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〈行友弥の食農再論〉空気からパンを作る

2026年4月25日

 「空気からパンを作る」などと言ったら笑われそうだが、農芸化学の専門家が言う比喩(ひゆ)だ。空気の78%を占める窒素から化学肥料を作り、その肥料で小麦を育て、その小麦がパンになることを意味する。

 具体的には空気中の窒素を水素と反応させ、肥料の元になるアンモニアを生成する。20世紀初頭に2人のドイツ人化学者が開発した「ハーバー・ボッシュ法」だ。その技術が農業生産力を飛躍的に高め、食料増産を支えた。近代農法の重要な基礎と言えるだろう。

 問題は水素を何から得るか。かつては石炭を、現在は主に天然ガスを使う。天然ガスの代表的な産地がカタール、サウジアラビア、オマーンなどのペルシャ湾岸諸国だ。アンモニアと、そのアンモニアから作る肥料用の尿素もそこで生産されている。アンモニア・尿素の貿易量の3割以上がホルムズ海峡経由だそうだ。

 米国とイスラエルの攻撃に対抗してイランが同海峡の通航を制限したため、その供給が滞った。農林水産省によると、4月第1週の尿素の国際価格は1年前の2倍に急上昇した。原油相場も高騰したが、肥料は石油のような長期備蓄もなく影響はより深刻だ。

 肥料、燃料、飼料など多くの生産資材を輸入に頼る日本農業。食料安全保障や食料自給率向上が叫ばれて久しいが、国内の生産基盤がいかにぜい弱かであるかを、今回のイラン危機が改めて突き付けた。

 古い話だが、1991年のソ連崩壊で石油や化学肥料を輸入できなくなったキューバでは、やむなく有機農業と都市農業(都市住民が手近な土地を耕して自ら作物を栽培する)を国民に奨励した。世界経済の分断と混乱が長期化すれば、いずれ日本もそうせざるを得なくなるかも知れない。

 ちなみに天然ガスから水素を取り出す過程では、多量の二酸化炭素(CO2)が排出され、地球環境に負荷をかける。窒素肥料を使い過ぎれば、CO2と同じ温室効果ガスの一酸化二窒素が土壌から発生する。空気からパンを作り過ぎた結果、その空気の逆襲が始まったようにも思える。未来の人類が窒息しないよう、農業のあり方を考え直すべき時ではないだろうか。

(農中総研・客員研究員)

日本農民新聞 2026年4月25日号掲載

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