日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2022年4月25日号

2022年4月25日

アングル

 

JA全農 中期計画がめざすもの

 

JA全農
代表理事専務

安田忠孝 氏

 

 JA全農は3月30日の臨時総代会で、令和4~6年度の中期計画と4年度事業計画を決定した。2030年の全農グループの目指す方向に向け、「生産振興」をはじめとした6項目の全体戦略を設定した今期中期計画のポイントを全農の安田忠孝専務に聞いた。


 

農業産出額拡大や原料調達に課題残る

前中期計画の成果と課題から。

 令和元年度から3年度までの前中期計画では、「生産基盤の確立」「食のトップブランドとしての地位の確立」「元気な地域社会づくりへの支援」「海外戦略の構築」「JAへの支援強化」の5点を最重点事業施策に掲げ取組んできましたが、この3か年でそれぞれに取組みが着実に進み、それなりに成果が上がったと評価しています。

 生産基盤の確立では、肥料の銘柄集約や農機の共同購入を始め、労働力支援でも地区別の協議会を立ち上げ全国組織設立にまで拡大しました。 

 ただし、この最終的な狙いは農業総産出額の拡大でした。結果として計画スタート前の平成29年に約9兆3千億円であった我が国の農業総産出額が、令和2年は8兆9千億円程度に減少しました。米の相場やコロナによる国内市場の縮小等の要因があったにせよ、これまでと同じことばかりではなく、もっと踏み込んでやるべきことがあったのではないかという反省があり、次の3か年に向けた課題として残りました。

 食のトップブランドとしての地位確立では、全農グループとしてMD部会を立ち上げ、国産農畜産物を原料とした商品開発を本格的に始め大きな成果が上がりました。新ブランド「ニッポンエール」は様々な企業から注目され、先方からコラボレーションの声がかかるほどに存在感のあるブランドに育ちました。この3年間で「JA全農」という名称が一般消費者にさらに認知されたのではないかと思います。日清製粉や伊藤園などと共同開発した加工食品や、JA全農ラドファ㈱が始めたパックご飯など、これまで素材を素材として流通させてきた我々の事業が〝一皮むけてきた〟と評価しています。

 元気な地域社会づくりへの支援では、ファーマーズマーケットを併設した店舗や移動購買車による買物困難者対策をはじめ、地域のインフラ維持対策に取組んできましたが、これにより地方がこれまで以上に活性化したという評価はまだできず、成果を実感してもらうのはこれからだと受け止めています。

 海外戦略の構築では、輸出は全農グループ全体で3カ年計画スタート時から140%くらい実績が伸びています。実務はJA全農インターナショナル㈱に一元化し、海外拠点が個々の国の市場やニーズを把握するマーケットインに取組み、販売に当たっては実需者とのアライアンス等の手法で、一つひとつの点を大事に固め伸ばしてきました。この取組みの方向の正しさが立証できたと思っており、これをさらに伸ばしていくことが今後の課題です。

 一方、原料調達分野では、全農グレイン㈱を中心とした飼料穀物のサプライチェーンの強化に取組んできました。肥料では海外の山元との関係を強固にして安定的な調達に努めてきました。しかし、直近ではコロナ禍で物流が停滞していることやウクライナにおける戦争など、これまでの努力だけでは対応できない課題も出現してきました。これまでは太くしっかりしたサプライチェーンの構築に取組んで出来ましたが、加えて、何か障害が起きた時の多様な調達方法など〝復元力〟を含めて、もう一度戦略の立て直しが必要になってきたことが新しい動きとしてあります。 

 JA支援への強化では、全県域で「経済事業強化メニュー」を策定し、その手法が一定程度確立できたと思っています。JAも我々の提案を受け止め実践していますが、その成果を実現するまでには伴走し続けることが必要です。これはJA支援の取組みが定着してきたが故の課題だと思います。

 

人口動態のギャップや持続可能性見据えて

10年先を見据えながらの今次中期計画の建付けは?

 我々の事業が一番大きな影響を受けるのは、世界人口の増加と国内人口の減少です。この人口動態のギャップの影響はあらゆる事業が受けざるを得ません。これをどう捉えどのような体制を構築するかは大きな課題です。

 もう一点は、世界全体が地球の持続可能性に向けて動いている中で、我々の事業もそれに沿ったものでなければならないことです。個々の施策には環境保全と経済的利益のトレードオフのようなものが多々あり、この矛盾をいかに乗り越えていくのかも、これからの大きな課題です。

 前述のようにこれまでの3か年で新たな課題が見つかりましたが、そうした足元の課題への個別の対処では対応しきれない環境変化が起きています。そうであれば、少し先を見据え本当にどういう姿になりたいのかを考えなければなりません。今の変化は、昨日こうだったから明日はこうだという捉え方では対応しきれないのです。

 あるべき姿の実現に向けてはいろいろなアプローチの仕方があると思いますが、今までの事業部門にこだわり抜け落ちてしまう分野ができてしまうことは避けなければなりません。取組むべき施策の共通認識が必要です。事業部門を越えての取組みもあるし、事業部門で突き詰めているうちにいつのまにか他の事業領域に入ってしまったということもあるでしょう。そうした事業部門間の〝領空侵犯〟もありだということを、職員に伝えたいと思っています。

 

「あり続ける」ために「変わり続ける」

そのなかで、「持続可能な農業と食の提供のために〝なくてはならない全農〟であり続ける」を、2030年の全農グループが目指す姿として設定した思いは?

 事業環境の大きな変化が予測される中、役職員の一人ひとりが国内農業や地域の将来を創造し、生産者・JAグループ・消費者・実需者や地域のくらしなどに必要な存在である続けるために目指す姿です。

 「なくてはならない全農」は、菅野経営管理委員会会長も常に訴えているようにグループ役職員が目指す究極の姿です。あえて農業に「持続可能」をつけたのは、未来まで続く農業というのはこれまでと違う農業かもしれないという思いを込めました。 

 食の提供を農業と並列して同じウエイトで置いたのにも思いがあります。産地を背景にもつ全農だからこそ出来る食の提供があると思っています。これはこれからの全農の事業にとって非常に大きなウエイトを占めていきます。

 この2つをキーワードにして「あり続ける」ために、全農は変わり続けるというメッセージを込めています。

 

2030年に向け6つの全体戦略

今次3か年計画のポイントは?

 めざす姿を実現するため、長期的・重点的に取組む方向性として、「生産振興」「食農バリューチェーンの構築」「海外事業展開」「地域共生・地域活性化」「環境問題など社会的課題への対応」「JAグループ・全農グループの最適な事業体制の構築」の、6つの全体戦略を設けました。

〈生産振興〉

 我々は資材を提供し生産物を販売するなど、生産者がより活動しやすくなるようサポートしてきたのがこれまでの姿です。今回「生産振興」とあえてストレートな標題にしたのは、もっと踏み込んで我々にできることがあるのではないかという思いからです。単に施策を提案するだけでなく、それに伴う周辺技術の開発や栽培実証、農業生産法人への出資などにもっと踏み込んでいく。労働力支援もせっかく全国的な体制ができたので、この3か年ですべての県で具体的な動きができるようにしていきたい。

 みんなが物流で困っているのであれば、調達でも販売でもどのような体制でどういう運び方をすればいいのか、自社だけではなく他社とのアライアンスも含めた中で具体的な物流体制をつくることも考えていかなければなりません。

 これからの農業は大規模生産者に耕地が集積され、そこが中心となって展開されていくでしょうが、それだけでは地域の農業は成り立ちません。地域コミュニティの確立なしには農業はできません。家族農業経営への支援もしっかり出来るようなきめ細かい事業も展開します。

 このように、全農がもっとできることをどんどん探していく3か年にしたい。それが事業領域拡大にもつながっていくと思っています。

〈食農バリューチェーンの構築〉

 「ニッポンエール」などのブランドで商品開発をすすめる時に、全農の背景に産地があることは非常に強みとなっていることを認識しました。前3か年で出来た土台をもとに、もう一段、国産農畜産物の付加価値を上げていくような取組みをしたいと思います。

 産地の物流につながる集出荷施設など、インフラ整備はこれからも実施していきますが、最近特に青果物を中心に〝運べないリスク〟が問題になっています。この問題解決を全農としては誰かに任せているわけにはいきません。実際どのような運び方があるのか、物流に関わる人達はどういう環境になれば運べるのか。規格の統一や手荷役の削減など、抱えている課題を一つひとつ解決していく必要があります。さもなければどこか一つが詰まれば全体の物流が止まり我々の事業ができなくなってしまいます。 

 その意味でも、危機感をもって物流対策の専任部署を設け、物流子会社である全農物流㈱と組んでしっかり対応していきます。

〈海外事業展開〉

 これまでと同じやり方では難しくなってきていることが大きな課題です。ありがたいことに、海外原料の調達や輸出事業は、諸先輩が築いてくれた一定の土台はあり、JAグループ内外からの期待が大きい分野です。輸出は、これまでの取組みを拡大していく方向に舵を切っていきます。調達の分野は前述のようにサプライチェーンをもう一度見直し、何か綻びがあったとしてもどこかで復元できるようなチェーンに組み替えていけるようにしていきたいと思います。

〈地域共生・地域活性化〉

 これまでの取組みは、地域にくらす人たちがくらしやすくなるためのサービスの提供と、地方に都会から人を呼び込む農泊事業などが中心でした。これに加えて、地域におけるくらしやすさをアピールしたJAグループ版スマートシティの実証に向けたモデル地区づくりに取組みたいと考えています。

 東京のような大都市に様々な機能が集中していることは、大きなリスクがあることをコロナ禍で感じました。一方的にいろいろなところからものを取り込み消費していくだけというくらし方は、持続可能性の観点からして問題があると私自身思っています。

 そう考えた時に、我々全農は県本部という地域の基盤を持っていることは、これからの強みになるかもしれません。そこが核となって〝輝く地方〟ができ、そこで循環する経済ができる。そうした事業が全農に出来れば、これも大きな強みになるのではないでしょうか。

〈環境問題など社会課題への対応〉

 具体策は、環境調和型農業の展開とサプライチェーン全体の環境負荷の軽減の2つ。やるべきことははっきりしているので、具体的施策の推進時に生じるトレードオフを考慮しながら取組んでいきます。

 環境調和型農業を本当に根付かせることは、その価値を消費者に認めてもらわなければ実現不可能です。そのための情報発信も全農の大きな役割だと思っています。

〈JAグループ・全農グループの最適な事業体制の構築〉

 全農はグループ全体で129の子会社を持っており、全農事業全体を現すには全農単体だけでは正しい説明にならないという実態があります。

 全農グループは、まだまだこれまで以上に力を発揮できる潜在能力を持っていると思います。グループ全体の経営資源の最適配置にこの3か年で取組んでいきます。そのためには、人事制度を含めた人的資源の活用やDX、ICT技術の活用にも力を入れていきます。

 以上の6つを全体戦略とし、災害などの危機管理対応も継続して強化します。不幸なことに自然災害も家畜疾病も近年常態化し、その時々にしっかりした対応ができなければ、平常時の事業展開への信頼も失うことに繋がりかねません。これらの対策は常に事業の大きな柱の一つに掲げ、そのための体制を強化していきます。

 これら3か年計画のスタートの年である4年度事業の直近の課題は、何といっても資源の高騰対策です。これまでの常識を超える状況ですが、海外原料の安定調達は責任をもってやり切らなければなりません。

 残念ながら価格については厳しい見通しを持たざるを得ませんが、その上で生産者が農業を継続していくために全農として何ができるのか、我々の知恵と汗を絞ってこの難局を乗り切っていきたいと思います。

 

不安の中でも第一歩を踏み出す勇気を

3月に全農創立50周年を迎えましたが、次の50周年に向けての思いを。

 50周年の節目に、若い職員とともに諸先輩のこれまでの取組みを振り返える機会がありました。我々の先輩は、不安の中で新しい取組みに常に挑んできました。この50年間、上手くいったこともいかなかったこともあったでしょうが、その積み重ねで今日の全農の事業があります。
 これからの50年も不安はあるでしょうが、とりあえず第一歩を踏み出そうというDNAは持ち続けたい。全く想定していなかった事態に直面しても、役職員一人ひとりが事態に向き合い、次の50年に向けての一歩を踏み出す勇気を持ち続けていきたいと思います。


 

〈本号の主な内容〉

■アングル JA全農 中期計画がめざすもの
 JA全農 代表理事専務 安田忠孝 氏

■JA全農 令和4~6年度中期計画の具体策
 持続可能な農業と食の提供のために

■ゆめファーム全農パッケージ
 大規模施設園芸の実証成果を担い手に

■令和4年度 農業倉庫保管管理強化月間
 4月15日~6月30日 農業倉庫基金、JAグループ、JA全農

行友弥の食農再論「平時の常識と食料安保」

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