厚生事業審議会答申の着実な実践を、農家所得の向上に〝健康〟は必要不可欠
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コロナ禍への対応状況と令和3年度事業計画のポイント
全国厚生農業協同組合連合会
代表理事理事長
中村 純誠 氏
JA総合事業の一翼として、組合員・地域住民の健康守る
農業者の生活を豊かにするためには、農業振興だけではなく、農山村地域の医療を充実させ、地域住民の健康を守ることも必要条件の一つと言える。今回は、地域医療を守るJA厚生連の活動や、コロナ禍の中それらを支援するJA全厚連の取り組みと今後の方向性について、JA全厚連の中村純誠代表理事理事長に聞いた。
国内1例目は厚生連病院が診療
■新型コロナウイルスへの対応状況は?
昨年の1月10日、JA神奈川県厚生連の相模原協同病院が、新型コロナウイルスの国内1例目の患者に対応した。武漢からの帰国者だった。この新しい疾患については、まだ何も知見がない状態だったが、適切な対応であったと評価されている。その後同病院は、ダイヤモンドプリンセス号の患者も進んで受け入れた。
このように厚生連病院では、当初から、積極的にコロナ患者を受け入れてきており、今年の1月末までに、厚生連105病院のうち、73病院で延べ4262名の患者を受け入れている。また、62病院で帰国者・接触者外来を設置、42病院が重点医療機関、45病院が協力医療機関に指定されるなど、厚生連は公的医療機関としての役割を発揮している。
一方、患者の受診控えが深刻である。コロナ患者を診察していない病院でも、感染リスクを恐れて病院や診療所への通院を躊躇するため、厚生連病院では入院・外来ともに患者数が大きく減少し、病院によっては昨年の春先の時点では例年の5割ほどというところもあった。全体で見ると、患者は前年比で1割ほど減っている。事業量が1割減るということは大変なことで、一時は厚生連全体で多額の経常損失が発生する見込みとなった。厚生連病院が立ち行かなくなるということは、JAグループだけの問題ではなく、地域の医療が崩壊することにもつながりかねず、大変な状況であった。
その後国の「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金」などの活用により、当初の不安は一定程度払拭できる見込みとなった。コロナ患者に対応するために確保する病床への補償を、高い水準で用意していただいた。これにはとても感謝している。現在、コロナ禍の長期化を踏まえ、継続的な支援を要望しているところだが、令和2年度はほぼ見通しがついた。とはいえ、個別には苦しい病院・厚生連が存在することから、引き続き支援を強化していきたい。
医療や健康管理活動については、日頃あまり議論されることはないが、コロナ禍に立ち向かう様々な取組みによって、JAグループの厚生連病院が、地域医療を守る最後の砦であること、他の医療機関に負けない丁寧で高度な医療を提供していることを多くの人が知ることとなった。今この時も身を呈して働いている医療従事者の皆様を誇りに思う。
しかし、残念なことに医療従事者やその家族への差別や偏見も見られる。自らを犠牲にして働いている厚生連の医療従事者の仲間達に感謝し、私たちJAグループは彼らと家族を差別や偏見から守らねばならないと思っている。
コロナ禍でより一層医療や介護が重要視され
■JAグループおよびJA厚生事業を取り巻く情勢は?
JAグループは「地域」ということを意識しなければならない。現状では、地方に行けば行くほど、人口減少が激しく、併せて高齢化の問題も深刻化する。JAグループではとりわけ農家・組合員の高齢化や減少が、各事業に直接的な影響を与えているが、同様に、医療事業の分野でも人口減少により経営が難しくなってきている。
コロナ禍を契機として、自給率の向上など、食料について国民の意識が高まってきている。そういったなかで、JAという存在が再評価され、農家所得の向上等に繋げていければ良いのではないかと感じている。同じように、保健、医療や介護、エッセンシャルサービスも重要視されるようになってきた。
限られた医療資源で農山村の医療を守る
■地域医療構想とは?
厚労省の「地域医療構想」は、人口減少をふまえた病院の機能や病床数の最適化を目指し、再編統合やダウンサイジング、機能転換などの地域における医療提供体制の再構築を検討するものである。
厚生連病院にも「要検討」とされる病院があるが、コロナ禍により、その検討・対応を急ぐ必要が出てきた。
再構築がすすめられなければ他の病院と共倒れになって適切な医療を提供できず、地域医療を守れない場合もある。限られた医療資源で、農山村などの地域の医療ニーズに効果的・効率的に対応するためには、公立・公的病院等の間で機能分担の見直しが必要とされる場合もあるだろう。
地域の医療をどう捉えるのか見方は多々あるが、国は一定の時期の一定のデータにもとづいて再構築対象の判断をしている。しかし農山村などの地方に行けば病院の数は限られるため、不採算な事業を含む、多岐にわたる診療を行わなければならない。地域医療を守るためには、そういう部分をきちんと評価していただく必要がある。
また、今回のコロナ禍で、広範囲な感染症や災害対策についてどう備えるかという視点が、地域医療構想には十分に盛り込まれていないということが明らかになった。従来の構想に加え、有事を考慮した地域医療体制をつくらなければならないだろう。
必要な病床数については、将来推計にもとづいて計算されているが、有事の際には地方にもある程度の余裕を持った病床数が必要であろうから、これから国がどう対策を織り込んでいくのか、注視したい。
早期収支改善スキームを策定
■厚生事業審議会答申の実践状況は?
令和元年度に設置、検討が行われた厚生事業審議会への諮問の眼目は、厚生連・厚生連病院の経営問題だった。
現在の診療報酬体系をベースにすると、公的病院として採算は厳しいが地域にとって必要な診療科も担う厚生連では、黒字化が難しい場合もある。経営が厳しい状況にあっても、利用者によりよい医療を提供するためには、一定の設備投資が必要となるが、設備投資を行うと一気に赤字が増えてしまい、回収には一定の期間を要してしまうことから、経営が難しい地方にある厚生連病院は、大変厳しい。
地域医療を守るために、厚生連は絶対に破綻させてはならない。我々は厚生連が破綻した苦い経験を持っている。もう、厚生連を絶対に破綻させないために、経営悪化の未然防止および経営破綻防止の取組みに関して、より実効性を高めるため、昨年5月に早期収支改善スキーム実施要綱を策定した。令和2年度から同スキームの運用を開始しており、答申の実践を行っている。
また、執行体制の見直しを含むJA全厚連の機能強化も行った。経営管理委員会をより実効性の高いものにするために、開催回数を増やしたほか、スキームの最終的な決定を委ねる機能などを付加した。昨年7月には、通常総会において新たな経営管理委員が選任され、外部有識者として、厚労省・農水省のOB2名を迎え入れて、経験を活かした提案などで経営に参画していただいているところだ。
加えて、JA全中と連携した支援に向け、令和2年度からJA全厚連の理事協議会に、オブザーバーとして全中の担当常務に参画いただく体制とした。
「厚生連活動の堅持」へ健全経営支援を強化
■令和3年度事業計画のポイントは?
令和3年度は、第9次3か年計画の最終年度として、重要な年度であることから、次の2点を意識して事業計画を策定した。
1つはアフターコロナの事業をどうするのかである。
具体的には、厚生事業審議会答申の着実な実践に向けて、コロナ禍で顕在化した事業環境の変化への対応を行う。3か年計画や厚生事業審議会答申で掲げている「厚生連活動の堅持」に向けて、新型コロナの影響もふまえた経営悪化の防止等に向けた取り組み、保健事業への支援、補助金・助成金獲得に向けた支援など、健全経営支援の取り組みを強化し、最優先で取り組む。加えて、重要課題である地域医療構想や働き方改革への対応などの「制度対応支援」、現行制度で対応できない事業への規制緩和を目指す「制度改正要望」に取り組んでいく。
さらに、それらを下支えする「厚生連職員の教育研修」として、厚生連の経営管理職層向けセミナーや将来の経営管理者育成のための研修を企画・開催していく。
JA全厚連では、各厚生連の事務職員の人材育成に寄与するため、専門的な経営知識や診療報酬関係など、個別の課題ごとの研修を行っているが、新たなニーズに対応するため、随時追加・見直しを行っている。人材育成も事業計画の大きなテーマだ。
また、JA・組合員や地域住民からの認知、理解度を高めるため、広報活動にも力を入れていく。医療法の広告規制等、厚生連の広報活動には一定の制約があるが、効果的な広報資材の作成・活用推進に力を入れる。
厚生連は病院を持つ21の医療事業厚生連と、病院を持たない12の健康管理厚生連があり、それぞれの厚生連に、様々な優良事例がある。令和2年度にそれらの事例を収集して、厚生連間で共有した。参考になる事例は、どんどん活用していただけるよう、優良事例の共有は今後も推進していきたい。
もう1つの特徴は、SDGsへの取り組みである。本会の事業とSDGsへの貢献を明確化するため、事業計画の項目ごとに対応するSDGsのアイコンを表示した。17の目標のうち、「3・すべての人に健康と福祉を」、「11・住み続けられるまちづくりを」など5つの目標が該当している。本会職員一人ひとりが事業計画課題を実践するうえで、SDGsへの貢献を意識することにより、SDGsへの取り組みをJA厚生連グループ全体に浸透させていきたい。
■その中で、制度改正要望の内容は?
新型コロナウイルスの影響は令和3年度以降も続くと想定されることから、制度改正要望については、引き続き自民党議員連盟「農民の健康を創る会」等を通じて国に対して支援の継続を求める要請活動を実施していく。また、医師の確保対策や、診療報酬改定、消費税負担の解消などの要望について継続して訴えていく必要がある。
自民党の「農民の健康を創る会」は、約100名の国会議員を会員とする議員連盟だ。例年春と秋の2回、定例の総会が開かれているが、昨年は2回の幹事会を含め、計4回開催された。会には行政庁の責任者も出席するので、その場で具体的に要望事項を伝えることができる。最近では各厚生連の代表者にも出席していただき、県域毎の実情を直接話していただいている。要望の背景や具体的な話を理解していただくことで、国のスキーム作りに反映してもらう狙いがある。
また、日赤と済生会の代表者にもオブザーバーとして出席していただき、公的医療機関3団体共通の要望として訴えている。公的3団体は、極めて重要な役割を果たしていることから、地域医療を守り育てていくために、今後も引き続き3団体で協力していきたい。
農村部や離島でも先進医療を提供
■ICTの活用について
依然として医師やコメディカルスタッフ(薬剤師・診療放射線技師など)が不足している。それを補完する意味でシステム・ICTの活用は医療界の中で極めて重要なテーマだ。
ICTやAIを活用した新規の取り組みや優良事例にかかる情報収集・共有等を進め、業務の効率化及び質の向上を支援していく。特に、コロナ禍への対応を契機として、マイナンバーカードの健康保険証利用をふまえたオンライン資格確認や、診療時の患者・病院双方の負荷を軽減するAI問診をはじめ、一層のICT等の活用を推進することも盛り込んだ。
厚生連の病院では以前から、農村部や離島でオンライン診療をモデルケースとして実施していたところもある。中山間地もそういうスキームを使えば、先進医療が提供できる。今後の厚生連の事業として、大切な視点のひとつであると考えている。
厚生事業も総合事業の柱
■JA全国大会に向けて
全中が実施した「JAの自己改革に関する組合員調査」で、90%を超える組合員がJAには総合事業が必要と回答していたように、JAグループには総合事業により地域を活性化することが求められている。厚生事業も、組合員や地域住民の健康を守るという役割を通じて、JAグループの総合事業の一翼を担っていきたい。
とはいえ、JAグループ全体でみた場合、厚生事業の認知度や必要性についての意識はあまり高くないように感じている。厚生連が全県には立地していないことが一因かもしれないが、厚生連がない県域においても、組合員や地域住民が安心して医療を受けられ、健康増進につながる活動の機会を得られることは、とても大切なことである。
このため、本会として、厚生連がある県については、総合力を発揮するために県域のグループ内連携を推し進めていただくよう働きかけを行いたい。また、厚生連がない県域でも、介護事業や健康増進活動を行っているJAは多いことから、JA全中とも連携を図り、厚生事業がJAの総合事業の大きな柱であることを訴えていきたい。
その活動の一環として、女性部や青年部の方々に近くの医療機関で年1回は定期的な健診を受けていただけるよう、JA全国女性協やJA全青協と連携して、大会・会議等で健康増進活動や健康診断の受診の必要性について啓発していただく取り組みを始めている。
農家の所得を上げていくためには、健康は必要不可欠な条件である。JAの皆様には、地域の様々な組織と連携して、組合員・地域住民の健康増進に取り組んでいただきたい。JA厚生事業としてそのお手伝いができるよう、様々な取り組みを行っていきたい。
〈本号の主な内容〉
■このひと コロナ禍への対応状況と令和3年度事業計画のポイント
全国厚生農業協同組合連合会
代表理事理事長 中村 純誠 氏
■令和元年農業・食料関連産業国内生産額は118・5兆円 うち農業は1%減の10・8兆円
■第4次食育推進基本計画を決定=農水省
■コロナ禍農業景況GIは大幅に悪化=日本政策金融公庫調査 担い手農業者の設備投資マインドは高い水準を維持
■輸出拡大戦略の進捗を議論
農林水産物等輸出拡大閣僚会議で
■「契約栽培米多収コンテスト」の受賞結果を発表=JA全農
■「国産有機サポーターズロゴマーク」を決定=農水省
■清水建設、みずほ銀行、農林中金が建設業界初、SLLで資金調達
■新人職員研修にも役立つ子ども向け教育組合学習企画をスタート=家の光協会