■基本法改正の受け止め方
遠のく日本農業の再生
5月29日の参議院本会議で食料・農業・農村基本法の改正案が可決され、改正法が成立した。内容的には野党からの提言について盛り込まれることはなく、附帯決議というかたちで野党提言の痕跡をとどめることでピリオドが打たれた。
今回の基本法改正によって崖っぷちにある日本農業に、再生に向けた光が差し込むことを期待していたが、率直なところ日本農業の危機を打開していく最後のチャンスを逃すことになってしまうのではないかと危惧している。
食料安全保障や環境との調和等についての理念や施策、農福連携や多様な農業者等が盛り込まれるなど一部は新たな動きも反映させてバランスをとったように見えなくもないが、全体としては既存の効率化・大規模化の基本路線への拘泥には変化はなく、従来路線での農政展開が続くものと考えられる。半世紀余りで約3割も減少した農地面積など、効率化・大規模化だけでは対応しがたいことは明らかであり、そして間もなく団塊の世代の大量リタイアが始まることは必至でありながら、こうした小手先の改正案にとどまったのは、まさに農政の貧困を象徴するものであると言わざるを得ない。
■改正のポイント
危機感に欠ける農水省と与党
改正のポイントになった第一点は食料安全保障である。そもそも基本法見直しが穀物の需給ひっ迫状況の中で起こったロシアによるウクライナ侵攻によって、穀物相場のみならず諸資材全般の高騰を招き、これまで海外に依存していたこれらの輸入がままならなくなったことから、にわかに食料安全保障が大課題、緊急課題として浮上してきたものである。
第二点が環境との調和で、2021年に農水省がみどりの食料システム戦略を発表したが、農業をはじめとする第一次産業でも地球温暖化対策への取組みを免れなくなってきたもので、こうした動きを基本法にどのように反映させるかが焦点となった。
そして第三点が農政審議会の検証部会で協議がすすむほどに浮き彫りになってきた農地や担い手の減少等、持続性を急速に喪失しつつある日本農業の脆弱性に、どのような方向性を持って対処していくのかが大きなポイントとなった。
本来的には第三点目が基本問題としてあり、これを中心に基本法のあり方について議論すべきところが、第一、二点目について議論する過程で、第三点目についても避けて通れなくなったもので、基本法が成立して25年が経過したとはいえ、農水省は日本農業が大幅な農地の減少や深刻な担い手不足にありながらも、効率化・大規模化の基本路線を変更するには及ばずとして、基本法を抜本改正することは想定していなかったものと推測される。
これは日本農業の現状に対する認識の差であり、農水省そして自民党は、現場が持つ危機感を共有することなしに改正案の成立をはかったように受け止めている。
■改正法と附帯決議
改正法と附帯決議の落差
改正法は食料安全保障の強化や環境との調和をはじめとして、新たな情勢に対応した取組みが盛り込まれるなど評価可能な点もあるが、肝心の担い手の確保や所得補償の導入、都市農業振興・都市農地保全、有機農業、アニマルウェルフェア等々、重要な課題への対応が抜け落ちており、全体としては既往路線を基本としつつ、食料安全保障の確保を強調するとともに、若干の新たな課題を追加することによってバランスをとった中身となっている。
こうした改正案について国会では野党から所得補償の導入をはじめとして重要な問題提起がなされながらも、野党提案はほとんど反映されることはなく、結果として野党からの提案の多くは附帯決議として明記されるにとどまった。衆議院での附帯決議をもとに一部加筆・修正するかたちで参議院での附帯決議が採択されたが、その前文では「食料自給率は一度も目標が達成されたことがない。」との率直な反省が書き込まれるとともに、農業所得の向上、障害者等も貴重な農業人材であること、食育の重要性、人権の尊重やアニマルウェルフェア、生物多様性の保全、有機農業の推進、安定的な種子の供給、都市農業の推進等が明記されている。
これらのほとんどは改正案には盛り込まれなかったものの、その必要性、重要性は与党も認めざるを得なかったものと理解されるが、まさにこれらの多くは今後の日本農業のあり方、方向性を大きく左右するものであるといえる。
なお、附帯決議の中の「農業所得の向上」は、立憲民主党と国民民主党は所得補償を求めていたが、与党は「所得補償」ではなく「農業所得の向上」という表現で飲み込んだものであることを特記しておきたい。
その意味では積み残した重要課題は多く、できるだけ早くさらなる基本法の改正に向けた動きが必要とされることになるが、当面は附帯決議は改正基本法そのものではなく、法的な裏付けはないものの、〝国会の意思〟としてこの附帯決議を楯に、基本計画策定の中で提案を繰り返していくことによって日本農業の維持・再生を働きかけていくことが残された途なのであろう。
ここで付言しておけば基本法は「農政の憲法」とされてはいるが、宣言法、理念法という位置づけ・性格でいいのか。食料自給率の向上をうたいながらも停滞を続けてきたことに象徴されるように、実効性にとぼしく予算の裏付けを持たない基本法のままでいいのか、基本法のあり方についての議論・整理が求められるのではないか。あわせて農政審議会のあり方、委員の人選も含めた見直しが欠かせないように思う。
■JAグループへの期待
今こそ求められるJAグループの底力
こうした基本法の改正も踏まえてJAグループは、本年10月18日に開催を予定している第30回JA全国大会で大会議案を決定する運びとなっている。このため6月6日の全中理事会で決定された組織協議案をもとに、6月から8月にかけて都道府県段階、JA段階での組織協議が行われることになる。
日本農業が危機的状況に置かれている中で、小農・家族農業も重要な役割を果たしている地域農業を維持していくために何ができるか、そのために何が必要か、まさに現場の実情と危機感を踏まえた率直な意見を大会議案に反映させてほしい。まさに日本農業の再生のためには協同の力を発揮させていくことが不可欠であり、農協・協同組合の真価が問われているということもできる。
JAグループがこの正念場を乗り超え、組合員と同時に国民の負託に応えていくことを心から期待したい。
(農的社会デザイン研究所代表)
日本農民新聞 2024年6月15日号掲載