このひと
ロボットを活用した施設園芸の未来
AGRIST㈱
共同代表取締役 兼
最高技術責任者
秦 裕貴 氏
経済産業省と日本機械工業連合会が主催し、農水省はじめ関係省が共催する第10回「ロボット大賞」で、再生可能な農業の実現をめざした自動収穫ロボットの活用に取組む宮崎県のAGRIST㈱が農林水産大臣賞を受賞した。児湯郡新富町を拠点に、自社農場を持ち施設園芸ピーマンの自動収穫ロボットに挑戦し続ける同社の秦裕貴代表に、同社の取組みと農業におけるロボットの将来像を聞いた。
現場で生産者の声を聞きながら
■ロボット大賞で農林水産大臣賞を受賞した感想から。
農業にもロボットが必要だという生産者の声をベースに開発をスタートした。今回評価いただいた吊り下げ方式の収穫機は、現場に入り込んで生産者と一緒に開発したからこそ実現できたもので、この点を評価いただいたのは非常にうれしいし今後の自信にもつながる。
今ある課題に今ある技術の使いどころ見極める
■自身のロボットとの出会いは?
小さい頃から好きだったモノ作りが嵩じて北九州の高専に入学した。そこで機械工学・制御系の研究室に配属され、卒業研究のテーマとして造ったのが初めてのロボットらしきものだった。スノーボードのようなものが横向きで自分でバランスをとり移動していくもので、これをテーマに加速度センサーやモーターの制御を使った基本的なものを造った。
最先端技術を追い求めていくような研究型よりも、今ある課題に対し今ある技術をどのように使うか、その使いどころを見極めるような、課題解決型のものづくりが好きだった。
町、地域財団、農家とともに
■農業との出会いは?
卒業のタイミングで農家になりたい思いがあった。農業者の精神的な豊かさや食べ物を提供するホスピタリティの高い仕事であるのに加え、やり方次第では経済的にも儲かるところが面白いし、地方でできる点も魅力であった。
しかし、収益の安定性などを考え、いったん新規就農を諦めた。それで先輩と一緒に高専のなかで、ロボットの試作開発の会社を小さなベンチャーとして立ち上げた。
その後、宮崎の新富町の役場とそこで人材育成にも取組んでいる地域商社・こゆ財団のメンバーと出会った。高専に講演にきて学内にある我々の会社に興味をもってくれた。新富町は農業と町の振興に対してアグレッシブな取組みをしている町で、ここなら農業に関する開発ができるのではと何度か訪ねていくうちに生産者とも出会った。行政も積極的で、こゆ財団が宮崎に限らず内外の人的ネットワークを築いており、技術に明るいイノベータータイプの農家もいる。こんな環境はなかなかないと思った。
農業に興味があった私は、会社のサブ活動として安価な農業用の土壌センシングや環境センシングのような機器を開発するような活動にも取組んでいた。しかし、現場の生産者に聞くと「それより収穫作業がどうにもならない」という声があがった。センシングで収穫量が上がれば農家は幸せになるだろうと思っていたが、「実を成らせるポテンシャルはあるが、収穫が追いつかないから増えるだけでは困る」という話から、収穫ロボットの開発に結び付いた。
〝道具〟として認識されるように
■ロボットは農業のどのような課題の解決手段となり得るのか?
人と同じレベルの作業性をロボットに求めるとコストが上がってしまい、実用化しにくい。ロボットには完全を求めずに、割り切ってシンプルな単純作業を担わせるべきだと思っている。
生産者によって生産の仕方も少しずつ違うので、全てにフィットさせることは難しい。したがって、将来目指すべきところは、なんでもできる人よりも優れたイメージのロボットというよりも、農業の中の一つのプロセスを担う〝道具〟や〝機械〟として認識されるような収穫ロボットにしていくことが重要ではないかと思っている。
ロボット使用前提に新しい農業パターンを
■宮崎に拠点を置いて農場も構えている理由は?
きっかけは新富町のみなさんとの出会いだが、いい製品を作る上で現場で農業のことをよく知ることが重要かつ必須だと考えて宮崎に拠点を置いている。現場近くで開発していると、ヒアリングだけでは分からないような季節ごとの農場の変化や農作業の工程全体を体感することができる。ロボットの機能や仕様をシンプルに削る過程で、現場を深く知ることが非常に重要になる。
この観点から自社でも農場を持ち、栽培・出荷もおこなっている。この自社農場の中でロボットの改善と、栽培方法もロボットに合わせて最適化している。
まずは自社で、ロボットを使う農業の型、ロボットを使うことを前提とした新しい農業のパターンを構築していく。
吊り下げ式で安定走行、レンタル方式で
■ロボット自体や運用の特徴は?
第1の特徴は、ワイヤーに吊り下げて移動すること。農場のなかは泥濘や剪定作業後の枝葉や潅水チューブなどがあり、地上を走行するロボットが止まらず動き続けることは困難。この課題を解決するためにハウス内に設置したワイヤーに吊り下げて移動する方式を採用した。
第2の特徴は、収穫ハンド。吊り下げ式の場合、ロボット全体が揺れるのでハサミでピンポイントに位置合わせして収穫するのは難しい。そこで、歯付きの2本のベルトを巻き取るような形で回し、茎を巻き取るように収穫するハンドを搭載している。そのまま出荷できるように、ヘタを短くカットする工程も同時に行えるようになっている。
機械はレンタル方式で、初期費用と毎月のロボットの収穫量に応じて手数料をもらうことにしている。我々としてもロボットの性能が上がれば上がるほど利益がある。フェアな形で支払いいただく方法を提供していきたい。
ロボット一台で10~20aの範囲を担うことを想定している。
必要な機能に絞りシンプルに
■課題とその対応方向は?
ロボット側ではコスト面。構造や製造工程を工夫してできるだけシンプルで低コストにしていくことが重要だ。
もう一つの課題は、収穫能力と運用方法の確立。
ロボットの収穫量とそれにかかったコストを単純に計算すると、まだ人手の方が安い。一方で、収穫最盛期に収穫が追いつかなくなり収穫サイクルが長くなると木に負担がかかり、次につくはずの花や実が落ちてしまい結果として収穫量が落ちてしまう。
ロボットが毎日少しずつ収穫することで木を疲れにくくし、収量の落込みを軽減できれば、純粋なロボット自体の収穫量以外のメリットを出せると見込んでいる。
新しい変化のきっかけづくりへ
■ロボットを使う将来の農業の姿を。
当社は「100年先も続く持続可能な農業」をビジョンとしている。100年後、イメージとしては孫の代まで引き継げる農業の形を作りたい。
そのためには収益性や生産性を高めていく必要がある。100年先には農場の環境も変わってくるだろう。農業に変化を起こしていくような、変わっていくような文化・風潮をつくっていくことが、100年先も続く農業の重要な点だと考えている。
農業は1年に1回しかトライができず変化をさせにくい構造だが、そこに変化を起こしていくことが重要だ。
まずは我々のようなベンチャー、スタートアップのようなポジションから、新しい変化のきっかけをつくれたらと考えている。
〈本号の主な内容〉
■このひと ロボットを活用した施設園芸の未来
AGRIST㈱ 共同代表取締役兼 最高技術責任者
秦裕貴 氏
■第26回 JA女性組織フレッシュミズ全国交流集会
3年ぶり実開催で活発に相互交流
■施設園芸新技術セミナー・機器資材展 in 高知
11月30日~12月1日 高知ぢばさんセンター(高知県)で
日本施設園芸協会が開催へ
・日本施設園芸協会 大出祐造 会長 あいさつ
・開催概要
・出展者からのメッセージ