日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2023年12月15日号

2023年12月15日

農林中央金庫 創立100周年
記念インタビュー

 

農林水産業とJAグループの未来に向けて
農林中金の果たす役割とこれから

 

農林中央金庫
代表理事理事長

奥和登 氏

 

 1923(大正12)年12月20日に「産業組合中央金庫」として設立した農林中央金庫(1943年に改称)は今年、創立100周年となる。農林水産業とJAグループの未来に向けて、同金庫の果たす役割とこれからについて、代表理事理事長の奥和登氏に聞いた。


 

100周年は〝通過点〟 次の時代への種まきの節目に

創立100周年の節目をどのように捉えていますか。

 企業や組織は持続性・継続性が前提ですので、その意味では100周年はあくまでも〝通過点〟だと思っています。とは言え、これを大きな節目、通過点として、これまでの行動を振り返り、これからの行動をしっかり考えていく機会にしていかなければなりません。

 よく〝竹は節目で伸びる〟と言われますが、その節目の時点で組織や職員がいかに考えて、いかに行動を変えたかによって、節ができるのだと思います。

 この100年、事業を取り巻く外部環境は大きく変わってきましたし、職員の感受性や仕事に対する考え方も相当変わっています。

 その変化をしっかり受け止めて次に繋げていくためには、できる限り農林水産業の現場に立ち、「なぜ100年間、皆さまに支えられながらやってくることができたのか」、そして「この先どのように農林水産業者や会員、取引先や地域社会などをはじめとしたステークホルダーの役に立つ存在になっていくのか」、を役職員皆で考え、次の時代に向けての種まきをしっかりやっていく、ということだと思っています。

 

「存在意義」再確認へプロジェクト

そのために、「My パーパスプロジェクト」を立ち上げたそうですが。

 何のために、誰のために働くのか、その存在意義(パーパス)を再確認するきっかけの提供を目的とする取組みです。私達が掲げる存在意義を役職員それぞれが、自分事と位置づけ、本来の業務に加え食や農、人や環境、地域や社会のために様々な活動をする取組みです。

 例えば、手上げ方式で農家に出向き農業現場のお手伝いをする「JA援農支援隊」は㈱農協観光の事業ですが、農家の方の「猫の手」となり少しでも役に立ちたい、という思いで積極的に参加しています。

 ただ、この取組みの意義はそれだけではなく、参加する職員にとっても、農林水産業の現場を肌で感じることができます。このため、施策や業務について、よりリアリティをもって検討することができるようになり、職員の成長や挑戦の機会になると思います。

 このほかにも、この取組みを通じて、都市と地方のギャップを埋めるため、首都圏から地方への流れを少しでもつくりたいという思いもあります。農林中金だけではなく、取引先等にも参加していただいており、その結果として地方や農林水産業を身近に感じてもらえれば、とも思います。その結果として、ステークホルダーとの新たな関係性が生まれるのではないかと期待しています。

 

農林水産業の維持・発展に強い思いで

これまでの100年を振り返って。

 農林中金の役職員は、農林水産業の維持・発展に強い思いをもって業務にあたってきました。また、農林水産業を支えているのは何といっても現場を支えている農協、漁協、森林組合をはじめとした会員の皆様ですので、会員組織が持続性を高めるためには何をすべきか、という観点でも取組みを進めてきたと考えています。

 1923年に関東大震災が発生し、その混乱のなかで農村に営農資金が不足したときに、その提供を目的に「産業組合中央金庫」が産声をあげましたが、その思いが今日まで営々と積み重ねられてきました。

 100年の中では、時には新自由主義で「食料は外から買えばいい」という風潮が優先する時代もありました。しかし、今の時代、国が独立して存続していくためにも、やはり国の存立基盤である食料の安全保障政策が土台にならなければならないと考えられるようになってきています。奇しくも100年前と同じような環境が回ってきたような気がしています。

 一方で、農協組織は、全国に数万あった農協が、経済対策のために合併するといった厳しい時代もありました。そうした過去の歴史のなかで、農林中金は農林水産業者を支える基盤としての農協をはじめとした協同組合組織がいかに支えあい、機能を発揮していくか、会員とも連携して意を尽くしてきました。

 2011年の東日本大震災では、人々の生活が壊れ、営農や漁業の再開の目途が立たない時に、組合員のくらしを支える農協や漁協の経営基盤再構築に、農林中金は資本対策の検討や人材派遣などを通じて対応してきました。2011年の対応は、農林中金の農林水産業や会員に対する姿勢を表している一つの象徴的な取組みだったと思っています。

 

所得増加、環境対策、会員の経営確立

現在の環境認識は。

 環境変化の幅は、どんどん大きくなりかつスピードが速くなっています。この先もこれまで以上に環境変化は進むでしょう。そうした中でも、人が生きている以上は絶対に食べ物が必要です。JAグループが世の中に提供できる最大の価値は、この〝食〟をきちんと国民・消費者に届けることです。農林中金はそれに対して金融面からのサポートを追求していかなければなりません。

 〝食〟を届けるためには、3つの必要なことがあります。

 1つ目は、農林水産業自体を、魅力があって後継者ができるような環境にしていくことです。だからこそ、私達は農林水産業者の所得が少しでも増えるように取組んでいきます。

 2つ目は、気候変動対策、環境問題への取組みです。今年も気候変動を感じる1年でしたが、グローバルな気温の上昇を考えていくと、放っておくとさらに厳しい状況が予測されます。農林水産業をきちんと営むためには、環境問題に先陣を切って取組まなければなりません。会員とも連携しながら、二酸化炭素の吸収や排出を抑えるような農法も含めて取組みを進めていかなければ、安定的に食を提供していくことができなくなります。

 3つ目は、農林水産業や地域を守っておられる農協や漁協、森組をはじめとした系統組織の経営をより持続的にしていくことです。このための運営上のサポートはしっかり取り組んでいきます。

 この3つの取り組むべき課題に向けて、農林中金は金融面、非金融面から汗を流していきます。

デジタル化の流れに対しては。

 少子高齢化のなかでの労働力不足に対しては、ロボットやAIなどによるスマート化・省力化がますます重要になってきます。私達は、JAグループとして「アグベンチャー・ラボ」という食農分野でのオープンイノベーションの実現を目指すラボを立ち上げ、テクノロジーの開発を後押ししています。

 道具は使いこなすことで価値を発揮します。業務面においてもデジタル化やDXには徹底して取組んできました。デジタルを使うことにより、従来の仕事の仕方も変わって時間も生まれます。逆に時間を生むために使わなければなりません。机上の時間を減らし現場に出るという目的のもとで、手段としてデジタルを使いこなす必要があります。

 農協の現場でも同じことが言えると思います。農協の職員は事務所にいるのではなく、あぜ道や畑、農家の庭先にいる時間を増やせるよう支援していきたいと思います。費用も時間もかかりますが、デジタルの積極活用は、大きな課題と受け止めています。

目下の課題とそれに対する取組みは。

 気候変動対策は、世の中の関心の高まりもあり、ここ数年取組みが本格化してきたと感じます。農林中金の役職員もそこにかなりの価値を見出しており、一定のリソースを置けばある程度自走的に拡大していくものと思っています。

 また、農業を礎とする金融機関として、以前は農業融資のシェア拡大に努めてきた時期もありましたが、農業融資の残高は、農業支援の取組みの結果としてついてくるものであり、残高を追い求めることが本来の目的ではありません。

 どのようにすれば生産者の所得が向上するかを一緒に考え、時にはコスト削減策や販売先・商品開発の提案までに及び、その結果として規模拡大や連携等の必要な資金を投資・融資する。最初から融資が目標と言うよりも、あくまでコスト削減、売上げ増による所得向上のための資金需要という考え方です。そのもとで、営農資金を必要とする人に必要な資金が届くように、しっかりと役割を果たしていきます。

 

食料安保と地域の暮らしを支える観点で

明年秋、第30回JA全国大会が予定されていますが、JAグループ全体として考えていかなければならないことは。

 今、食料安全保障が求められている時期に、JAグループとして食料安全保障確立に向けてどのような取組みをしていくのかが問われます。

 〝国消国産〟運動等を盛り上げ消費者に訴求していく一方で、飼料や肥料の国産化の取組みももっと広げていかなければなりません。「みどりの食料システム戦略」と符合しながらの食料安全保障は、気候変動対策も含まれるような取組みになるのではないかと思います。

 また、人口減少時代のなかで地域や地域住民の暮らしを支えるために、農協はどのような役割を果たしていくのかも問われます。

 これらに対しては、各農協はすでにいろいろチャレンジされているので、それをお互いに情報共有し、交流等も含めて個々の取組みをいかに繋げ、広めていくかが大切になってくると思います。

 

「持てるすべてを『いのち』にむけて」

100年の節目に、改めて農林中金が目指す姿を。

 農林中金は「持てるすべてを『いのち』に向けて。~ステークホルダーのみなさまとともに、農林水産業をはぐくみ、豊かな食とくらしの未来をつくり、持続可能な地球環境に貢献していきます~」というパーパスを2021年から掲げています。

 このパーパスを実現・発揮するために「投融資先等の温室効果ガス排出量削減、2050年ネットゼロ」「農林水産業者所得の増加」をはじめとした中長期目標を掲げています。また、この中長期目標を達成するために、「地球環境への貢献」「農林水産業・地域への貢献」「会員の経営基盤強化」「持続可能な財務・収益基盤の確保」「組織の活力最大化」の5つの取組事項を設けています。

 そのために農林中金にはどのような力が必要かを考えますと、まず一つはお預りした資金をきちんと運用し収益を上げていく「稼ぐ力」です。足下では、農林中金にとって厳しい市場環境が続いておりますので、当面は健全性を重視した事業運営を行っていく必要がありますが、中長期的に安定した収益を確保する力が必要です。

 もう一つは、農林水産業者や会員の困りごとを解決するような「課題解決力」があげられます。これには、知識や情報を組み合せた提案も含めたコンサルタントのような力も必要です。

 最後に、そうした力を生み出すためには、農林中金の「組織力」が必要で、そのベースとなるのが「人材力」です。いろいろな考えの人がいてはじめてより良い案が生まれてきます。多様な人が自由にのびのびと業務にあたり意見が言えるような環境をつくっていくことが大切です。そうした環境をベースに職員がいろいろなことに挑戦してみたいと思うことが、自身の成長にも繋がります。

 「稼ぐ力」「課題解決力」「組織・人材の力」。大変厳しい事業環境下ではありますが、これらをより高めていきたいと考えています。

 

変化の積み重ねでさらなる進化を

JAグループ役職員の皆さんへのメッセージを。

 この100年間、いろいろな方々にお世話になりながらここまで辿りつくことができました。リーマンショック時には会員の皆様からのご協力があり、そのおかげでここ十数年、成長することができました。まずは感謝の思いを最大限に表したいと思います。

 そうして育てていただいたご恩返しの意味でも、日々目まぐるしく変わる事業環境のなかで、次の100年もJAグループが“食”を届ける機能を発揮し続けていくために、地球環境対策や農林水産業の発展、農林水産業者所得増加を真剣に考え、それを支えていただいている農協をはじめ会員の皆様の事業運営も様々な形でサポートしてまいりたいと思います。

 そのために、先ほど申し上げた3つの力をこれまで以上に磨き、環境の変化に応じた変化の積み重ねで、進化を続けていきたいと思います。


〈本号の主な内容〉

■新農林水産大臣に坂本哲志氏

■農林中央金庫 創立100周年記念インタビュー
 農林水産業とJAグループの未来に向けて
 農林中金の果たす役割とこれから
 農林中央金庫 代表理事理事長   奥和登 氏

■農林中央金庫 創立100周年に寄せて
 JA全中 代表理事会長       山野徹 氏
 JA全農 経営管理委員会会長    折原敬一 氏
 JA共済連 経営管理委員会会長   青江伯夫 氏
 家の光協会 代表理事会長       栗原隆政 氏
 ㈱農協観光 代表取締役会長
 全国農協観光協会 代表理事会長  櫻井宏 氏
 全国森林組合連合会 代表理事会長 中崎和久 氏
 日本農業法人協会 会長      齋藤一志 氏

■GAP Japan 2023 日本GAP協会が開く
 GAP Japanアワード2023に、コストコホールセールジャパン㈱、徳島県農林水産部畜産振興課
■かお
 JA全中常務理事の福園昭宏 氏
 JA全中常務理事の藤間則和 氏

■新トップに聞く
 三菱UFJニコス㈱ 代表取締役社長 角田典彦 氏

■農林中央金庫 100年のあゆみ

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