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日本農民新聞 2022年3月5日号

2022年3月5日

アングル

 

獣害対策の基本

~イノシシを中心に~

 

農研機構

畜産研究部門
動物行動管理グループ

竹内正彦 氏

 

 農作物に対する鳥獣害は、懸命の対策にも関わらず高止まりが続いている。どのような対策が有効なのか、JA全農は昨年「鳥獣害対策セミナー」を開催した。農研機構の竹内正彦氏は、「イノシシを知って正しく怖がる」というタイトルで獣害対策の基本的考え方について講演した。


 

動物は慣れる 食と住は不可欠の視点で

 イノシシの被害に困っている人は、とにかく捕ってもらうしかないと行政に抜本的な対策を望むとともに、手の施しようがないから補償してもらえばいいと諦めムードもある。そのように人任せになるのは、どうしたらいいかはっきりわからないから。現場で何が起きようとしているのか。原因はなにか。どうしたらよいのか。この3つを知る必要がある。

 まず、たとえ野生でも、動物は「慣れる」。そして生きていくためには「食と住が必要」。この2つの視点を覚えておいて欲しい。

 「慣れる」…初めはどんな対策でも効くが、それは警戒心から。においや音、光などによる対策も、慣れたらなんでもないことが分かる。するとその先に餌があることまで覚えて被害が増える。

 「食べる」…イノシシはすぐに跳ぶのではなく、慎重に跳ぶことが試験で分かった。本当は跳ぶより潜りたいが、どうしても食べたいときは安全ならば跳んででも入る。彼らは生きるために常に餌を探している。作物は通常手に入らない最高の餌であり、ひきつけられる。

 

集落、里山で餌やりをし 食べ放題の現状

 鳥獣害はなぜ増えたか。かつて50万人いた猟師は半減したが、イノシシの捕獲数は近年大幅に増えている。イノシシは1産4仔程度で年に1回しか産まない。繁殖力が理由で増えているのではない。餌があり生きやすいからだ。年2頭育って、親が死ななければ翌年には倍になっている。食べさせなければ、繁殖を抑え生存を厳しくさせる。特に、冬場の餌を絶つことが肝心だ。食物条件の厳しい冬や夏に野生動物が栄養豊富な餌が食べられるとしたら、若い時から産み、仔も死なず、自分も長生きできる。動物を増やす条件がそろっている。

 農村では、生産に結びつかない放任された柿や栗、未収穫物、残さが目につく。家庭菜園で集落の味を覚える。冬期の畦や水田の雑草さえも立派なごちそうだ。

 現状では食べ放題で、集落や里山で餌やりをしているのと同じである。動物は隙を窺っている。こちらが何もしなければ、来て良いと言っているのと同じことになる。

 

慣れさせないために 警戒心を利用

 まずは、慣らさないために、警戒心を利用する。電気柵を張る、花火などで直接おどろかす、草を刈る等の対策で、食べさせない、安心して住めない、生きにくくなるようにする。

 住みかを奪う草刈は有効だ。藪は休み場、ねぐら、餌場になる。昼間から隠れることができ、農地ヘは一直線の通路。この薮を、刈り払って姿をさらさせると警戒して出にくくなる。

 ポイントは、攪乱と潜み場所の除去である。においや光、音も使いようだが、それに慣れた時には被害を誘発する。変化させることが大事だ。

 防護柵も、既存の資材を撤去せず〝足し算〟で張っていく。昨日と違うことは動物には恐怖。だから「心理柵」としての工夫も活きてくる。

 水田では、トタンや網など既存のものがあれば極力利用し、これからであれば電気柵を使う。

 すでに電気柵がある場合は、碍子の向きや舗装道路からの支柱の距離など、張り方を点検するとともに、高さ20cmと40cmの2段張りにする。日頃の管理が大事で、見回り、漏電やゆるみのチェック、草の管理のほか、昼間の通電も徹底する。コストに見合う作物、小面積の耕作地、草の管理などが難しい農地では、ワイヤーメッシュ柵を設置する。

 どんな強固な防護柵でも、放置すれば突破される。補修・管理が大事だ。改良の工夫もここから生まれる。管理できる規模を見極めて設置する必要もある。動物は農地に入れなくなったとき、ワナにも入る。

 

JAは「獣害対策サポーター」の役割を

 鳥獣害対策は順番が大事である。まず、みんなで勉強する。何が餌付けなのか、何が人慣れさせるのか、集落全体で知る。対策しない人が動物に新たな学習の機会を与えてしまう。

 次に「守れる集落へ変身」する。餌付け、人慣れの要因を少しでも取り除くことで、野生動物を呼ばない集落にしていく。

 そして「追い払い」をすることで、簡単には食べられないことを学習させ、「柵で囲う」。自分で作る柵は自分で管理を可能にする。被害を起こす個体が「捕獲」できると良いが、やみくもに駆除しても被害は減らない。野生動物を呼ぶ原因を除去しないと捕獲も進まない。

 対策は、人任せにはしない。集落住民自らが行える方法で行うことがカギだ。鳥獣害を起こす問題をみんなで減らすための対策に、合意形成の場を持つことが重要である。小さな対策からでもみんなで始めていく。「自ら」「直ちに」が大事。後回しにしない。

 この方針で集落が対策に取組めるようにするため、これを支援する「獣害対策サポーター」の役割をJAが担うことが望まれる。

 

人間の行動を変えることで回避は可能

 鳥獣害は、人間との軋轢の問題である。その回避は人間の行動を変えることで可能である。食べられない状況、安心して住めないような状況をつくっていくことはできる。それが最も有効な鳥獣害対策である。


〈本号の主な内容〉

■アングル 獣害対策の基本~イノシシを中心に~
 農研機構 畜産研究部門 動物行動管理グループ
 竹内正彦 氏

■令和4年産米をめぐるJA全農の対応
 〇JA全農 米穀生産集荷対策部長
  金森正幸 氏
 〇JA全農 米穀部長
  山本貞郎 氏

■イチゴの病害虫とその防除対策
 静岡県農林技術研究所 植物保護・環境保全科 主任研究員
 高橋冬実 氏

■クローズアップインタビュー
 協友アグリ(株) 代表取締役社長
 安藤敏 氏

蔦谷栄一の異見私見「みどり戦略を“本来”の農業への回帰運動に」

 

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