農地政策の見直しと土地改良事業
全国土地改良事業団体連合会(全国水土里〈みどり〉ネット)専務理事
室本 隆司 氏
必要な農地整備・農業水路の維持管理
多様な作物への転換やスマート農業も視野に
この3月新たな土地改良長期計画が閣議決定されたほか、農水省の「長期的な土地利用の在り方検討会」での議論や、与党においても農地関連施策の見直しが進められている。ここでは、これらの情勢とあわせ、土地改良事業の実務を担う土地改良事業団体連合会の現状と今後について、全国土地改良事業団体連合会(全土連=全国水土里ネット)の室本専務理事に聞いた。
産業政策と地域政策のバランスをとりながら
■農地政策見直し議論の背景と方向をどう捉えるか?
全国津々浦々にある土地改良区は農家からの賦課金をもとに、農地保全や水利施設の整備等を行ってきた。その活動は従来からの稲作を中心とした均質な農家を基盤に行われてきたが、担い手に集約した大規模な稲作や、野菜を中心とした耕種作物への作付転換を図っていかなければ、地域の農地を維持できない状況があらわになってきた。担い手への農地のシフトをさらに加速化していくことが、今の農地政策検討のバックグラウンドになっていると思う。
といっても担い手だけで農村が形成されるわけではない。農地を担い手に出してもらうと同時に、その出し手にも農村で生活し続けてほしい。多面的機能への直接支払いなどいろいろな地域政策と関連させながら、多様な主体の参画による地域政策と産業政策のバランスをこれまで以上に上手く取っていくことが重要だ。
かつては産業政策に重きを置き過ぎたきらいがあったが、今回の農地政策の検討員会や土地利用の在り方検討会では、地域政策の“色”が濃くなってきているように思う。
コロナの影響もあり都会に集中して働いてきた人々が、デジタルを駆使し田園回帰の方向も指向し始めている今、多様な人々が支えていく農村環境をつくっていこうという思いがあって、この政策の検討に至っているのではないか。
災害対応も含め農地の健全な管理へ
■改めて土地改良区系統の概要と役割を
昭和24年に土地改良法が制定されたときに、土地改良区、都道府県土地改良事業団体連合会、全国土地改良事業団体連合会が定められた。土地改良区の前身は耕地整備組合や水利組合だが、戦後の農地開放で耕作者を中心とした日本農業の立て直しに向け、原則的に耕作者所有を組合員にした土地改良区が全国につくられた。以来約70年もの間、組合員資格の法改正はなかったが、平成30年の土地改良法改正では、耕作者ではない所有者も参加できるよう准組合員制度を設けた。現在、土地改良区が約4400、組合員は約350万人。全土連は、47都道府県の地方連合会と10の大規模土地改良区の計57会員で構成、全国の土地改良区の農地整備や農業用水路の維持管理を技術指導、調査・研究、情報提供・広報活動等を通して支援している。
農地や施設が災害を受けた場合、土地改良区は市町村に復旧を依頼する。その委託を受けて県土連は、災害の状況調査や査定設計書づくり等を支援し復旧の下支えをする。しかし、大規模自然災害が多発する昨今、災害対応の頻度と量も増え県土連の体制強化は大きな課題となっている。また、市町村での技術者不足を補うべく、本来市町村が行っていた業務を行政代替の形で県土連が担っていく形を構築できれば土地改良団体全体の体質強化につながるのではないか。
DX、SDGsの観点からもコミットも
■新たな土地改良長期計画での役割は?
土地改良長期計画は、網羅的かつ集中的に講じる施策を5年に一度明確にしたものだ。今回のキーワードは、コロナ禍における土地改良政策、農村政策とデジタルトランスフォーメーション(DX)、SDGs。この3つに必要な新しい施策を盛り込んだと理解している。
その中でも、スマート農業の導入や耕種作物への転換のための基盤整備と担い手育成は重要なポイント。また、気候変動の影響が大きくなる中で、貯水の受け皿として田んぼが有効活用できるような基盤整備や維持管理による流域治水への貢献も打ち出している。こうした観点に土地改良団体がいかにコミットしていくかが、計画実現のポイントなるだろう。
さらに土地改良区理事の女性割合を5年間で10%以上とする目標も掲げられており、全土連としても員外理事の制度も活用し達成をめざしていく。
「水土里ネット」周知の国民運動を展開
■土地改良区の今後の課題は?
土地改良区が地域で非常に重要な仕事をしているにも関わらず、その存在を国民の多くが知らない。そこで、私が農水省から全土連に出向していた平成14年に、この役割周知の国民運動を展開しようではないかと愛称を募集し関係者の投票により「水土里(みどり)ネット」に決まった。この運動を引き続き展開していきたい。
土地改良団体は、地域を支えていく公共的な役割を将来ともに担っていくことが求められている。農地・農業用水がある限り未来永劫存続していかなければならない。土地改良区は農家の賦課金で、県土連は会員からの会費と県・市町村事業で、全土連は会員からの会費と国からの補助事業や請負事業で運営されている。それぞれの段階で、従来以上に積極的に事業をこなし経営の安定化を図っていくことが大事だ。
全国的な技術者不足への対応のためにも、経営と体制をしっかり構築し、地域のニーズに応え社会貢献を果たしていきたい。
国民理解と技術力に政策支援を
■行政に望むことは?
前述のように、土地改良区は、農地や農業用水の管理という国土保全の公共的役割の一翼を担っているにも関わらず国民にあまり知られていない。このギャップを解消していくような施策の展開を期待したい。また、「水土里ネット」の公共性や技術力に対する支援策をより一層考えていただきたい。国民に対する浸透度が弱いことに対し“直球勝負”での事業をつくっていただくことが大事で、それにコミットしていくことが水土里ネットの体質強化につながり、農村を支えていく自覚も強くなると思う。
土地改良へ不可欠な連携強化
■JAグループや農業委員会への期待は?
今、稲作の大規模化や多様な作物の導入転換へ全国で圃場整備が行われているが、地域単位のJAの協力がなければ営農計画はつくれないしマーケティングも成り立たない。いくら土地改良をしても“上物”がついてこなければ形状だけになってしまう。農業生産を維持・拡大する土地改良を進める際には、特にJAとの連携は極めて大事だ。
全国には土地改良を進め先進的な農業を展開している地域や担い手も多数存在する。その多くが農業法人協会の会員でもある。これから土地改良に取組もうとする地域に、法人協会や農業委員会系統の力を借りてそのノウハウを伝授してもらうような連携も大事であり期待したい。
〈本号の主な内容〉
■このひと 農地政策の見直しと土地改良事業
全国土地改良事業団体連合会(全国水土里〈みどり〉ネット)
専務理事 室本隆司 氏
■規制改革実施計画を閣議決定
JAの自己改革実践サイクルの構築等盛り込む
■JA全農2021年度事業のポイント「耕種総合対策事業」
JA全農耕種総合対策部 宗和弘 部長
■JA全農2021年度事業のポイント「耕種資材事業」
JA全農耕種資材部 冨田健司 部長
■農業系教育機関のいま
立命館大学 食マネジメント学部
■「お米・穀物産業展」開催、全農はパックご飯の「ラドファ」が出展
■塩分ゼロの大豆発酵食品の予約販売を開始=全農ビジネスサポート