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日本農民新聞 2021年3月15日号 第1部【特集】東日本大震災から10年

2021年3月15日

JA全中副会長(JA福島五連会長、JAふくしま未来会長)菅野孝志氏このひと

東日本大震災から10年を振り返って

JA全中 副会長
(JA福島五連会長、JAふくしま未来会長)
菅野 孝志 氏

〝伝わったか〟検証し国民理解を
JAグループ災害対策中央本部を常設

東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年となった。菅野孝志氏に、JA新ふくしま専務(当時)時代から、JA福島五連会長そして全中副会長となったこの10年を振り返ってもらいながら、復旧・復興へのJAグループの取り組みと今後を聞いた。


営農と暮らしの判断を迫られた2か月

当時を振り返って率直な思いから

 2011年3月11日。そこからの1~2か月は、我々にとって勝負の時であった。

 特に福島県では原発事故の影響もあり、浜通り地区を中心に16万人以上の県民が県内や全国各地に避難。直接の被災地であったJAふたば、JAそうま、JAたむら(いずれも当時)管内は、組合員はもとより役職員も避難を余儀なくされ事業活動が不可能となった。

 しかし、避難指示区域以外の店舗などでの代替により、農林中金・共済連等の支援のもと、全国のJAでの便宜支払い等が開始された。特にJAふたばはほぼ全域が避難指示対象となったため、県内各地や埼玉県に臨時営業のためのサポートセンターを開設し、避難者の貯払いや共済の手続きを行なった。

 その後、避難指示が順次解除され支店等での営業が再開されたが、大熊町や双葉町などの帰還困難区域では、依然再開が見通せない状況で、福島市や郡山市などの避難先で営業を継続している。

 JA新ふくしま(当時)が、組合員の総意のもと作り続けていく決意を確認したのは4月5日だった。「作っても売れなかったらどうする」という声が出たが、損害賠償のフレームの構築が、営農継続意欲を後押ししてくれたことは大きかった。

 県内の組合員は、先代から引き継がれてきた農地での営農を途絶えさせるか否かの判断を求められた。自らの暮らしをいかに守っていくかの判断を迫られた2か月間であった。

未だ払拭しきれぬ風評被害

福島の現状をどう感じている?

 現在も被災市町村の住民帰還が遅れ営農再開の妨げになっている。営農再開率は面積換算で30%程度に留まっている。この10年間で担い手の高齢化は著しく、営農再開意欲は低下しつつある。一方で、他県からの農業参入や意欲ある地元生産者を中心に新たな担い手もおり、水田営農が順次再開されているほか、さつまいも・玉ねぎ・長ねぎ・花きなど新たな農産物の生産も開始された。

 全国の支援や関係者の努力により、生産現場ではこの間、除染も進め、米の全袋検査を1千万超袋もおこなうなど懸命な努力を続けてきた。ようやく昨年から被災12市町村を除きモニタリング検査で大丈夫となった。

 しかし、米、牛肉、桃など品目によっては未だに風評被害が残っている。流通過程のどこかで「原発」を引きずり安く買いたたかれている。

 自分達が作った農畜産物が、良質で美味しいという商品そのものの価値を認めて欲しいという農家の思いは切ない。こうした状況が10年経っても解決できていないのは非常に寂しい。とにかく、風評被害を完全に払拭したい。

 我々としては、生産者が意欲をもって農業生産に取組むために、さらにGAPを拡大し安全・安心情報を流通業者や消費者に理解してもらう取り組みを重ねていく。

 いま特に感じていることは、伝えた情報が〝伝わったか〟否かが分からないこと。伝える生産者側と受ける消費者側にすれ違いがあるのではないかと。いかに伝わったかで評価も変わる。本当に伝わったかをもう一度検証していくことが必要だ。震災以降、多くのことを伝えてきたつもりでも、どれだけ伝わったかの視点で物事を捉えたことは少なかった。しっかりと伝えることで、新たに理解して味方になってくれる人が増え、風評被害も徐々に緩和されていくのではないか。

 こんな視点で、安全・安心な物を届けている生産者の努力と農畜産物の適正な価値を発信し、国民理解の輪を拡げていきたい。

助け合いの力「JAグループ支援隊」

JAグループの取り組みでは

 JAグループでは、全中が直ちに災害対策中央本部を設置し支援体制を構築。各県の対策本部へ物資供給を行なうとともに職員を現地に派遣。原発事故による農業被害損害賠償請求窓口として東京電力との交渉を行なった。

 中央本部の支援と損害賠償のスキームにより、福島県内の農業団体が設立した協議会では、これまでに農業関連分野で約2470億円の賠償を実現した。

 国内外の協同組合から寄せられた募金や義援金は総額100億円以上となり、組合員の暮らしや営農再生の〝種玉〟として活用された。協同組合の助け合いの力に、本当に感動し感謝の思いでいっぱいだ。

 国連は2012年を「国際協同組合年」と制定、世界の結集軸として協同組合が認識された。協同組合は助け合いの組織。その象徴的なものの一つが東日本大震災での「JAグループ支援隊」だと思っている。支援隊は4年間で延べ1万5673人にのぼった。

 以後、熊本地震や西日本豪雨などで組織化され、熊本地震では東北から、西日本豪雨では熊本から駆け付ける参加者が多いなど、被災JA間で相互に支援が行われている。

「対策本部」常設でより機動的に

今後の自然災害へのJAグループの対応の基本方向は?

 全中では、令和元年7月に「JAグループ災害対策中央本部」を常設とした。災害が頻発するなかで、少しでも早く機動的に動けるようにしたいとの思いからだ。大きな災害が発生するたびに、支援隊の組織や募金活動など、グループ内の連携は相当程度定着している。

担い手づくり「基本計画」実行の検証で

震災を踏まえ、これからの農業の課題は?

 被災地域での営農再開、なかでも担い手の確保が最重要課題だ。福島では、安定的所得確保へ「米」のほか園芸や畜産との複合経営による「持続可能な農業経営モデル」の確立、復興事業を活用した高収益品目の産地形成の取り組みを進めている。

 昨年、新たな「食料・農業・農村基本計画」が制定されたが、この実現のための担い手づくりが我々の役割だと考える。自分の地域、自分の産地がどうあるべきか、「基本計画」にある自給率目標等を繙き市町村別ごとに落とし込みながら品目別の今後の方向を具体化し、そのために必要な担い手の数を割り出していく。20~30年サイクルで次の世代への継続を考え、核になる人達を創り出していくことが地域の再生につながっていく。

 震災もそうだがコロナ禍で大変な今だからこそ、経済的な豊かさとともに〝心の豊かさ〟を実現できる農業経営を、「基本計画」の実践状況を小まめに検証しながら構築していきたい。

耕し続け自然の循環を守り育む

災害の原因となる、昨今の気候変動や生態系に思うことは?

 今、地球は劇的に変化している。20~30年後には、本州におけるリンゴはよほど標高の高いところでなければ産地化が難しく、米の品種も変わらざるを得なくなるだろう。その中で我々ができることは、山から海までの自然の循環を守り育み、自然の価値の持続化を具体化していくことではないか。

 『JA綱領』に基づいたJAの組織・事業活動は、SDGsの17項目の目標と全て合致している。

 SDGsは、人間が人間らしく生きる社会をつくることだと思っている。自然の循環をより豊かにし、先祖伝来の土地をより価値のあるものに高め次代に渡していく。価値を減らさない、できればわずかずつでも積み上げることができるよう、大地を耕していく。

 人間が手を入れた山や大地は、手を差し伸べ続けなければ、間違いなく価値が減少していく。東日本大震災を経験したからこそ、なおさら価値の持続性が生まれる緑豊かな大地を大切にしていきたい。


〈本号の主な内容〉

■このひと 東日本大震災から10年を振り返って
 JA全中 副会長
(JA福島五連会長、JAふくしま未来会長)
 会長 菅野 孝志 氏

■「東日本大震災から10年」でフォーラム開く=農林中金総研
 「持続可能な農業と地域の再生に向けて」テーマに

東日本大震災から10年 現地は今  宮城県 ㈱やまもとファームみらい野
 福島県 JA夢みなみ 農産物直売所 はたけんぼ
 岩手県 陸前高田市 市議会議員 鵜浦 昌也 氏

■発災後10年目における東日本大震災からの農林水産業の復旧・復興
 農水省が取り組みの現状を公表

■「東日本大震災および近年の大規模自然災害への対応」
 JA共済連が公表

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