日本農業の発展と農業経営の安定、農村・地域振興、安心・安全な食料の安定供給の視点にこだわった報道を追求します。

〈行友弥の食農再論〉「自助」の条件

2020年10月25日

 先月の当欄で、菅義偉首相がマキャベリの信奉者であることに触れたが、スマイルズの「自助論」を読むよう同僚議員に勧めたというエピソードも日本経済新聞で読んだ。「天は自ら助くる者を助く」という格言の出典である。地盤・看板(知名度)・カバン(資金)のどれ一つない立場から、自己の才覚と努力だけで一国の宰相に登り詰めた人らしい。

 首相の言う「自助、共助、公助」という順序は一般論としては正しいと思う。まず自分で頑張り、無理なら周囲に助けを求め、最後は公的支援に頼る。個人の尊厳を重んじるリベラリズムの基本であり、地方自治の「補完性の原理」(大が小を補完する)にも通じる。その原理は欧州連合(EU)を基礎づけるマーストリヒト条約にもうたわれている。

 一方、厚生労働省が数年前から提唱する「地域共生社会」では「共助」とは別に「互助」が重視される。同省の用語法では「共助」は医療・介護・年金といった社会保障制度のこと。それに対し、地域住民の顔の見える関係による支え合いが「互助」だ。

 互助が重要性を増しているのは、それがすたれてしまったからだ。昔は農村だけでなく都市でも、地縁・血縁による相互扶助があった。しかし、経済成長の過程で地域コミュニティーや家族・親族の「つながり」は薄れ、互助を体現する協同組合や自治会などの「中間団体」もその機能を弱めた。

 前政権下で進められた農協改革は、助け合いより競争を通じた「成長」を志向するものだった。互助はすたれ、共助・公助も財政悪化を背景に削られていく。市町村合併で役場は遠くなり、「地方創生」を掲げながら実際は弱い地域が切り捨てられていく。

 宮本太郎・中央大教授は9月26日付毎日新聞のコラムで「自助が可能なように共助が支え、共助の支え合いが成り立つように公助が地域を支援する」という連携型システムを提示した。自助は確かに基本だが、そのための条件を共助や公助が整えなければならない。橋脚や橋げたにひびが入っていては、安心して橋を渡れない。力強い自助を引き出すためにも「支え合い」の再構築が必要だろう。

(農中総研・特任研究員)

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