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日本農民新聞 2023年1月15日号

2023年1月15日

このひと

 

消費者と食品行政をめぐって

 

消費者庁長官

新井 ゆたか 氏

 

 

 昨年7月、農林水産審議官から消費者庁長官に就任した新井ゆたか氏に、就任半年を振り返って、食品関係に絞って消費者行政への思いを聞いた。


 

消費者に関する施策を間口広く

消費者庁長官に就任して半年。この間の感想から。

 消費者庁は、商品の取引、製品や食品等の安全、表示など、消費者の安全・安心に関する問題を幅広く扱い、担当する省庁が明確でない、ルールがない、といった〝すきま事案〟と言われる問題も扱っている。設立当初、各省庁が所管する法律のうち消費者に身近な法律、例えば、表示関係では、景品表示法、食品表示法等を、取引関係では、特定商取引法等を、安全関係では、消費生活用製品安全法や食品衛生法等を、公正取引委員会、農林水産省、厚生労働省や内閣府等から移管又は共管され、2009年に設立された。このような権限を元に、事業者に対して法律に基づく様々な措置を講じたり、消費者被害が拡大しないよう消費者に注意喚起を行うなどしている。

 食品関係では、食品表示制度を所管するだけでなく、特定保健用食品や機能性表示食品の制度を所管し、また、BSE等が社会問題化した後に措置された食品安全基本法に基づく食品安全行政の取りまとめ役の部分が、2016年に内閣府から移管されている。

 間口が広い消費者行政であるが、出先もなく職員は374名と少人数。皆本当によく仕事をしていると実感している。

 

保健機能食品の表示は随時改善

食品表示での課題は?

 食品表示制度が、消費者の食品を摂取する際の安全性の確保や自主的かつ合理的な食品の選択の機会の確保に資するよう、制度の普及啓発と適切な運用に努めている。

 国が定めた安全性や有効性に関する基準などに従って機能が表示されている食品に保健機能食品があるが、随時見直しを行っている。

 保健機能食品には、機能性表示食品、特定保健用食品、栄養機能食品がある。機能性表示食品は昨年11月25日現在で届出が5470件と、毎年増加を続けており、非常に大きな市場になっている。届出制度なので適正な表示を担保する意味から、事業者自らが届出内容の見直しや成分含有量などの科学的根拠を自主的にチェックしていただくことが重要だ。

 特定保健用食品は、食生活において特定の保健の目的で摂取する者に対し、その摂取により当該特定の保健の目的が期待できる旨の表示を行うもので、販売するにはその表示について許可が必要で、食品の有効性や安全性について一定の科学的根拠を示すことが前提であり品目数自体はそれほど増えていない。

 そのため再許可等の範囲の見直しや既存の規格基準型の柔軟化などの運用改善のための通知改正を行っている。

 

輸出拡大へ表示のグローバル化

食品表示ではグローバル化への対応も。

 昨年12月5日、「農林水産物・食品の輸出拡大のための輸入国規制への対応等に関する閣僚会議」において、「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」が改訂されたが、そのなかで、食品表示のグローバル化の必要性がうたわれている。

 今後日本の消費者が減っていくなかで世界の消費者を相手にしていくためには、中小企業も含め、海外で市場を開拓しなければならない。その点では表示のグローバル化は非常に重要だ。

 食料供給のグローバル化に対応し、食品表示制度も国際的な動向を踏まえた見直しが必要になっている。現行の食品表示制度は国際基準(コーデックス規格)に対しいくつかの特例を設けている。例えば、「水の記載は不要」、「一定以下の添加物は省略可能」などは、国際的にみると大きな例外になっている。特に添加物の例外は、日本から輸出する現地での表示すべき項目が記載されていないと、輸入できない事態も散見される。こうしたことのないように、現行の食品表示制度をコーデックス規格との整合性の観点も踏まえて見直す必要がある。必要な猶予期間をもって進める。

 

〝ハッピー〟な循環で食品ロス削減

食品ロス削減推進の役割も担っている。

 2019年に施行された「食品ロス削減推進法」に基づき、消費者庁が司令塔となって政府一丸で取組みを強化している。

 食品ロス削減の問題は、市町村などでは清掃部局がゴミ削減の一環として対応していることが多い。この問題は、消費の視点やゴミ行政、孤独・孤立の視点からもいろいろ取組むことができることから、法律の抜本的見直しの検討を始めている。

 行政にとってはゴミの削減、企業にとってはコストの削減、社会福祉行政にもつながる。

 まだ食べられる物がフードバンク等にいくことで、行政や企業も含めてみんなが〝ハッピー〟になる循環の枠組みを、それぞれの経路でチェックし、より円滑に回るための見直しをしていきたい。

 賞味期限を巡る商習慣の見直しを促進するため、食品安全のための基準ではなく、あくまでも「おいしさの目安」であることの周知にも取組んでいる。多くの人に食べられる物は食べてもらう。それがゴミ削減につながり、環境負荷低減にもつながる枠組みのなかで、法律的に何が足りないのかを点検し必要な見直しをしていきたい。

 

「エシカル消費」 認知だけでなく具体的行動に

人や社会・地域・環境などに配慮した「エシカル消費」については?

 消費者庁が毎年実施している「消費生活意識調査」によると、エシカル消費の認知度は、令和元年度12・2%だったが4年度は26・9%と2倍以上伸びた。20代のSDGs教育を受けた世代の認知度が圧倒的に高い。

 しかし実際行動に移しているかとなるとまだまだ低く、具体的行動に結び付けていくかを考えていかなければならない。

 どの程度の割高までならエシカル商品を購入するかの問いでは10%前後までしか許容されていないことは難点だ。オーガニックや有機農業の製品は2~3割は高い。

 よりコストがかからないように生産する一方で、いかにストーリーを付けて販売していくかの両面に取組み、ステップアップしていきたい。

 

食品衛生基準行政が消費者庁に

食品衛生規格・基準の業務が移管されるが。

 令和6年度には、現在の厚生労働省の食品基準審査課が行っている食品衛生に関する規格・基準の策定業務が消費者庁に移管される。

 食品添加物、残留農薬等の基準の策定は、科学的に設定されるべきで、消費者の権利の保護のための消費者政策と一体となってしまうのではないかとの懸念の声も聞く。そうではないとみなさんに申し上げている。食品衛生基準行政は、国内的にも国際的にも科学的知見をもって判断し、消費者の権利の保護のための消費者行政と全く別の次元で運営していく。その体制をしっかりつくる。

 食品衛生に関する規格・基準を策定し、関係する審議会へ諮問し基準をつくることにしており、これまでの厚生労働省での運営方針はそのまま引き継いでいく。

 

〝消費者力〟〝断る勇気〟で被害防止

新年、特に力を入れたいと思うことは?

 就任後の半年間でも、違法な取引に関する注意喚起などをいろいろな形で発出しているが、相手は〝手を変え、品を変え〟消費者に迫ってくる。特にコロナ禍でのSNSやWebの活用などいろいろな形で接触してくる。その時、何か変だと思う感覚がないと、いくら注意を喚起しても行政の対応は後追いにならざるを得ない。変だと思う〝消費者力〟で、立ち止まり、信頼できる人の知見を仰ぐことが大事だ。そして〝断る勇気〟が詐欺等の被害を防止する。

 消費者としての自立を支援していきたい。消費者として生き抜く力を少しでも培っていただくことに今年は力を入れていきたい。

 

食品企業の成長の芽創造へ

農水省課長時代から、食品企業のグローバル化を支援し続けているが。

 昨年11月、食品企業の方々と一緒に『食品企業 2030年、その先へ』を出版した。2010年代前半に食品企業のグローバル展開に向けて発刊したシリーズの第4弾だ。最近の状況をみると、2015年まで比較的堅調に伸びた日本企業の海外進出も頭打ちの状況で、これまでの戦略の見直しが今回の本の問題意識となっている。今回執筆に当たった食品メーカーの方々も含めて、10年後を見据えて成長の芽を創っていく必要性をメッセージとして送りたい。


〈本号の主な内容〉

■このひと 消費者と食品行政をめぐって
 消費者庁長官 新井ゆたか 氏

■3党農業担当議員にきく 2023年の農政
 自由民主党 農林部会長 武部新 氏
 公明党 農林水産部会長 下野六太 氏
 立憲民主党 農林水産部門会議部門長 金子恵美 氏

■2023農業関連団体・企業からの新春メッセージ

■新春インタビュー
 地域農業の維持・発展へ地域をリードする存在に
 日本農業法人協会 会長 香山勇一 氏

■JA全農 麦類農産事業の現状と課題
 JA全農 麦類農産部 武藤宗臣 部長

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