日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2024年4月25日・5月5日合併号

2024年5月1日

アングル

 

JA全農
令和6年度事業がめざすもの

 

JA全農
代表理事専務
安田忠孝 氏

 

 JA全農は3月26日の臨時総代会で、令和6年度事業計画を決定した。4年度からの中期計画の最終年度の取組みのポイントを、5年度事業と事業環境を踏まえながら、全農の安田忠孝専務に聞いた。


 

まず、年初に発生した能登半島地震への対応から。

 この度の能登半島地震で亡くなられた方々や被災された方々に対し、心から哀悼の意とお見舞いを申し上げます。

 我々も発生当日に対策本部を立ち上げ、石川県本部をはじめ現地からの情報を収集するとともに、グループ会社と連携し、食料や水など生活必需品の支援や、ガソリンスタンドやLPガスなどの生活インフラの復旧、米穀倉庫のはい崩れの復旧対応の要員派遣などを進めてきました。例えば畜産酪農においては、水の供給がストップしたことから、全農物流が牛乳配送用のローリー車を現地に派遣し、それに水を積み込んで畜舎まで運びました。このようにグループ会社の協力により、迅速な対応が可能になったと思います。

 しかし、農業の再建はまだまだこれからです。現地の実情に即した支援を地道に行っていきたいと思います。

 

事業環境変化を踏まえた具体策を実践

今期中期計画の2年度目である5年度事業を振り返りながら、6年度事業のポイントを。

 中期計画では、「生産振興」「食農バリューチェーンの構築」「海外事業展開」「地域共生・地域活性化」「環境問題など社会的課題への対応」「JAグループ・全農グループの最適な事業環境の構築」の6つの全体戦略を掲げ、「持続可能な農業と食の提供のために〝なくてはならない全農〟である続けること」を2030年の全農グループのめざす姿とし、これらを着実に進めています。

 5年度は地政学的リスクの高まりや資源価格の高止まりなどの事業環境の変化を踏まえ、対応する具体策の追加・見直しを行い実行してきました。6年度においても直近の事業環境の変化に対応した取組みを行う必要があります。

 

低コスト資材の提案、生産性向上技術の普及

事業戦略別に、取組みの成果と課題、昨今の事業環境を踏まえた取組み方向を。まず、「生産振興」から。

 生産現場では、慢性的な労働力不足に加え、依然として高水準な生産コストが農家の経営を圧迫しており、離農の加速が懸念されます。そのため、労働力支援や生産コスト低減に向けた取組みがより一層求められます。

 労働力確保のための農作業請負等の取組みは、全国的に組織的に展開できるところまで定着したのは大きな成果です。それでも産地の労働力は不足していることから、次の段階では農福連携や「91農業」の推進などで、農業関係人口の増加に向けた取組みを展開していきます。

 生産性の向上では、スマート農業技術の「Z-GIS」や「ザルビオ フィールドマネージャー」等の普及も進みました。しかし、まだ一部の生産者での導入に留まっている状況です。デジタル技術は、今の限られた人的資源でも生産力を上げることのできる技術として非常に期待しています。

 生産コスト低減に繋がる肥料や資材の提案、「ゆめファーム全農」をはじめとした全農の実証農場で確立した技術の普及に向けた取組みを強化していきます。

 

消費地への物流体制・インフラ整備

「食農バリューチェーンの構築」に向けた取組みでは。

 この4月からの改正労働基準法適用開始に伴い、農畜産物の運べないリスクが懸念されるなか、我々は一貫パレチゼーションや米の統一フレコンの普及、青果物の中継基地設置などに取組んできました。また、モーダルシフトの実践として、昨年から米専用列車「全農号」の運行や、企業と連携したラウンド輸送の取組みを展開し対応してきました。今後も法律施行後の不測の事態に備えた対応策も検討しながら、さらなる供給体制の強化に取組んでいきます。

 一方、これらの取り組みによる物流コストの上昇や生産コストの上昇を反映した国産農畜産物の価格形成ができていません。これを誰かが負担するのではなく、持続的な食の〝循環〟のためには、社会全体で必要なコストを分かち合うのが正常な姿だと思います。全農は生産から流通、販売まで、食のシステムに多くの部分で関係していることから、それぞれにこの主旨を理解いただく努力をしていかなければなりません。

 新しいCMでは「食べることが一番の応援」というメッセージを伝えています。生産者が作ったものをしっかり食べて再生産に繋ぐのが、本来の食の循環ですが、今は消費の段階で選択肢が非常に広く、そこに需給のギャップが生まれ、産地廃棄や価格下落が発生しています。価格形成という意味では、我々の仕事のなかで需給調整がこれまで以上に重要になってくると思います。鮮度保持や保管等の技術を産地や流通段階はじめ消費地でも取り入れながら進めていけば、これから出来ることは多いのではないかと思っています。

 国産農畜産物の消費拡大をさらに進めるとともに、食品メーカーや流通企業と連携して消費者ニーズに合致した商品を開発し販売拡大を進めています。年間140品目ほどを開発しそれぞれ取扱いを伸ばしています。新設したパックごはん製造施設も本格稼働しました。

 これからは単に〝良い商品〟の開発だけではなく、協力メーカーを含めて季節感や特定のテーマに基づく商品展開を進めるなど、より戦略的、計画的な商品開発を進めていきたいと考えています。

 

海外原料の安定調達・確保最優先に

「海外事業展開」では。

 国際情勢の緊迫度が増し、肥料や飼料原料の調達はますます重要になっています。中期計画策定当初は想定し得なかった逼迫した事態になりました。しかし、長い間に培われてきた輸入仕入先との信頼関係により、我々の要請に対しご理解をいただくことができ、安定調達を行うことができました。併行して調達先の多元化にも取組み、我々のサプライチェーンは一定の評価をいただけたと思っています。

 しかし、調達価格については高くならざるを得ないことから、その対策として、より効率的な施肥をはじめ低コスト化に向けた提案をしてきました。海外の原料に頼るだけではなく国内資源をこれまで以上に有効に使うことが必要であり、堆肥との混合肥料や下水回収りん等を原料にした肥料の開発・普及を進めています。

 国際情勢の不透明感をひしひしと感じるなか、例えば不測の事態が起きた時の代替手段の検討など、いまのサプライチェーンを見直さなければならないと考えています。

 我々としては、生産者が必要なものを必要なだけきちんとお届けすることを最優先とし、次に出来るだけコストを下げる。さらに、日本の農畜産物がそのようにして生産されていることを消費者に理解いただく。この一連の取組みを続けていくことが、持続可能な農業のために必要なことだと思っています。

 併せて、国内生産基盤維持に向けた輸出事業拡大へ、輸出産地づくりも引き続き支援していきます。〝ニッポンの棚〟を海外に作りたいと考えています。海外実需者ニーズや輸出国の規制などを踏まえた輸出産地づくりを推進していきます。

 

持てる資源組合せ暮らしやすさ提供

「地域共生・地域活性化」のポイントは。

 地域のくらしは農業の生産基盤ですから、地域の暮らしをもっと魅力的で住みやすいものにしていかなければなりません。しかし、中山間地など都心から遠いところほど人口の減少は激しく、それに伴い社会インフラも縮小し深刻さを増しています。地域活性化は緊急性の高い問題です。

 住んでいる方々の暮らしやすさの提供のために、我々の持っている資源を組み合せてどのようなサービスが提供できるか。いろいろなトライ&エラーを繰り返しながら取組んでいかなければなりません。それぞれの地域に根差したJAグループ組織の役割は、これまで以上に重要になっています。

 

グループ全体の温室効果ガス排出量計測も

「環境問題など社会的課題への対応」は。

 事業者として脱炭素を推進するなど、環境問題への対応が必須の状況となっているなか、生産現場の実態に基づいた「グリーンメニュー」の実践や国内肥料資源の活用、地域循環型農業の取組み強化など、環境にやさしい農業の実現を目指した取組みは着実に進んでいます。

 6年度は、環境に配慮した農畜産物生産技術の開発・普及をさらに強化するとともに、全農グループ全体の温室効果ガス排出量を計測するなど、脱炭素化への目標を示すところまで進めていきます。

 

人的資本を大切にする経営体制へ

「JAグループ・全農グループの最適な事業体制の構築」に向けては。

 JAの現場は、事業に携わる職員が不足し深刻な事態にあり、業務の効率化は避けて通れない課題です。DX戦略の実践を通じた生産資材の受発注や青果物の集出荷等のシステム開発・普及など営農・経済事業への支援を強化します。一方で人的資源が不足してくるなか、全農そのものが人的資本を大事にする経営体制のための制度設計をすすめます。

 グループ会社の再編整備や資金調達コスト低減、情報共有・活用の強化など、全農グループ全体としての経営資源を有効に活用しなければなりません。

 飼料会社の広域合併による飼料事業の強化を進めてきましたが、この4月1日に全国の広域飼料会社5社が合併し「JA全農くみあい飼料㈱」がスタートしました。青森から熊本までの43都府県を営業エリアとし、年間450万t超の配合飼料を供給する国内№1の飼料会社が実現しました。合併のスケールメリットを活かし、取組めることは多々あると思います。まずはその態勢づくりに注力し、機能をさらに高度化し生産者の事業支援に取組んでいきます。

 Aコープ会社も事業競争力強化に向けた再編整備に取組んできました。4月1日に、東日本、近畿、西日本のAコープ3社が合併した「JA全農Aコープ㈱」が発足しました。これにより165店舗を擁する規模となりましたが、スーパーマーケット業界では、まだ中位クラスであり、JAグループの店舗としてどのような独自性を出していけるかが、今後の勝負どころとなってくると思います。

 アグベンチャーラボを介してのスタートアップ企業と本会事業との関わりも少しずつ生まれてきています。人材育成の観点で企業に出向させてスタートアップの仕事を体験する取組みも始めました。この職員たちがゼロから仕事を立ち上げるというこれまでにない経験と価値感を持ち帰り、全農のなかで新しい仕事ができるようになることを期待しています。

 この間、広報活動を通じて全農グループへの認知度が高まっていると実感しています。それを活かして全農から発するメッセージが、例えば消費者の行動変容や組合員のJAに対するエンゲージメントに繋がっていくよう、発信力を強化していく必要があると思っています。

 

計画の先にあるめざしたい姿を大切に

次期中期計画に向けた考え方は。

 3年前に打ち出した2030年のめざす姿を、これまでの3か年計画の進行状況も踏まえて再確認をする必要があると考えています。2030年のめざす姿に対する我々の現在の立ち位置を理解した上で、新たな計画の検討を始めているところです。

 計画はめざす姿と現在地を確認する有効なツールです。それをどう活用していくか。出来ることを計画するのではなく、むしろその先にあるめざしたい姿や、見てみたい風景等を重視し、それを基に計画を検討していきたいと思います。


 

〈本号の主な内容〉

■アングル
 JA全農 令和6年度事業がめざすもの
 JA全農 代表理事専務 安田忠孝 氏

■JA全農 令和6年度事業計画を決定
 6つの全体戦略達成へ具体策
 変化する事業環境に対応

■令和6年度 農業倉庫保管管理強化月間
 4月15日~6月30日 農業倉庫基金、JAグループ、JA全農
 「保管米麦の品質保全とカビ防止・防虫・防鼠」
 「保管米麦の水害事故の防止」
 「自主的衛生管理の実行」を重点に徹底

■農中総研フォーラム
 食料安全保障と不測時対策
 ~いざという時の備えと法制化~

■かお
 アグリビジネス投資育成㈱社長に就任した
 堀部恭二 さん

行友弥の食農再論「『機能性』の落とし穴」

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