日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2022年7月5日号

2022年7月5日

アングル

 

食料安全保障をめぐる情勢と対応方向

 

前 農林水産省
食料安全保障室長
(現OECD日本政府代表部参事官)
久納寛子 氏

 

 新型コロナウイルスの世界的感染拡大、さらにはウクライナ情勢によるサプライチェーンの混乱などから、食料安定供給のリスクが顕在化し、食料安全保障についての議論が高まりをみせている。農林水産省大臣官房政策課食料安全保障室で室長(取材当時。現OECD日本政府代表部参事官)を務めた久納寛子氏に情勢と対応方向を聞いた。


 

食料安全保障の基本は国内農業生産の増大

食料安全保障をめぐる情勢と課題から。

 新型コロナウイルスの感染拡大や今回のウクライナ情勢等の影響を考えると、食料安全保障の基本は、国内農業生産の増大であることを国民全体で共有しなければならないと改めて認識させられた。

 日本は、主に北米から小麦やトウモロコシなどを安定的に輸入しており、ロシア、ウクライナ両国から食糧用小麦を輸入していないものの、ウクライナ情勢による小麦・トウモロコシ価格の世界的な高騰の影響を受けている。食料の多くを輸入に頼っている中、輸入は為替や海外産地の情勢に大きく影響を受ける。さらに原油や資材価格等も高騰しており、今後の動きを注視していく必要がある。

 短期的には、原油価格や肥料価格高騰の緊急対策など、足下の影響に対策を打っていかなければならない。まずは、価格高騰の影響を緩和するため、生産者に向けた対応を強化していくことが大切だ。

 一方、消費者に向けては、原料が高騰する中で、持続的な営農や食品産業の経営のための適正価格のあり方を理解していただくことも大切だ。

 

国内で生産できるものはできるだけ国内で

今後の対応策については?

 国として2030年までに食料自給率をカロリーベースで45%、生産額ベースで75%とする目標を掲げているが、現状はそれぞれ37%、67%となっている。目標の達成に向けて全力で頑張るためには、生産基盤を強化し、国内で生産できるものはできるだけ国内で生産することが重要である。

 自民党において食料安全保障の強化に向けた提言が取りまとめられた。省内の検討チームでは、食料の安定供給へのリスクに対する検証を進め、リスク項目を洗い出した上で、農産物や畜産物などの個別品目毎に検証と課題の抽出を行った。

 

環境意識が高まる中で

コロナ禍と食料安全保障の観点では?

 コロナ禍では、生産段階や流通段階において様々な混乱や目詰まりが発生した。ただ、当初のマスク不足などとは違い、スーパーから長期にわたって米がなくなるような食料不足は起きなかった。逆に牛乳や花をはじめとして〝応援消費〟の動きが生まれてきた。インターネットによる購入形態が身近になり、生産者と顔の見える関係で生産を支えていこうとする取組みが広がったのは、非常にポジティブな動きであるように感じる。

 〝Z世代〟と言われる若者層にも、ソーシャル、サスティナブルなどの環境意識が高まる中で、応援消費の動きがみられたことも特徴的な変化ではないか。自分の生活が日々サスティナブルなのか、どのような選択をすべきなのかを考えて行動に移し発信する動きが見られた点は非常にありがたかった。

 ローカルなフードチェーンの大切さも再認識されたのではないか。国民のみなさんにとって、いつも必要な食料が合理的な価格で店頭にあることが、個々人にとっての食料安全保障の第一だと思っている。

 

農業生産の増大、輸入穀物等の安定供給、備蓄

食料安全保障への農水省の考え方は?

 食料安全保障の基本的考え方は、国内の農業生産の増大と輸入穀物等の安定供給の確保、備蓄の推進の組み合わせである。食料安全保障を確立していくためには、まず農業の生産基盤をしっかり確立していくことが必要で、まさに農水省の政策全体で取り組んでいる。

 生産基盤を強化するためには、担い手を確保し農地を集積・集約して、スマート農業等でデジタル化を図り生産性を向上していくことが命題としてある。また、国内に需要がありつつも現状外国産が使われているような原材料を、国産に切り替えていくことも取り組んでいくべき方向性の一つだ。さらに、生産基盤の維持のためには、付加価値の高い農産物の輸出にもしっかり取り組んでいくことも重要だ。

 輸入に頼らざるを得ない穀物については、輸入国との友好的な関係構築が重要となってくる。アメリカ、カナダ、オーストラリアなどとは、政府間をはじめ様々な層での対話の機会があり、今後も友好的な関係を維持していくことが大切である。

 備蓄については、テクノロジーの進化によってリードタイムが短縮され、様々なプロセスが最適化されつつある現代社会では、なるべく余剰在庫を持たないことが可能となっている。その反面、何らかの事情で物流が停滞した際には、余剰在庫が少ないことがリスクにもなりうることをコロナ禍で皆感じられたのはないか。

 コロナやウクライナ情勢で顕在化した様々なリスクに対し、どの程度のコストをかけて備えるべきなのか、改めて考える必要もあるかもしれない。

 

早期の情報収集・発信を強化

不測の事態に備えた対策もされているが。

 昨年1月に緊急事態食料安全保障指針を改正し、自然災害や家畜伝染病などに加え、感染症の流行も食料安全保障上のリスクであることを明確に位置づけた。

 感染の拡大により、農業従事者をはじめ食品関係者、港湾労働者などが出勤できず稼働に支障をきたす事態も起こった。感染症の世界的拡大は食料安全保障上のリスクであることがコロナにおいて改めて浮き彫りとなった。

 それまでの指針はレベル0、1、2のステージに区分してきたが、いずれも食料供給上の懸念が生じてからの対策。コロナ禍においては国際的な物流の混乱などはあったものの、我が国への食料供給に懸念が生じたわけではなかったことから、平時の対応として様々な取組みを行った。

 こうした経緯も踏まえ昨年7月に指針を改正し、平素からの取組みの中に「早期注意段階」を新設し、食料供給に懸念が生じる前においても、早期に情報収集や発信を強化することとした。

 

広く認識共有し、共感の輪を

生産者や消費者、JAグループへのメッセージを。

 自給率の向上に向けて、生産面での取組みとともに、消費面での取組みも重要である。消費者の皆さんに国産農畜産物を積極的に選択していただくためには、国内農業の重要性や持続性の確保について、国民の皆さんと認識を共有し、共感の輪を広げていくことが重要である。

 「食料・農業・農村基本計画」に基づき、昨年度から新たな国民運動『食から日本を考える。ニッポンフードシフト』を展開している。

 昨年度はJAグループと連携し、東京や大阪の商業施設等で農業体験をした大学生に発表してもらったり、JAグループの代表との対談などのイベントを開催した。若い世代が食と農について考えたり体験したことを彼ら自身の言葉で発信するきっかけとなればと思う。

 今後も国産農畜産物の積極的な選択などの具体的な行動につながる機会を創出する運動を若い世代やJAグループとともに盛り上げていきたい。


 

〈本号の主な内容〉

■アングル 食料安全保障をめぐる情勢と対応方向
 前 農林水産省食料安全保障室長
 (現OECD日本政府代表部参事官)
 久納寛子 氏

■JA全農 中期計画 のポイント
 〇営業開発事業
  JA全農 営業開発部 山田尊史 部長
 〇フードマーケット事業
  JA全農 フードマーケット事業部 竹内仁 部長

■イネいもち病 話題と防除対策
 農業・食品産業技術総合研究機構 植物防疫研究部門 主席研究員
 芦澤武人 氏 

■クローズアップインタビュー
 牛乳乳製品の消費拡大へ
 (一社)Jミルク 専務理事 内橋政敏 氏

蔦谷栄一の異見私見「化合させたい JAとワーカーズコープ」

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