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片倉コープアグリ㈱代表取締役社長・野村豊氏インタビュー

2020年2月15日

片倉コープアグリ㈱代表取締役社長野村豊氏|創立100周年その歩みと今後の事業展開創立100周年

その歩みと今後の事業展開

片倉コープアグリ㈱
代表取締役社長
野村 豊氏

肥料を提供し続け日本農業に貢献
新たなビジネスフィールドの拡大めざす

―100周年を迎えた思いから。
野村 2014年6月に片倉チッカリンの社長に就任以来6年が経つ。就任直後からコープケミカルとの合併交渉に入り、紆余曲折はあったが合意に至り2015年2月に正式発表できたことは、私にとって大きなエポックだった。
 発祥の地である大分工場跡地を如何に活用するかが長年の懸案事項であったが、複合商業施設「KCAアクロスプラザ大分駅南」として2016年10月に竣工。そして今回の100周年と、当社の非常に大きな節目に社長として関わることができたことは巡りあわせと感じる。先輩たちが懸命に努力し築いてきた結果の〝晴れの舞台〟であり、私個人としては幸せであり感謝したい。

―設立から主な変遷を辿ると?
野村 1873年長野県岡谷市の地主であった片倉家が、副業として製糸業を始め県外へ拡張していった。生糸は当時外貨獲得の手段として第一次大戦前後に生産はピークとなった。そこでより多くの糸が生産できる蚕の改良に取組み、片倉製糸紡績として全国展開した。大分事務所ではさら糸の質を高めるための桑の葉の改良にも取組み、発育を良くする配合肥料を主力とした日支肥料を1920年に設立。片倉製糸紡績がそれを傘下に治め、肥料事業も全国展開していった。その後、戦時下での肥料統制、戦後の財閥解体などを経ながらも1950年片倉肥料として復活。1957年に丸紅系列の日本チッカリンと昭和肥料と合併し片倉チッカリンと成り、1997年には一部上場を果たした。
 コープケミカルは、1938年秋田市で朝日化学工業として設立され、主にリン酸肥料を製造していた。1943年に東北肥料と名を変え、1983年にはサン化学と合併、さらにラサ工業、日東化学工業のリン酸肥料事業を譲り受けて発足した。
 そして今日、国内農業を取り巻く環境が大きく変化するなか、両社は経営統合によって相互の事業基盤を強化していくため、2014年から全農、丸紅を加えた4社でかなり突っ込んだ議論を行ない、2015年「統合基本合意書」を結んだ。有機に強い片倉チッカリンと、無機を得意とするコープケミカルの合併は時宜を得た〝良縁〟であったが、一部上場企業同士の合併は、これまで肥料業界に例がなく、そこに至る道筋は必ずしも平坦ではなかった。
 現在、東京・千代田区の本社のほか、全国に6支店、18工場、7事業所、5営業所を擁し、2018年度は383億33百万円を売り上げている。

―肥料業界を取り巻く情勢と事業概況は?
野村 国内の肥料需要は毎年2%程度減っている。平成の30年間で就農人口は65%、耕作面積は20%程度減、化成肥料需要も50%以上減って、その傾向は止まっていない。政府は日本農業の衰退に歯止めをかけるべく「農業競争力強化プログラム」を掲げ、生産資材価格の引下げや業界の再編を促す措置を講じている。当社最大の取引先である全農でも、肥料価格の引下げを目的として「集中購買方式」による購入を実施しており、縮小する肥料市場の価格競争がさらに激しくなっている。
 こうした情勢の中、合併により取扱量は何とか維持しているが収益的には非常に厳しい環境にある。あらゆる効率化を進めており、経営体制も役員数を半分以下にした。有機を含め地場の需要に応じるため、全国各地に多くの工場を維持する肥料生産体制は合理化と相容れないが当社の宿命として止揚し乗り越えていく。

―今後の事業展開の方向は?
野村 2018年度を初年度とする中期経営計画では、次世代にふさわしい事業基盤構築を目指し、シェア拡大、価格競争力強化、新たなビジネスフィールドの拡大に向けた取組みに努めている。
 日本の肥料需要が減っていく中で、勝ち残るためにはシェアの拡大しかない。それは他社との生存競争だが、これだけではあまりにも夢がない。そこで、新たなビジネスフィールドの拡大に取組んでいる。なかでも化粧品原料や無機素材品の海外展開は相当程度進んできており、肥料事業の苦境を補っていけるのではないかと期待している。
 中国市場への展開にも積極的に取組んでいる。中国との合弁企業による微生物資材の製造、販売、土壌診断も試験中で、今年1年で見極めて2~3年後に利益の出る事業にしたい。
 この取組みを日本における他の生産資材を中国展開する橋頭堡にして、我々の持てる技術や付加価値を高めていきたい。次期中期経営計画では、これら海外事業展開等を織り込めるか否かがキーとなる。

―日本農業への思いを。
野村 当社は、高品質で施肥しやすい安価な肥料を農家に提供し続けてきた。その意味では、当社の存在自体が日本農業へ貢献していると自負している。需要が減少しているなかでも企業価値の増大をめざして経営をしていくことが、イコール日本農業への貢献だと確信している。
 この数年、農協を批判する議論もあるが、生産現場をみればJAグループが強くならなかったら日本農業は立ち行かなくなると思う。全国に根を張ったJAや経済連、全農は、もっと強くグリップを効かせて、大規模農業法人等と一緒に日本農業の復活に取組んでもらうことを期待している。それが実行されるように支援していくのが我々の役目である。 例えば、一発型だけでなく追肥が苦にならない流し込み施肥や、気象変動等に強いペースト型肥料等々、彼らの求めに応じて様々な新しい肥料を開発するとともに、ドローンでの肥料散布をはじめ、ITを駆使した作業のしやすい機械化も〝追い風〟としたい。適肥や土壌改良の研究でも一日の長がある当社として、日本農業の復活に役立つことが企業価値である。


のむら・ゆたか 1954年茨城県出身、学芸大附属高校から東大法学部へ。1978年、丸紅入社。食料統括部長、経営企画部長等を経て2007年執行役員。2009年丸紅欧州会社社長、2010年常務執行役員、2011年代表取締役常務執行役員、2013年代表取締役専務執行役員、CIO。2014年片倉チッカリン代表取締役社長、2015年片倉コープアグリ代表取締役社長。「明るく爽やかに、そして粘り強く」と社員に訴える。


【参考】創立100周年記念祝賀会を開催=片倉コープアグリ

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