このひと
施設園芸 現状から今後を考える
絹島グラベル
代表
長嶋 智久 氏
肥料や燃油価格が高騰するなか、寒さ厳しい今冬にあってハウス栽培農家には、「この状況で経営を続けていけるのか」という不安が募っている。特に野菜の販売価格が上がらないことへの危機感が強い。栃木県宇都宮市で「絹島グラベル」ブランドのトマトを栽培する長嶋智久氏は、これまで面積拡大・周年出荷に取組んでいたが、トマト以外の作物を探し、新たな事業部門を立ち上げ、次を目指している。
中玉とミニトマトで周年出荷目指し…
■現在の経営状況から。
2006年パソコン店の技術職を辞し、今作で15作目。ハウス栽培は57a。うちトマトが54a、レモンが3a。父を主体とした水田も3㏊ほど経営している。ハウスは私と妻とパート4人で対応。一時8人いたパートも販売価格の低迷などから減らした。
トマトの半分は中玉トマトで、40%がミニトマト、10%が大玉トマト。品種は中玉で3種、ミニ3種、大玉1種程度で、ほかに試作品種を5~10種毎年栽培している。品種はその時代に応じて選択している。かつては大玉系の「桃太郎」が中心だったが、就農3年目からオランダの中玉トマト「カンパリ」を導入。多収でお客さんの受けもよかったが黄化葉巻病抵抗性をもっていないことから、抵抗性を持った品種をイスラエルから一気に導入し、今では6~7割がイスラエルの品種になっている。
今作までは、通年で切れ目のない絹島グラベルブランドの販売を目指してきたが、昨夏は猛暑で玉が着かずコナジラミの防除も間に合わず失敗した。そこで来作からは、トマトにこだわらず他の野菜も含めた作付を計画している。昨年から試作したキュウリが思いのほか調子がよく、今作では20aほどの作付を考えている。夏場はパプリカも栽培することにしている。トマトに関しては越冬と冬春の作型に絞っていく。トマトハウス16棟のうち1棟だけ成績の振るわないハウスがあり、そこは宇都宮市が推奨しているレモンに転換し、妻の主導で栽培している。
全野研に参加し環境制御に関心
■これまでの運営の方法は?
全野研(全国野菜園芸技術研究会)に参加し、大会の現地視察で先進施設を見学し先輩達の取組みも学び、増収増益をめざした環境制御技術に強く影響を受けた。ミニトマトの多収長期の夏秋採りのために新しいハウスを建て、越冬の中玉は既存のハウスで続け周年出荷をめざした。
しかし、どこの産地も増収に取組み供給過剰となり市場価格が上がらない。ミニトマトは市場出しのつもりで選果機も準備したが底値が続いた。量を採っても叩き売りではブランドを壊してしまうし経営的にもよくないと判断し、経費をかけずに経営をコンパクトにした。
7棟のハウスから出発16棟へ
■ハウスそのものの変遷は?
07年の就農の際、10月定植の冬春作に間に合わせ、間口6.3m×長さ45mのハウス7棟を建てた。ハウスにはウォーターカーテンだけで加温設備はない。そこで大玉トマトを作っていたが、7年ほど後に竜巻の被害を受け、丈夫なハウスをめざして足場管の太いパイプで補強の入ったストロングハウスを導入し、間口7.2m×100mのハウスを建てた。さらに3年後40mのものも建て、ワイヤーだけの内張りに挑戦したが強度的に問題があったためレモン用のハウスに転換した。その次は軒を高くして7.2m×64mを6棟建て、周年出荷を目指してパートの雇用も増やしたという経過を辿っている。
本当に欲してくれる人の分だけで
■販売先は?
高値で安定的に売れれば販売先には拘らない。一貫して売りたくとも生産過剰で市場で値段が付かなければ、直売所、スーパーへの営業など時々に対応せざるを得ない。地元のJAは、生産者手取りが増えるよう直売の専門部署を設け、市内のスーパー内に地元産の売り場を確保してくれているが、JA以外からの荷が集まりすぎて、売り値が下がり他を探した。とにかく作り過ぎはよくない。
生産性向上は収量を上げることばかりではない。コストを圧縮して身入りを増やす必要もある。うちのトマトを美味しい、食べたいと言ってくれる本当の顧客の分しか作らないコンパクトな経営を目指すとしたら、その分で得た収入で食べる経営をするという考えになっている。今はJAルートではない市内のスーパー15店舗と都内のスーパーに出荷している。東京へは運賃がかかるが物価そのものが高いので市内出しと同じくらいの身入りがある。7~8種のアイテムを一通り出して売れる傾向を掴み、それぞれの店舗でお客さんの欲しがる物を出している。
やる気を持てる労務管理システムを独自開発
■雇用労働を駆使しての経営の工夫は?
経費を圧縮して仕事の効率を上げていくことが大切だ。今の4人のパートは全員が子育て中で子どもが最優先なので、仕事へのモチベーションは求めてはいない。片意地を張らずゆったりとした雰囲気をつくるように心がけている。
私自身のスキルを活かし業務管理のクラウドのソフトを自作して使ってもらっているが、気持ちに余裕がある状態で働いてもらうと仕事に興味をもってくれる。1人の目で全ての圃場を管理するのは至難の業。手も必要だが目も必要だ。まずはトマトを見ようとする、興味を持つ目を育てる必要がある。
客観的に冷静に人を見ることができる人にはマネージャーの役職をつけ、栽培に秀でたリーダーと同様に給与に反映している。エンゲージメントに基づいた労務管理に加え、やる気をもって仕事をしてもらうことがトータル的に一人当たりの生産性向上につながる。
トマトは越冬作に絞り夏場はキュウリ等を
■これからの経営の方向は?
今年からの作付は、夏場はパプリカ、キュウリ、トウモロコシ。面積当たりの収入はトマトより落ちるが売り物がないよりはいい。トマトは越冬作に絞り、トマトのない時期はキュウリ。パプリカの販売時期は7~8月を想定している。
農閑期のパート労働活用に、農家の庭先販売用の下駄箱式自動直販機の開発にも取組んでいる。1号機が出来上がったところで、ネジしめやはんだ付けなどをお願いしようと思っている。農閑期はハウスに入らず電子デバイス事業の仕事に重心を置き、私がハウスでやっていた仕事はパートに任せるようにしている。
時に生産せずとも技術の持続を
■持続的経営に向けて。
正直にいって10年後、20年後まで考えが及ばない。仕事自体は上手くいっているし、栽培環境を見える化する機器を開発・製造する電子デバイス事業のセンサーも売れている。
労務管理システムも何人かが試しており販売につながればいいと思っている。トマトも作った分は売れている。
それぞれの部署がそれなりに上手くいって手応えもあるが、やはりお金がたりない。人件費や経費を払い借金を返すと何も残らない、場合によってはマイマスになる。農家のみんなが感じているストレスもこんなものではないか。
2020年と23年のアフターコロナでは時代が一段階進んでいる。その段階の身の振り方を考えなければならない。
トマト農家はみんなトマトを作るのが楽しすぎる〝トマト病〟だが、もっと広い視野をもつ必要があるのかもしれない。
農業を持続することは大切だし社会的な使命もあるが、それ以前に1人1人の人生を持続するという意味では、農業という職業にだけ固執していると続けられないのではないか。
例えば、野菜が供給過剰だとしたら一時的に他の職に就いて、生産はしないが技術は残しておく工夫をして、生産力が必要な時代が来た時に農業に戻ってくるようにする。それもSDGsではないか。
〈本号の主な内容〉
■このひと
施設園芸 現状から今後を考える
絹島グラベル 代表 長嶋智久 氏
■JA人づくりトップセミナー
JA全中が開催
■クローズアップインタビュー
ハウス栽培の脱炭素・持続可能な経営への取組み
ネポン㈱ 代表取締役社長 福田晴久 氏
■第44回 施設園芸総合セミナー・機器資材展
2月9・10日 タワーホール船堀大ホールで
日本施設園芸協会が開催へ