農業・農村の課題と新潮流
農林水産省
農村振興局長
青山豊久 氏
わが国の農業・農村を巡る環境は昨今の世界情勢も受けて、その変化をさらに加速させ、質的にも大きく変わってきている。農業・農村の新たな潮流と対応方向について、この6月農水省農村振興局長に就任した青山豊久氏に聞いた。
地域の維持・活性化は各省共通の課題
■農村振興への想いから。
5月末の愛知県での明治用水の漏水を契機に、改めて農業農村整備は歴史の上に成り立っていることを実感した。明治用水は江戸時代から地域の有志が全財産を投入して造成しようとして破産、明治に入ってようやく、荒野を豊かな大地に変え住民の生活を大きく変え感謝された。今でいうイノベーションであった。
農村振興の仕事は、私の役人人生の原点とも言える。入省間もない平成2年から高知県梼原町役場に2年間出向したとき、千枚田の保全にオーナー制度を発案し、町の地域自然循環型政策の契機となった。地方に住み続けたい、住んでみたいと思ったとき、所得の確保が大きな課題となる。例えば、地元の人達がいろいろな産品を作り直売所に都会の人に来てもらい買ってもらうことで収入の途が増え、そこに住み続けることができる。農村振興にはそうした工夫が必要だと思う。
今、地域で暮らす人が減っていくなかで、集落や生活を維持することが難しくなっているが、この対策は農水省だけではなく各省の課題でもある。農村RMO(地域運営組織)は、地域の維持、活性化へ各省が協力して取組もうと農村振興局が声かけをしている。これからの中山間地の課題解決に向け、非常に有効な取組みになると思っている。
美味しい・高品質の先の付加価値を追求
■農業・農村が抱える課題認識は。
農産物の付加価値を上げていくことだろう。これまでのように、美味しいものを作ることを目指すことも当然だが、その先の付加価値をいかに付けるか。引き続いての農政のテーマだと思う。
今、ウクライナ危機やコロナで、生産資材が高騰し、人の移動が止まり、消費が落ちて、経済が非常に厳しくなっている。難しいタイミングだが、こうした時こそ、より知恵を絞っていく必要がある。
また、地方の暮らしを再評価する人達の志を上手く捉えて受け皿を創ることも重要だ。その人達の力も借りて農村と農業生産を維持していかなければならない。
農業農村整備事業の中では国土強靭化が謳われている。気候変動で豪雨などの災害が激甚化しているなかで、農村は一般住民との混住化が進んでいる。農業用施設の雨水の処理が許容量を超えてしまい災害に繋がるケースもある。農業施設が危険なものと化さないようにしなければならないことも最近の課題だ。農地面積が減少し一般住民と一緒に住むような地域では、水利施設の管理等を分担し治水の役割を果たすことも、改めて求められているのではないか。
こうした顕在化してきた課題に農業農村整備事業は取組んでいかなければならない。農研機構の農村工学部門では、地域全体の水管理のあり方についてICTの力を活用して取組み始めていたが、実際の現場で検証していくことも期待される。
都会の人が訪れたい施設を増やす
■都市農村交流の潮流は。
都市と農村の交流の活発化も農村振興の大きなテーマで、地域行政等も農泊や道の駅などの推進に力を入れている。コロナ禍でのテレワークの普及で場所を選ばず仕事をするスタイルも拡がり始めている。そこで、都会の人達が訪れた時、いい施設だなと思われるような、施設を増やしていくことも重要だ。小学校の廃校を農家の人が借りてカフェにしたり、ワーキングオフィスに転用したり、自然豊かななかで気が利いていて楽しいな、と思われるような施設を運営している例を知っているが、こうした取組みが、農村に人を呼び込み、最終的に農村での所得向上に繋がるのではないか。
環境配慮への努力に適正な対価を
■「みどりの食料システム戦略」について。
私は、食の安全に興味があり農水省に入り、若い時分は有機農業グループの勉強会にもよく顔を出していた。当時は、あまり焦点が当てられていなかった有機農業に、これほど消費者のみなさんの好意的な視線が向けられるとは思ってもみなかったし、国が積極的な推進施策を打ち出すことになったことには隔世の感がある。
「みどりの食料システム戦略」では、農水省の組織全体が連携し、有機物を増やし化学肥料・農薬を減らす農業生産の方向に取組んでいくことになる。
土地改良などでも、バイオカーボンを農地に貯留したり、自動水管理で水田の中干し期間を伸ばしメタンの発生を減らす取組など、「みどり戦略」にそった運用がこれからの前提になってくるだろう。こうした個々の取組努力も消費者に訴えていくことが必要になってくる。
今は、モノの価格が上がり食料消費も安い物に目が向きがちだが、環境への配慮に手間をかけた農産物が、その価値に応じた適正な価格で購入してもらえるような世の中にしていかなければならない。
想定していなかった時代変化に対応を
■食料・農業・農村基本法の見直しが叫ばれているが。
23年前、大臣官房企画室に在籍していた当時、「食料・農業・農村基本法」と最初の「基本計画」づくりに携わった。それまでの「農業基本法」は、日本が経済発展の入口にあり、都会に人が足りず農村には過剰な労働力があった昭和36年に制定された。都会に余剰労働力を移すことで経済発展を促し、人が減った農村では規模拡大し生産性を上げる。経済が発展すれば消費が伸びるであろう畜産物や果実への転換を進めるような構図でつくられた。
それから38年。食料自給率が4割となり農村人口も減少した平成11年、新たな基本法として「食料・農業・農村基本法」が成立した。農業だけを見ていれば済んだ基本法の時代から、食料や農村にもウイングを広げて考えなければ農業の継続が難しい時代となったということだ。
さらに時代が進んだ今、この基本法の見直しの機運がある。これほど食料や肥料原料の輸入が心配される時代は誰も予測していなかった。気候変動や脱炭素への潮流も想定していなかった。世界情勢の変化もよく見ないといけない。輸出の強化や地球環境に配慮した農業生産活動も、新しい時代の視点として盛り込まれる必要があるだろう。
〈本号の主な内容〉
■第2次岸田改造内閣 新農林水産大臣に野村哲郎氏
■このひと 農業・農村の課題と新潮流
農林水産省農村振興局長 青山豊久 氏
■JA共済連 令和3年度の取組みと成果
7月28日に第46回通常総代会
■家の光協会の読書ボランティア関連講座
■JA全農 中期計画 のポイント
〇総合エネルギー事業
JA全農 総合エネルギー部 土屋敦 部長
〇畜産・酪農事業
JA全農 畜産総合対策部 高橋龍彦 部長
畜産生産部 遠藤充史 部長
酪農部 深松聖也 部長
■クローズアップインタビュー
系統信用事業の人材育成 その目指す姿
㈱農林中金アカデミー 代表取締役社長 宮治仁志 氏