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〈蔦谷栄一の異見私見〉新型コロナが問う “生命”への謙虚さ

2020年5月15日

 新型コロナウィルスは依然として猛威をふるっており、医療関係者の身を挺しての奮闘と、政府や自治体による緊急対策によって、かろうじてパンデミックに陥ることは回避されている。しかしながら予断を許さない状況がまだしばらくは続くことになりそうだ。安倍政権や政府による対策には批判も多いが、最悪の事態は回避されており、緊急対策という意味では、その努力は評価したい。しかしながら意識の大半を占めているのは経済問題であって、経済問題が深刻であり、経済が破綻しかねないぎりぎりのところまで追い込まれつつあることはそのとおりであるが、経済が回復すればいいという問題なのではまったくない。
 新型コロナウィルスは未曽有の経験であり、基本原因について特定されるには至っていないものの、こうした事態が今後も発生する可能性は高いように思われてならない。さまざまな論評が交錯するが、筆者の思いと同様の見方を提示しているのが、4月13日の毎日新聞夕刊で紹介しているイタリア人作家パオロ・ジョルダーノである。外出制限下でつづったエッセー集『コロナの時代の僕ら』を緊急出版しているとある。彼の発言を引用しながら「ウイルスは〈環境破壊が生んだ多くの難民の一部だ。(中略)新しい微生物が人間を探すのではなく、僕らのほうが彼らを巣から引っ張り出している〉。ウイルスを引っ張り出したのは、野生動物と人間の接触であり、その一因に〈ますます頻繁になっている豪雨と干ばつの激しく交互する異常気象〉があり、その原因は温暖化による気候変動だ、と自説を展開する」とある。人間による開発行為が森の多くを切り払ってしまい、森の中で生息していたコウモリ等が生息することができなくなって人間世界に飛来するようになり、人間と接触することによってウイルスの侵入を招いた。この人間による森林破壊、自然崩壊を象徴するものこそ気候変動であり、その結果としての異常気象だ、と語っているものと理解する。
 このように新型コロナウィルス発生の根本原因が、人間による過度な経済行動による自然崩壊にあるとするならば、根本に戻って自然との共生関係を回復させていくしか解決の途はなく、自然と調和できる経済への再構築を前提とするしかない。パンドラの箱はすでに開けられてしまっているのであり、新型コロナウィルスが終息をみても、根本原因そのものを除去しない限りは、悲劇が繰り返されるだけでなく、悲惨の度を加速させることは必至だ。
 これまで資本の論理に巻き込んではならない社会的共通資本の重要性についての訴えが繰り返され、SDGsや温室効果ガス排出規制の取組等の動きはありながらも、政府も経済界も、そして国民自身も、あくまで他人事としてファッション的にしか受け止めてこなかったのではないだろうか。今問われているのは〝生命〟の問題である。生命について科学が解明できているのはごく一部でしかない。科学が生命との因果関係を明らかにしていくことはほぼ不可能であり、人間の謙虚さが必須とされるところだ。時代は新型コロナウィルス問題を生命の問題として受け止め、国をあげて腹をくくっての毅然とした対応を求めている。
(農的社会デザイン研究所代表)

日本農民新聞 2020年5月15日号掲載

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