日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

日本農民新聞 2023年10月15日号

2023年10月15日

アングル

 

農林中金が取組むサステナブル経営

 

農林中央金庫
理事兼常務執行役員
サステナビリティ共同責任者

北林太郎 氏

 

 農林中央金庫は、サステナブル経営の高度化に向けて、気候変動への対応、自然資本・生物多様性に係る取組みを強化した。農林中金がサステナブル経営に取組む背景と対応のポイントを、担当役員の北林常務に聞いた。


 

産業としての農林水産業へ再構成

持続可能な農林水産業に向けた課題認識から。

 「持続可能な農林水産業」と言っても全体像はイメージしにくく、それだけ課題が広いとも言える。コロナ禍やウクライナ問題など不安定な情勢が続く中、改めて「食」のレジリエンス、安定的な食料の確保の重要性が確認され、農林水産業自体の持続可能性をしっかり高めていかなくてはならないことが究極的な課題となった。「みどりの食料システム法」が制定され、そして「食料・農業・農村基本法」も見直されている今、まずは農林水産業を産業として再構成していくことが、持続可能になるための重要なポイントになると思う。

 生産現場では担い手不足が問題となっているなか、スマート農業等も駆使しながら生産性を向上させる必要がある。生産資材の高騰や海外依存も課題となっている。バリューチェーン全体では、物流の合理化や「国消国産」を含めた消費者の行動変容も課題となっている。農林水産業者の所得を確保しなければ担い手の確保につながらないことから、生産物の適正価格の確保は大きな課題である。

 一方で、極端な異常気象の影響で生産者のみなさんは大変ご苦労されている。また、山村の生態系が乱れているなかで鳥獣被害等の問題もある。気候変動や生物多様性の課題は、間違いなく農林水産業の持続可能性に影響を与えている。こうした課題は、農林水産業だけではなく社会全体、世界全体のものだ。

 片や、農林水産業は影響を受ける立場だけではなく与える立場でもある。農林水産業も広く社会を構成する産業として、こうした課題にしっかり取組むことが、自らの持続可能性を高めていくことになると思っている。

 

農林水産業、地域を支える組織の一員として

農林中金がサステナブル経営に取組む背景は。

 金融機関は、世の中と幅広く接点を持っており、金融というツールを使い様々なお手伝いができるという意味では、社会全体のサステナブルな課題に取組む重要なプレーヤーとして期待されている。

 農林中金は農林水産業、地域を支える系統組織の全国機関の一員であると同時に、60兆円近い市場運用資産を国内外に持つグローバルな機関投資家の側面もある。投資し、リターンを得るだけではなく、社会に責任を持つ一員として何を考えどのような世の中をめざして投資をしているのか、説明責任が問われる時代になっている。海外で仕事をするにあたってもサステナブルな視点が欠かせなくなった。

 この2側面から、他の金融機関と比べて極めてユニークであり、だからこそ、よりサステナブル経営を自分のものとして取組まなければならない。

 

目標対象セクター拡大、融資先と対話活動

気候変動への対応強化策は。

 ステークホルダーのみなさまとともに、農林水産業を取り巻くサステナブル課題を解決していくため、我々は中長期目標を設定し、投融資先等における温室効果ガス削減に取組んでいる。

 具体的には「2050年ネットゼロへのコミットメント」を発表し、同時に国際的な銀行イニシアティブであるNZBA(ネットゼロ・バンキング・アライアンス)にも加盟し、世界の金融機関とも協力しながら取組みを進めていくことにした。

 この削減に向けて、2030年度までの具体的な数値目標を定めた。融資については、とくに温室効果ガスの排出が多いと言われる電力セクターに対して、国際的に広く受け入れられているシナリオや計測手法等に基づき目標値を置くことにし、今後、目標対象とするセクターを拡大させていくことにしている。

 投資の方は、株式・社債に対してまず目標を設定した。そのうえで、投資先、融資先のみなさんとの対話活動にも力を入れている。併行して、取引先企業自らの温室効果ガス削減に向けた投資をしたいというニーズも捉え、サステナブル・ファイナンスなどの金融面でも支援していく。

 中長期目標には、森林由来のCO2吸収量の増加も掲げている。30年度に900万tを目指す内容で、森林組合系統と協力して進めている。農林中金は森林施業をサポートするため、農中森力基金や労働安全性向上対策事業などの助成を行っているが、昨年度には新たに森林クレジットの創出から販売までを支援するプラットフォームを全森連と立ち上げた。クレジット創出を通じて、持続的な森林・林業経営とカーボンニュートラル社会への貢献に取組んでいく。

 当金庫自身の温室効果ガス削減については、一足早く30年度にネットゼロを目指す目標を置いており、各拠点での省エネ推進や再生可能エネルギーへの転換を行い、目標の達成をめざす。

 

30年度までに新規累計10兆円めざす

サステナブル・ファイナンスの目標と現状は。

 中長期目標として、2030年度までの累計新規実行額10兆円を掲げている。足元の実績は21~22年度までの累計で約4・4兆円となっている。

 投資では、「ジェンダー平等」など、世界銀行などが発行するサステナブルに関連したテーマ型債券への投資や、世界最大規模の水素インフラファンドへの出資を行ってきた。

 一方、取引先の環境・社会課題解決に向けた取組みを支援する融資メニューをもっている。サステナビリティ・リンク・ローンやグリーンローンなど、それぞれ目的に合わせながら資金面から融資先の脱炭素をはじめサステナブルな取組みを支援している。

 農林水産業の分野では、サーモンの陸上養殖を行う企業や、温室効果ガス排出削減など環境負荷軽減に取組む農業法人へもGHG計測等の支援とあわせてESGローンを実行している。農林水産業の方々にもそうした支援メニューやローンを提供することで、農林水産業の持続可能性に繋げていきたいと思っている。

 

ルールメイキングに積極的に参加

自然資本・生物多様性へのアプローチは。

 自然資本や生物多様性にどう向き合うかは、地球を構成している人類としての大きな課題になっている。これらは農林水産業とは切っても切れないテーマであり、気候変動対策と同じくらい世界的に避けられない大事な課題だ。

 気候変動対策は欧米を中心とした枠組みの議論がだいぶ先行してしまっている背景があるなかで、自然資本や生物多様性はできれば最初の世界的なルールづくりも含めて、日本やアジアモンスーン地域の歴史的・地理的知恵やこれまでの知見を組み入れながら、ルールメイキングが出来ればよいと思っている。

 当金庫はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース:自然関連のリスクや機会の適切な評価や開示の枠組み)のタスクフォースのメンバーに参加しているが、そうした思いも込めながら議論の場に関わってきた。各々固有の自然資本の状態や生物多様性があり、ルールづくりは簡単に進まない部分もあったが、この9月に開示提言の第1版を公表するところまできた。

 これから企業の取組みや開示なども加速していくと思うが、この経験を活かしながら日本における先駆的な金融組織として知見を蓄え、各金融機関とも共有しながらこの取組みをリードしていきたい。

 そうしたなかで、足元具体的に取組んできたこととして、TNFDが段階的に公表してきた開示手法を用いながら、試行的なポートフォリオ分析に着手した。また2月にはMS&AD、SMFG、DBJと4社でアライアンスを発足させ、この10月以降、企業側の取組み支援を行うツール・メニューを複数提供していく予定としている。

 

知見や経験を共有しJAや県連とともに

JAグループとの連携は。

 農林水産業や地域を取り巻くサステナブルな課題は、生産現場のみなさんに寄り添うJAや県連のみなさんと一体で取組まなければならない。例えば一部の信農連では気候関係の情報開示の取組みを進めており、我々も知見や経験を提供しながら、脱炭素に向けた情報開示の取組みを支援している。また、一部の信連とはシンジケート・ローンの枠組みを通じてサステナビリティ・リンク・ローンに共同で対応している。JAバンク商品でも、協同住宅ローンなどで環境・社会に配慮したローン商品、例えばEV購入を住宅ローン資金使途に含める取扱いを開始しているほか、県域にもよるがLGBTに対応した住宅ローンなどを企画している。

 加えて、スタートアップのみなさんは、こうしたサステナブルな課題に関心が高く、農林水産業分野に貢献したいという気持ちを持っている方が多いので、そうした人達と生産現場のマッチングなどもできればよいと思っている。

 

農林中金〝らしさ〟を「質」にこだわりながら

農林中金のめざす姿に向けて次のステップへの決意を。

 〝持てるすべてを「いのち」に向けて。~ステークホルダーのみなさまとともに、農林水産業をはぐくみ、豊かな食とくらしの未来をつくり、持続可能な地球環境に貢献していきます~〟をパーパスに掲げ、サステナブル経営への更なる実践に舵を切って3年目に入る。「農林中金が積極的に取組むべき課題だ」という役職員の意識は、相当定着してきたと思っている。一方で、課題は幅広く多岐にわたっているなか、どこで何に取組むのか、まだ手探りの部分もある。

 系統組織、農林水産業、地域を基盤とした農林中金〝らしさ〟を、ストーリーとして詰めて、社会に対し、系統組織、農林水産業はサステナブルでも頑張って世の中に貢献していることをしっかり打ち出せるようにしていきたい。

 そのために一つひとつの取組みの質にこだわりながら、生産者や地域のみなさんに寄り添いながら、具体的な取組みを積み重ねていきたい。


 

〈本号の主な内容〉

■アングル
 農林中金が取組むサステナブル経営
 農林中央金庫 理事兼常務執行役員
 サステナビリティ共同責任者 北林太郎 氏

■JA共済連の 防災・減災に向けた取組み
 防災・減災に役立つ機能がJA共済アプリに
 避難場所マップ・洪水ハザードマップ・防災アラートメール

■第18回あぐりスクール全国サミット開く=家の光協会
 「JA食農教育を振り返り、未来を描こう!
 ~『あぐりスクール』で得られたこと、今後めざすこと~」
 JAマインズ(東京)での実践を視察

■イチゴ定植期の病害虫と防除対策
 栃木県農業試験場 研究開発部 病理昆虫研究室
 部長補佐兼室長 山崎周一郎 氏

■総合防除(IPM)の推進について
 農林水産省 消費・安全局 植物防疫課 防疫対策室

■施設園芸新技術セミナー・機器資材展in栃木
 日本施設園芸協会が開催
 10月17・18日 栃木県総合文化センター(栃木県宇都宮市)で
 「施設園芸・植物工場における先進技術と関東(栃木県)の地域農業を支える施設園芸」

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