今月4日に農林水産省が発表した昨年の農林水産物・食品輸出額(速報値)は前年比25.6%増の1兆2385億円となり、政府の1兆円目標をついに突破した。喜ぶべきことには違いない。しかし、これで日本の農林水産業が強くなったと考えるのは早計だ。
一つは多くの識者が指摘するように、ここには輸入原材料を使う多くの加工品が含まれている。また、純粋な農林水産物も利益がすべて生産者に還元されるわけではない。だから、この輸出増が直ちに国内一次生産者の所得増や食料自給率・自給力の向上につながるとは限らない。
もう一つは「円安」要因だ。この輸出額と2012~21年の10年間における円の実質実効為替レート(世界の主要通貨との関係を貿易額や物価の変動も加味して算出した数値)を表計算ソフトで対比すると、両者は有意な「逆相関」を示す。要するに「円安になると輸出が増える」ということだ。乱暴な分析だが、円安という「下駄」をはかせてもらった部分があるのは間違いない。
その下駄は、多くの原材料や生産資材を輸入に頼る産業にとって「アキレスけん」でもある。農水省によると、昨年12月の農業生産資材価格は前年同月比7.2%増。寄与度の大きい順で言えば、飼料が同17.2%、光熱電力が23.7%などの大幅な値上がりだ。為替だけが原因ではないが、このコスト増の逆風に比べたら、輸出増の追い風は微々たるものだろう。
筆者が農水省担当記者だった1995年4月19日、円相場は1ドル=79円75銭と歴史的な円高を記録した。国内物価への影響を取材したが、円高で農水産物の輸入価格が下がっても国内の加工・流通コストが高いため、店頭価格はあまり下がらなかった。今はそれが逆転し、国内生産者の原材料費や光熱費が上がっても価格転嫁はなかなか進まない。誰がしわ寄せを受けているかは、言うまでもないだろう。
輸出の伸びは弱い円、つまり「安売りされる日本」「買い負けする日本」と背中合わせかも知れない。輸出促進も大事だが、農林水産業の再生は、まず足元の国内市場を取り戻すことを基本にすべきではないだろうか。
(農中総研・特任研究員)
日本農民新聞 2022年2月25日号掲載