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〈行友弥の食農再論〉江戸幕府の闘い

2021年8月25日

 江戸時代の「大坂堂島米市場(米会所)」が「世界初の先物取引所」であったことは、海外でも広く認知されているという。

 商品の先渡し契約自体は堂島より早く、17世紀オランダのチューリップ取引でも行われていた。しかし、堂島では現物(正米)市場と先物(帳合米)市場が併存し、後者では現物の受け渡しを前提としない差金決済も導入されていた。現代の商品・金融市場の先物取引は、このシステムを受け継いでいるという。

 帳合米取引は投機を主目的に行われたが、現物の売り手や買い手も先物によってリスクヘッジができた。たとえば売り手は先物を売っておけば、出来秋の現物価格が先物より値下がりしても、損失を回避できる。逆に値上がりした場合は差損が出るが、それでも将来の収益を確定できるので経営安定のメリットがある。

高槻泰郎著「大坂堂島米市場 江戸幕府VS市場経済」によると、江戸幕府は当初、現物を扱わない取引を禁じた。しかし、次第に規制を緩め、米価急騰時だけ取引を停止させるといった柔軟な対応に改めた。現代でいえばサーキットブレーカー(価格の急変動に応じた一時的な取引停止措置)だろう。

 同書には、幕府と米商人の虚々実々の駆け引きが描かれている。財政悪化を背景に実態とかけ離れた「空米(からまい)」を売る藩も出て、その対応にも追われた。市場に翻ろうされながら、懸命に知恵を絞る役人たちの姿が目に浮かぶ。

 帳合米取引は明治維新の翌年に廃止されたが、それを142年ぶりに復活させたのが2011年、大阪堂島商品取引所における米先物の試験上場だ。同取引所は本上場を目指していたが国は認めず、廃止が決まった。参加者数の伸び悩みなどが理由だが、明確な基準も示されなかった。今秋の衆院選を念頭に置いた政治的な配慮ともみられている。

 オランダのチューリップ取引が世界初の「バブル」を発生させたように、投機という「尻尾」が実体経済という「胴体」を振り回す懸念はある。しかし、メリットとデメリットを見極めながら、市場と格闘した江戸幕府に学ぶことはできないか。少なくとも、この10年間の総括を示してほしいものだ。

(農中総研・特任研究員)

日本農民新聞 2021年8月25日号掲載

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