日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2018年12月25日号

2018年12月25日

全国土の会後藤逸男会長(東京農業大学名誉教授)このひと

30周年迎えた「全国土の会」のこれから

全国土の会 会長
東京農業大学名誉教授
後藤逸男 氏

 農家のための土と肥料の研究会である「全国土の会」が、平成元年の設立から30周年を迎えた。11月10日には、東京農業大学で記念大会を開催し、各地域の土の会の活動や改良試験の報告などを行い交流図った。この30年の活動を振り返りつつ土の会の活動の目指すところを、会長の後藤逸男氏(東京農業大学名教授)に聞いた。


農家ための土壌肥料学をもっと

「全国土の会」の設立経緯から。

 東京農業大学土壌学研究室に入室以来半世紀。「農業生産現場に密着した農家に役立つ土壌学」を研究室の果たすべき役割として指導を受けてきた。この基本理念に従い昭和50年代後半、大学教員として最初に実施した研究が野菜生産地の土壌診断調査だった。

 戦後の痩せていた開拓地土壌がどのような土になっているか長野の野菜産地で調査した。その結果、pHが高すぎリン酸も過剰で、肥沃を通り越して“メタボ”になってしまっていた。同じ頃、根こぶ病で産地崩壊の危機にあった東京・三鷹のカリフラワー・ブロッコリー産地の土壌は酸性化がひどかった。その対策として三鷹では殺菌剤を撒き、長野では土づくりが不十分だとさらにリン酸を施用しようとしていた。

 農家は作物づくりのプロ、土づくりのプロと思っていたが、土壌肥料学の常識が生産現場に伝わっていない。これは我々の怠慢だと感じ、農家にもっと土と肥料を学んでもらおうと、調査で仲良くなった農家30名くらいと平成元年に「全国土の会」を立ち上げた。

土壌診断分析に基づいた施肥管理を

会の活動概要は?

 毎年秋に全国大会を開き全国に存在を知られるようになり、急激に会員が増え、多い時には600人を超えた。現在では各地に20の支部が結成され、賛助会員企業も32社となった。

 主な活動は、土壌診断分析結果に基づいた施肥管理の実践。当初集まったのは土壌病害で“痛い目”にあった人たちで、その理由を説明し実証して実践をアピールし、農家の決断を促した。実践の結果、問題点を解消した人たちが地域で支部をつくり次第に取り組みが広がってきた。

 JAとぴあ浜松管内がその典型で、セロリ萎黄病が深刻な問題となっていた。都市近郊で土壌消毒剤も使えないと相談があった。そこで、現地の土壌を調査・分析し問題点を把握。2期作の端境期4~9月に行っていたメロン等の他作物作りを止め、緑肥を栽培し太陽熱消毒後、堆肥を半分に減らし転炉スラグ等で土壌改良した結果、萎凋病がほぼ消えた。翌年には堆肥をゼロにし、緑肥(ソルゴー)の代わりに収入に結びつくスイートコーンを作付けた。こうして萎黄病は殲滅され肥料代も半減した取り組みは、地域に広がり支部が立ち上がり活発な活動を展開している。

 とくに施設園芸での土壌病害は、窒素過剰に伴う土壌酸性化とリン酸、過剰に起因している例が多い。肥料には土壌中に溜まりやすい成分と流れ出しやすい成分があるが、溜まった成分の施肥量を減らすことにはなかなか踏み切れない。農家には「勇気をだせ」「それが本当のユウキ農業だ」言っている。施肥コストが下がり収量・品質も変わらないことを実体験すれば農家は決断する。

 我々は土壌肥料学と植物病理学の境界領域で研究のチャンスを現場から与えてもらい農家は土壌病害を克服した。このwin-winの関係が、今日まで活動が続いている所以ではないか。

国内リサイクル肥料の普及に力

資材面での工夫は?

 肥料の自給率は食料自給率よりはるかに低い。とくにリン酸、加里は、ほぼ全量輸入で農業生産が維持され、それが環境負荷物質になっている。国内にない資源をリサイクルを活用した肥料や土壌改良材の開発・普及に、会員と一緒に取り組んでいる。

 生ごみ肥料「みどりくん」は、窒素が多くリン酸が少ない肥料で、まだ試作の段階だが今後普及に力をいれていきたい。これをはじめ、“国内リサイクル肥料”の普及を行っている。名古屋で生ごみを原料とした堆肥が年間8千tも生産されており、国内需要が少なく輸出されていたことを知り、生ごみたい肥「みどりくん」として普及を図っている。製鉄所からの転炉スラグや下水処理場からの発酵汚泥肥料の活用も、率先してすすめている。

処方箋は農家自身で考える

これからの全国土の会の役割は?

 土壌診断に基づいた施肥管理、土の健康診断に基づいた施肥に尽きる。今、田んぼでは地力低下が、ハウスではメタボ化が進んでいる。今後は水田土壌の肥沃化に取り組まなければならない。水田は園芸と違い坪単価が低いので、投資も抑えなければならない。安い肥料として窒素、リン酸が含まれる汚泥肥料を推進していきたい。加里は水から供給されるので田んぼには最適だ。リン酸や石灰、ケイ酸、鉄も供給できる転炉スラグも、消耗した水田土壌の“アンチエイジング”にぴったりの資材だ。

 日本の耕地面積からすると、土壌診断の年間分析数はまだごく一部。10年くらい前までは園芸限定のような状況だった。水田土壌の診断分析は、今後非常に重要になってくる。

 全国土の会の土壌診断結果を示す「Webみどりくん」には、処方箋の記載はない。処方箋は分析値を見て農家自身が考え、施肥設計することが我々の基本だ。

 有機一辺倒では土の健康は保たれない。必要に応じて化学肥料単肥を活用する。逆に化学肥料一辺倒では、土壌動物や微生物に“えさ”を供給できない。有機物を適切に補給することが土壌生物性の改善につながる。物理性・化学性・生物性の三位一体こそが「健康な土」である。

 各地域の土の会の組織化が進んでいる。地域の会が主催する研究会や視察会等の活動を他地域と共有し交流を深め、年に一度の全国大会は技術研修を中心とした場とし、「健康な土づくりのための技術集団」として、活動をさらに前進させていきたい。


〈本号の主な内容〉

■このひと
 30周年迎えた「全国土の会」のこれから
 全国土の会会長・東京農業大学名誉教授
 後藤逸男 氏
■JA全農が取り組む土壌診断(土づくり)
■著書を語る
 『JAのための会計監査Q&A』刊行にあたって
 みのり監査法人 理事 宮下毅 氏
行友弥の食農再論「災厄続きの一年」
■YEAR’Sニュース2018

keyboard_arrow_left トップへ戻る