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〈行友弥の食農再論〉トリトンの告発

2020年2月26日

 子どものころ「海のトリトン」というテレビアニメが放映されていた。手塚治虫原作で、イルカに乗った少年トリトンが悪の「ポセイドン一族」と戦うストーリー。だが、作品のモチーフとなったギリシャ神話のトリトンは、海神ポセイドンの息子だという。
 科学用語の「トリトン」は三重陽子(陽子1個と中性子2個でできた原子核)のことで、それを持つ水素の放射性同位体がトリチウム(三重水素)。このトリチウムを含む水が福島第1原発の敷地内にたまり続けている。原子炉の汚染水からセシウムやストロンチウムを除去しても、水と同じ性質のトリチウム水は残る。東京電力は22年夏ごろ貯蔵能力の限界に達するとしている。
 政府は専門家らの議論を踏まえ、トリチウム水を海に放出する考えらしい。地下深く埋める案や、水蒸気にして大気中に放出する案も検討したが、海に流すのが一番「経済的」で「十分に薄めれば海の環境に影響はない」と説明する。
 当然、漁業関係者を中心に地元の反発は強い。福島の漁業はまだ試験操業の段階で、漁獲量は徐々に回復しつつあるものの、まだ原発事故前の1割強だ。本当に安全だとしても「海洋放出」が報じられただけで、積み上げてきた努力が「水の泡」になりかねない。
 一般紙の社説は、国や東電に批判的な新聞も含め「海洋放出はやむを得ないが、地元の理解を得てやれ」というトーンで共通している。一見もっともらしいが、よく考えるとおかしい。そもそも理解を求める相手は「地元」なのか。今も福島の農林水産物に不安感や不信感を抱く一般国民、あるいは日本産食品の輸入規制を続ける外国にこそ説明を尽くすべきではないのか。それを欠いては「地元をうまく説得しろ」と言っているだけのことだ。裏返せば「地元は我慢しろ」「説得に応じない地元が悪い」という理屈にもなりかねない。
 来月には双葉町の一部で避難指示が解除され、浪江-富岡間が不通だったJR常磐線も9年ぶりに全線開通する。東京オリンピック・パラリンピックに間に合わせ、復興をアピールしたいのだろう。だが、福島の傷はいえていない。トリトンがその欺まんを告発している。
(農中総研・特任研究員)

日本農民新聞 2020年2月25日号掲載

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