二十数年前、記者として横浜に勤務していたころ、寿町を何度か訪ねた。かつては港で働く日雇い労働者たちが暮らした地域。東京の山谷、大阪の釜ヶ崎と並ぶ「日本三大ドヤ街」の一つだ(ドヤは「宿」の隠語で、低料金で泊まれる簡易宿泊所のこと)。たまたま寿町の住人を支援する団体の幹部と飲み屋で知り合い、興味を抱いた。
昔は物騒な事件が多かったそうだが、意外に静かだった。その幹部は「もう、ここは労働者の街とは言えない。今は生活保護で暮らす高齢者や病人の方が多い」と教えてくれた。バブル崩壊後、日雇い仕事が激減したという。
他のドヤ街も同じらしい。先日、釜ヶ崎の現状を描いたNHKのテレビ番組を見た。段ボールの家に暮らす高齢者に、子どもたちがおにぎりやみそ汁を配って歩いていた。配る側も困難な事情を抱え、NPO団体が運営する施設に集まる子どもたちだ。おにぎりを受け取った男性は「子どもらの顔を見たら、あと2年でも3年でも生きていたいと思った」と笑顔を見せ、渡した男児は「おっちゃんたちが喜んでくれたら、おれらもうれしい」と話した。ほろりとさせられた。
新型コロナウイルス対策で全国民に配ることになった10万円。自分から手続きをしないともらえない「申請主義」はお役所の常だが、住所を持たない野宿者は申請すらできない。最も切迫している人々が、いつも置き去りにされる。
こんな時こそ出番のはずのフードバンクも、食品が集まらず苦労しているという。飲食店の営業自粛などで余った食品・食材はたくさんありそうなのに。自治体やJAが個別に協力している例はあるが、もっと包括的に需要と供給の橋渡しをすることはできないのか。
「全国フードバンク推進協議会」ホームページには「(フードバンクの運営に)行政からの補助金はほとんどありません」とある。布マスクの配布に466億円かけるより、そちらに使ってほしい。
日本国憲法は「健康で文化的な最低限の生活」を国民に保障している。今日の食事にも困っている人を助けるのは国の責務だ。食料自給率も大事だが、本当に必要な人に食料を届ける「食料到達率」を高めてほしい。
(農中総研・特任研究員)
日本農民新聞 2020年6月25日号掲載