待ったなしの地球温暖化抑制へ
~4パーミル・イニシアチブの取組~
山梨県
農政部長
坂内 啓二 氏
地球温暖化は世界に深刻な影響をもたらし、その抑制へ向けた取組は待ったなしの課題となっている。その一環として「4パーミル・イニシアチブ」による二酸化炭素低減の取組が日本でも開始されている。この運動が地球温暖化抑制へどのように貢献するのか。先進的に取り組む山梨県でこの運動を中心となって推進する坂内啓二農政部長に聞いた。
気候変動対策の一環として
自分達にできることから
■この運動を提唱・実践した経緯から。
2019年9月の国連気候変動サミットで、当時16歳のグレタ・トゥンベリさんが、先送りのできない地球温暖化の問題をまともに取り合ってくれない大人たちを激しい言葉で非難する報道に接した。それに触発され、自分に何かできることはないかと色々調べているうちに、「4パーミル」運動に行き当たった。
この運動は、2015年のパリ協定に基づきフランス政府主導で始まり、同国モンペリエに事務局があり、そこの事務局長に直接メールを送って山梨県も参加することにした。昨年11月、英・グラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)のサイドイベントとして開催された「4パーミル・イニシアチブ・デー」にも招かれ、山梨県の取組を紹介する機会を得て、世界的に高まっている地球温暖化への危機意識を共有することができた。
土壌に炭素を毎年0.4%蓄積しCO2増加分を相殺
■そもそも、4パーミル・イニシアチブとは。
パーミル(‰)は千分の一の単位で、4‰=0.4%。何故「0.4%の運動」か。人類全体の経済活動では年間100億tほどの二酸化炭素が排出されており、森林や植物の光合成による吸収分が約57億t。差し引き約43億tが大気中に毎年増えている状態にある。土壌炭素は約1兆tあり、その0.4%、40億tを毎年土中に蓄積すれば、大気中に増えている分を相殺できることになる。0.4%ずつ土中に炭素を貯留していくことで、大気中の二酸化炭素を実質ゼロにできるという考え方に基づく国際的な取組である。
この運動には2021年6月現在、日本を含む623の国や国際機関が参画。日本の都道府県では2020年4月に山梨県が初めて参加した。前述の4パーミル・イニシアチブ・デーには、各国の農業関係大臣や閣僚クラスも参加していたが、日本からは山梨県のみであり、もっとこの運動を盛り上げていく必要があると感じている。
果樹園での効果的な炭素貯留に剪定枝を炭化
■県としての主な取組は。
果樹の主産県としてこれを活用した取組ができないかと考えた。園地に下草を生やす草生栽培は光合成により土中に炭素を蓄えることができ、堆肥も牛糞等に炭素が含まれている。また剪定枝も炭素の大きな貯留源であり、それをチップ化して取り込むこともこれまで行われてきた。
果樹園での炭素貯留効果をさらに大きくする方法として、剪定枝を炭にすることを考えた。チップ化や堆肥化して土壌施用しても炭素は貯留できるが、いずれ分解して大気中に放出されてしまう。炭化することで多くの炭素を長期間、土壌中に貯留することが可能になる。
そこに着目して、持ち運び可能な簡単な無煙炭化器を使用。剪定枝が発生した圃場で炭化しその圃場にそのまま投入する。したがって、原料の炭や運搬によって発生する二酸化炭素はほぼゼロである。炭は地力増進法の政令指定土壌改良材として土を豊かにするとともに、大気中の二酸化炭素を吸収して土中に留めおくことができる。
効果的な炭化方法、炭素貯留量の推定、投入による土壌改良効果、果樹の生育への影響などの試験研究を実施するとともに、生産者への普及を図るため、昨年1月から現地実証を行っている。
取組の〝見える化〟へ
「認証制度」とロゴマークの創設
■この運動を広めるための取組は。
運動の重要性や実践方法への理解を深め、農家に広く普及させるため、JA営農指導員や生産者に対する研修会や実演会を開催している。醸造用ブドウを生産するワイナリーでも剪定枝の炭の活用が付加価値にならないか、関心をもって取り組んでいる。
一方で、取組の成果を“見える化”しようと、昨年5月には「やまなし4パーミル・イニシアチブ農産物等認証制度」を設けた。認証は「アチーブメント」と「エフォート」の2つに区分した。エフォートは〝入門編〟で、早生栽培や堆肥投入、剪定枝のチップ化や炭化などに今後取り組むという宣言を行い、3年後に実績報告できるよう計画をたてるもの。アチーブメントは既に取り組んでいる人を実績に基づき評価するもの。
この取組によってできた果物やワインは、いずれも認証マーク(右図)を貼付して販売することができる。県内で大きな果樹産地を抱える3JAでも取組を開始したところ。個々の農家もかなり関心を持ってくれている。
新聞、テレビ等でも何度か取り上げてもらい、県内では言葉くらいは聞いたことがあるというレベルまでには広がってきたと思う。果物やワインは贈答品としても人気が高いので、例えばふるさと納税の返礼品にエントリーすることで「4パーミル」という言葉が全国にも伝わり始めている。
農業系の高校ではロゴマークを付けたブドウを生徒が販売している。子ども達はこの取組を通して地球温暖化を自分達の危機として捉えてくれたのではないか。
県内の生産者には一定レベルまで周知されたので、消費者にも伝えていこうと、昨年11月には首都圏からのメディアツアーを開催。アニメーションを制作し動画も配信している。
全国協議会を設立、農業サイドからの
地球温暖化抑制のプラットホームに
■各県や企業・研究機関・JA等を巻き込み全国協議会も設立されました。
知事からこの運動の全国展開が提案され、昨年2月に「4パーミル・イニシアチブ推進全国協議会」を発足。現在、農研機構や大学をはじめ研究機関や民間企業、JAなど34団体が参画し、それぞれの優れた取組を相互に発信しているところ。
全国協議会の一番の目的は情報の共有。果樹に限らずそれぞれの県で工夫し様々な取組を行っている。これを共有し取り入れられるものは取り入れ、自分達の取組も周囲に取り入れてもらう。
農業は環境に負の影響を与えているイメージもある。各地で展開される4パーミル・イニシアチブの取組をこの協議会がプラットホームとして広げていくことで、日本全体として農業サイドから地球温暖化の抑制に貢献していると言えれば良いと思う。
この取組は国からも高い評価をいただいており、「みどりの食料システム戦略」関連の補助金の積極的な活用も検討しているところ。農研機構は協議会のメンバーとして、技術的なアドバイスや世界の先端情報を提供してくれており、引き続き連携を強化していく。
JAの営農指導員も多数参画しており、管轄の農家への説明やJA女性部の勉強会、4パーミルで付加価値向上を目指す農福連携グループなどいろいろ活躍いただいている。今後各県に取組が拡大していけばJAの参画の場はさらに広がっていくだろう。
炭へのひと手間のかけ方工夫、消費者への浸透も図りながら
■今後の課題は。
生産者サイドでは依然として野焼きが多く行われている。炭にするには手間がかかるのが実情だ。そのひと手間のかけ方を工夫する必要があると思う。
例えば、冬場の観光資源として、SDGsを体験するツアーなどはどうか。剪定を体験し炭焼きの火を眺め、“4パーミルワイン”を飲んでもらいながら、炭の効能や地球温暖化抑制への理解を深める。こうしたツアーを通じて〝ひと手間〟が苦にならない工夫をしてもらい野焼きを減らすことができればと考える。
次に、消費者への周知が課題である。まず「4パーミル・ブランド」を浸透させていく。ブランドは値段が高いというイメージを持つ人が多いが、炭化は自分の園地で完結し国からの支援ももらえるので、実は、コストはそれほどかかっていない。同じ値段なら、こうした特徴のあるものを選ぶことで、地球温暖化抑制に貢献できるというエシカル消費を促していきたい。それが結果的に差別化を図ることになり、おのずと産地間競争にも打ち勝っていけると思う。
海外向けの商標登録も申請中で、東南アジアを中心にロゴマークを付けた果物やワインなどの輸出の可能性も探っている。
これから徐々に本領を発揮し、農業サイドから脱炭素に貢献できる新たな取組として、消費者への浸透も図りながら、おいしさの先を行く新たなブランドを目指していきたい。
〈本号の主な内容〉
■このひと 待ったなしの地球温暖化抑制へ
~4パーミル・イニシアチブの取組~
山梨県 農政部長 坂内啓二 氏
■3党農業担当議員にきく 2022年の農政
自民党 農林部会長 簗和生 氏
公明党 農林水産部会長 河野義博 氏
立憲民主党 農林水産部会長 田名部匡代 氏
■令和3年度 JA共済総研セミナー
高齢者の農福連携(ゆるやか農業・農的活動)による
新たな可能性を求めて
■水稲除草剤 最近の特徴と今後の展望
公益財団法人 日本植物調節剤研究協会
北海道研究センター 主査研究員 半田浩二 氏
■待ったなしの地球温暖化抑制 フード・マイレージの取組み
ウェブサイト「フード・マイレージ資料室」
主宰 中田哲也 氏 に聞く
■2022 農業関連団体・企業からの新春メッセージ
(一社)全国農業改良普及支援協会 会長 岩元明久 氏
(一社)日本フードサービス協会 会長 赤塚保正 氏
製粉協会 会長 前鶴俊哉 氏
(一社)全国肥料商連合会 会長 山森章二 氏
農林年金 理事長 樋口直樹 氏
雪印メグミルク㈱ 代表取締役社長 西尾啓治 氏