で対米輸出の低関税枠が大幅に拡大するなど輸出機会も増えている。現在の生産量は15万tほどだが、国内需要の増加に対応しつつ、輸出の一層の拡大を目指すためには、生産をさらに増やす必要がある。このため、まずは繁殖雌牛の増頭を目標にしている。

 具体的には、昨年度の補正予算で肉用牛や酪農経営の増頭・増産に向け、増頭奨励金等の対策を打った。

 家族経営を含めた中小規模の生産基盤を強化すべく、クラスター事業の要件緩和を含め、生産性の高い経営を育成していく。

 引退する生産者の畜舎を新たな人へ引き継ぐ等、経営承継もしっかり行っていく。

 増頭・増産を図るためには、家畜排せつ物の処理や、利用促進を図る必要がある。肥料取締法が改正され、化学肥料と堆肥を混ぜペレット化できるようになったので、堆肥の利用範囲を広げ利用を推進する。

 畜産はエサの輸入割合が高いため、食料自給率の値が低くなる。

 米の転作で青刈りや子実用トウモロコシの導入、飼料用米の利用拡大、放牧やエコフィードを推進し、国産飼料の基盤強化を図ることも基本方針で示している。

 その他、チーズ等の需要に応じた高品質な製品の製造や、指定生乳生産者団体の果たす役割等も書き込んだ。

 (2)〈需要に応じた生産・供給の実現、流通の合理化〉のうち、食肉の需要については、近年、脂肪交雑の多い牛肉だけでなく、適度な脂肪交雑で値ごろ感のある牛肉に対するニーズも増加した。

 このため、早期出荷や一産取り肥育など、消費者の多様な需要を加味した生産方式も進めていく。

 (3)〈持続的な発展のための対応〉では、今国会で成立した和牛遺伝資源の流通管理を徹底し遺伝子を保護すること、また食肉処理施設や市場の再編・整備についても打ち出した。

 国産畜産物の供給力を高めつつ、着実に輸出を実現していく。

省力的な飼養管理の下で 生産性の向上を目標に

「家畜改良増殖目標」「家畜排せつ物利用促進基本方針」も策定されたが。

 高齢化等が進み担い手が減少する中、いかに効率的に飼養管理を行えるかが課題である。そこで、家畜改良増殖目標では、省力的な飼養管理の下で生産性向上を目標に掲げた。

 また、消費者の食の好みが少しずつ変化しているため、ニーズに対応できる家畜をつくることを念頭に目標を作成した。

 例えば乳用牛では、現在3産程度の供用期間を、コスト削減の観点からも長命・連産化することや、搾乳ロボットで省力化を図る際、搾乳機(ミルカー)が取り付けやすいような乳頭の位置を有する牛を選抜し改良を行っていく。

 肉用牛の改良では、産肉性の向上のほか、サシ以外の部分で肉の食味を一層引き立てるような形質の改良を、豚では霜降り肉に着目した改良も行っていく目標にした。

 家畜排せつ物の利用促進に関しては、先ほど少し触れた肥料取締法改正を踏まえ、堆肥の利用拡大にしっかり取り組む。

 まずは、堆肥と化学肥料を混合した肥料の生産・利用の推進と、ペレット化による広域流通、施肥作業の効率化等を行う。

 次に、エネルギー利用の推進については、堆肥利用だけでは処理しきれない北海道等の畜産・酪農が盛んな地域では、収益性、地域用電源としての方向性、電力系統の状況等も踏まえ、固定価格買取制度(FIT)を利用した発電のほか、エネルギーの地産地消等の道も探っていく。

 従来からの課題である環境問題への対応も、悪臭や汚水への対応、基準を守った施設の整備等を進めていく。

数々の難局乗り越えてきた 力を力に国も支援

JAグループに期待することは?

 今回の新型コロナウイルス禍の中でも、医療関係者への食品提供や、黒毛和牛の抽選キャンペーンなど、需要拡大にご尽力いただいている。生産者団体として消費者へ畜産・酪農の理解を深める活動等を実践していただき、改めて御礼申しあげたい。

 現在、新型コロナウイルスに関連し様々な対策を打っているが、これをいち早く現場に周知し、実際に農家の方々に活用していただくことが非常に重要だと考えている。

 われわれも周知に力を入れているが、ぜひJAグループの方々には、行政と生産者の間をつなぎ、現場への浸透にご協力いただきたい。

生産者へのエールを。

 生産者側に新型コロナウイルス感染者が出た場合でも、事業が継続できることが大事だ。

 農水省では、3月13日に新型コロナウイルス感染者発生時の対応・業務継続に関するガイドラインを作成した。(公社)中央畜産会も同様の指針を出しているので是非、参考にしてほしい。

 畜産・酪農業界は、これまでもBSEや口蹄疫、近頃はCSFなど、伝染病による被害や、リーマンショックによる販売価格の低下等、数々の試練に見舞われてきた。

 国際環境の変化で輸入自由化が進み、経営環境が厳しい中でも、生産者の方々は国の講じた対策を活用し、奮起して難局を乗り越えてこられた力がある。

 畜産・酪農生産者は、国民生活に欠くことのできない食料供給のほか、地域の活性化や国土の有効利用、資源の循環等、さまざまな役割も担っており、日本の産業の中で非常に重要な役割を果たしている。この産業を次世代にしっかり受け継いでいくことが重要だ。

 「明けない夜は無い」という言葉がある。現在新型コロナウイルスの影響で、販売原価の低迷等の厳しい状況で、今後も影響が見通せない部分もあるが、国としてしっかり支援を行っていく。


〈本号の主な内容〉

■アングル
 畜産・酪農の現状と新たな酪肉近のポイント
 農林水産省 生産局 畜産部長
 渡邊毅 氏

■野菜作の土壌伝染性病害の防除
 農研機構 野菜花き研究部門 野菜病害虫・機能解析研究領域
 農学博士 寺見文弘 氏

■災害に強い施設園芸づくりに向けて
 地域の状況に応じた自然災害への備えを

行友弥の食農再論「本当に必要な人へ」

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