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〈行友弥の食農再論〉この水は飲めません

2021年4月25日

 「飲んでもいいの?」。昨年9月26日に福島第1原発を視察した菅義偉首相は「処理水」のサンプルを見て尋ねた。案内役の東京電力関係者は「飲めます」と答えたが、首相は飲まなかったという(昨年11月3日付「朝日新聞デジタル」より)。

 処理水とは、廃炉作業中の同原発に流れ込んだ雨水や地下水から放射性物質を除去したもの。セシウムやストロンチウムは取り除けてもトリチウム(三重水素)は残っている。同原発敷地内のタンクにため続けているが、あと2年ほどでタンクの置き場所がなくなるため、政府は13日、薄めて海に放出する方針を決めた。

 海洋放出には地元福島だけでなく、全国の漁業関係者が反対している。その6日前に菅首相は全国漁業協同組合連合会の岸宏会長と会談し、風評被害対策などを説明して理解を求めた。岸会長は反対の姿勢を崩さなかったが「漁業者の意見を聞いた」形を整えればよかったのだろう。政府と東電は6年前に「漁業者の理解なしに処分しない」と約束していたが、それを反故にしたことになる。

 福島県漁連は原発事故以降10年間続けてきた「試験操業」を今年3月末で終え、本格操業への手探りを始めたばかりだ。地元漁師は語る。「やっと本格操業に移行して5年か10年で震災前の状態に戻していこうと決まった矢先に、こういう話が出てくるのはおかしい」「ちゃんと説明してくれれば、我々だって納得する。説明がないから怒っている。絶対海へ流しちゃいけないとは言っていない」(いずれも「テレビユー福島」ニュースサイトより)

 どんなに対策を取っても風評被害がゼロにならないのと同様、どれだけ説明しても漁業者から100%の理解は得られないかも知れない。しかし、もし首相が地元へ足を運び、漁業関係者とひざ詰めで話していたら、そしてテレビなどを通じて自らの言葉で国民に安全性を説明していたら、受け止め方はかなり違っただろう。

 沖縄県の米軍基地移設問題しかり、日本学術会議の会員任命問題しかり。当事者の話を丁寧に聞かず、説明も尽くさない「問答無用」の姿勢は一貫している。こんなやり方では「飲めるもの」も、飲めない。

(農中総研・特任研究員)

日本農民新聞 2021年4月25日号掲載

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