日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2020年8月25日号

2020年8月25日

JA全農菅野幸雄経営管理委員会会長「JA全農の〝舵取り〟に向けて」このひと

JA全農の〝舵取り〟に向けて

JA全農
経営管理委員会会長
菅野幸雄 氏

 JA全農は7月29日、第44回通常総代会を開催。総代会後の経営管理委員会で、新たな経営管理委員会会長に菅野幸雄氏(全農愛媛県本部運営委員会会長)を選任した。菅野新会長に、これからの全農の舵取りに向けた思いを聞いた。


農家の営農意欲継続へ 条件整備を

全農のトップに臨まれるお気持ちから。

 長澤前会長のもとで副会長を務めた3年間は、政府の規制改革推進会議などで農協改革が取り上げられ、全農の株式会社化への検討の方向の議論が続けられていました。このときにあって長澤会長は、これまでの事業の踏襲ではなく「新しい全農の創造」を提唱しました。「農林水産業・地域の活力創造プラン」を着実に実践し、「生産基盤の確立」、「食のトップブランドとしての地位の確立」、「元気な地域社会づくりへの支援」、「海外戦略の構築」、「JAへの支援強化」を重点に掲げて、さらなる自己改革の加速化に取り組んできました。なかでも、農家手取りの向上や農業生産の拡大などを背景とした地域の営農振興に向けた組合員やJAへの支援は、全農が発揮すべき最大の機能として取り組んできました。

 しかしこの3年間は、マイナス金利の長期化や自由貿易の進展に加え、台風や豪雨、地震など自然災害が相次ぎ、今年年明けからは新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大し、これら外的要因から全農の各事業は、ブレーキを踏まざるを得ない状況が続いています。対策を急がなければなりません。

 こうした状況のなかで一番恐れているのは、組合員農家の営農意欲の減退・喪失です。これを支えていくためには、国の政策支援や自治体の努力も必要ですが、全農もJAや地域行政と一緒になって、これからも営農が継続できるよう条件整備を積極的に支援していかなければなりません。

 副会長時代の経験を活かしてこの難局を乗り切り、組合員、消費者、国民のために貢献できる全農へと舵をとってまいります。

食料自給率向上は喫緊の課題

日本の農業や全農事業を取り巻く課題は?

 前述のように、地球温暖化の進行で度重なる自然災害の発生するなか、いま農業の持つ多面的な機能価値が見直されています。また、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い自国主義・閉鎖化された社会情勢となっているなか、国家安全保障を含めた食料自給率の向上は、喫緊の課題となっています。

 いまや日本の農業総産出額は10兆円を切っています。全農はその計画的・段階的な拡大を、5年後、10年後を見据えためざす方向に掲げています。そのためには、営農を支援して農業生産を拡大し農家所得を向上させ、農家に〝やる気〟を起こしてもらうことが大前提となります。それが、国民のみなさんに安全・安心で美味しい国産農畜産物の提供を使命とする全農が取り組むべきことであり、ひいては自給率向上に結びついていくと確信しています。

 これまで全農が果たしてきた機能・役割をさらに加速し、組織・事業・経営の革新をはかり、国内農業の発展に尽くす覚悟です。

地域の声に耳を傾け 課題を吸い上げる

全農の会長として、とくに力を入れたい取り組みは?

 第一に「組合員・地域JAにとってなくてはならない全農」になることです。

 私は単位農協の職員の出身ですが、農協の仕事は基本的に農家の経営に安全・安心を提供することです。来年がどうなるのかわからないのではなく、再生産価格をキープし、より効率的な農業や次年度にむけた資金づくりなどを支援していくシステムを現場に出向いて創り上げていくことが必要です。

 日本の農業が急激な構造変化を迎えています。中山間地の農業を支えていた組合員の高齢化は著しく進み、耕作放棄地の拡大に歯止めがかからない状態です。一方で、ICTやロボット技術を活用したスマート農業の開発は目覚ましく、生産性向上や規模拡大が可能となり大規模経営体も増加しています。当然、組合員・地域JAから求められるものも変わってきており、スピード感も増しています。

 地域の課題はそれぞれの現場でなければわかりません。地域の声に耳を傾け、課題を吸い上げ、その対応を図っていくことが重要です。現場の農家やJAとともに、課題を克服し生産活動に反映させ、営農技術の向上や営農振興につなげていく取り組みを充実させていきます。

 こうした活動を通して全農自らが変化を恐れず、変わり続けることによって、なくてはならない全農であり続けていくと考えています。

地域特性を踏まえた 生産振興に努力

 第二は「夢が持てる農業、次代にバトンが渡せる農業への転換」です。

 私の地元、JAえひめ中央では、園芸作物の新規就農者育成を手がけており、行政とともに研修農場を設置しています。耕作放棄地を借り受けてハウスを設置し柑橘類の周年供給への取り組みもおこない、これまでに40人弱が新規就農し地域を活性化する原動力となっています。また、柑橘でブランド化された「紅まどんな」や「せとか」の誕生で、若い後継者が意欲をもって農業に挑戦する姿が珍しくない状況となっています。

 こうした産地づくりを全国津々浦々に広げ、夢がもてる農業、子どもや孫にバトンが渡せる農業に転換していかなければなりません。

 そのためには、全農が育んできた農畜産物の生産技術の普及推進や、他企業とのアライアンス、また、海外も睨んだ新たなバリューチェーンの構築を急ぎ、地域特性を踏まえた生産振興に努めていきます。行政や企業との連携を一層深め、地域振興の活性化をめざします。

農業・農村・農協への 国民理解醸成に力

 第三は「社会貢献活動や地域のニーズに応える」ことです。

 全農では、農村や中山間地域のライフライン対策や農泊への対応、ホームエネルギー事業の拡大など、地域の暮らしのニーズに応えた事業で元気な地域づくりを支援しています。

 一方で、農業やJAへの国民・消費者の理解をより一層深めていくことも大切です。JAグループ全国連8団体で設立したAgVentureLabは、新しい技術で農業と食と地域のくらしに関わりのある社会課題の解決を目指しています。こうした活動を通じて、都市と地方を結びつける関係人口を増やすことが、日本の農業・農村・農協への国民理解醸成へと繋がっていくと考えます。

 また全農は、様々なスポーツ支援を通じて、食と農に対する感謝の気持ちを子どもたちに育む活動を展開しています。

 地域社会への貢献活動をこれからも継続して実践していくことが、国民のみなさんに広く国産農畜産物を食べてもらうことにつながっていきます。国産農畜産物の新鮮、安全・安心、美味しいをもっともっとPRしていくことが、全農の仕事だと思っています。

5年後、10年後見据えた 経営基盤確立

 第四は、「経営基盤確立」をはかること。

 令和元年度事業は、統合全農となって初めて事業総利益が900億円を下回る決算となりました。全農は本体・グループ会社を含め、計画した収益をしっかり確保してJAや組合員を支援し、さらなる地域貢献をはかることが求められています。

 なかでも、JAグループ全体で重複する事務の合理化や物流改革に向けた物流拠点の集約・再編などは、労力軽減とコストダウンの面でJAや全農の経営に大きく寄与していくことでしょう。

 そのためには、2年目となる3か年計画を各事業部門、各県本部が完遂し、農家組合員の所得向上を背景とした構図を創り上げていかなければなりません。依然、厳しい情勢が事業を取り巻いていますが、これらに負けることなく、確固たる方針のもとに経営資源の最適化を図り、5年後、10年後を見据えた経営基盤を強固なものにしていきます。

職員の高位平準化へ 研修体制構築

 第五は、「未来を担う人材育成と職場の環境づくり」を強化することです。

 組織は人が命です。全農グループのみならず、JA職員を含め資質を高位平準化するためのしっかりとした人材育成の研修体系を構築していく必要があります。

 今日のJA職員は、広く浅くではなくプロフェッショナルな対応が農家に求められています。農家のニーズを深掘りしていけるような教育体系をとっていかなければなりません。その一環として、県本部等でJA職員も一緒に研修できる機会をさらに増やしていきたいと思います。

 その道のプロと呼ばれる専門家、総合的に高度な業務が遂行できる人材などを、個性豊かに育て、風通しのよい職場環境づくりを積極的に進めていきます。

 農業の現場においても、新規就農者の育成など次代の農業後継者づくりの取組みをJAと一体となって進めていきます。未来への投資を惜しまず、人材の育成に注力していきます。

農業が日本人の アイデンティティの原点

農業協同組合として事業展開の姿勢を。

 「一人は万人のために、万人は一人のために」。これは古くからある言葉で、協同組合運動ではライファイゼンが使用したのが由来と言われています。50年余の農協人生のなかで、私が常に心に刻んできた言葉であり、私の行動の源になっています。

 私は、愛媛県松山市近郊の中山間地の出身で、近隣の集落は今、高齢化がすすみ耕作放棄地や鳥獣害が増えて壊滅状態となっています。もともと中山間地の農業は、段々畑での農業活動等に加え、水管理などを含めて地区住民相互扶助で営まれ、独自の文化等も育まれてきました。そうしたものが今消えかけています。農業を中心に地域全体が活性化する風景が見られなくなりつつあります。

 本来、日本の農業は、四季を活かす中で昔から培われてきた農畜産物が地域ごとの特色をもって脈々と受け継がれてきました。その地域の特産物・ブランドがベースとなって、各地に根付く郷土料理などの食文化や祭りをはじめとする伝統文化が形成されてきました。

 農業は日本・日本人のアイデンティティの原点です。JAをはじめ各協同組合の事業活動は、これを未来へ受け継ぐ財産として守っていかなければなりません。

 先進的な農業の取り組みとあわせ、このアイデンティティを守っていくことはJAの役割と考えています。そこに全農も地域のJAとともに入り込み、地域農業を再興していく。そうすることで、次のステップが拓けてくるのではないかと思っています。


〈本号の主な内容〉

■このひと JA全農の〝舵取り〟に向けて
 JA全農 経営管理委員会会長
 菅野幸雄 氏

■全農通常総代会
 元年度決算・事業報告
 新任の会長・副会長・常務・監事 略歴

■JA全農 2020年度事業のポイント〈施設農住事業〉
 JA全農 施設農住部 根倉修 部長

■かお
 全国農協食品 社長に就任した
 阿部光一 さん

行友弥の食農再論「命を思う夏」

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