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令和元年度第4回JA営農指導実践全国大会 事例発表

2020年6月1日

JA全中が令和元年度第4回JA営農指導実践全国大会 JA全中全国農業協同組合中央会)は、令和元年度第4回JA営農指導実践全国大会(2月27日)で、特に優れた産地振興や技術普及に取り組んだ営農指導員を表彰した。全国8ブロックの各代表が事例発表を行い、最優秀賞に〈北海道・東北ブロック〉JA山形市(山形)経済部農業振興課の鈴木公俊さん、また特に優良な事例である審査員特別賞に〈近畿ブロック〉JA兵庫みらい(兵庫)営農経済部あぐり創生課の多鹿文彰さんがそれぞれ輝いた。

 なお、同大会は例年全国から多数の営農指導員が参加しているが、今回は新型コロナウイルス予防の観点から、2日間の日程を1日に短縮するとともに、参加者を各ブロック発表者と最小限の随行員・審査員に限定する等、規模を縮小して行われた。会場では登壇時以外のマスク着用やアルコールでの手指消毒が励行された。

最優秀賞〈北海道・東北ブロック〉山形・JA山形市 鈴木公俊さん

山形セルリー生産振興とブランド確立への取り組み~若者、バカ者、よそ者の挑戦~

JA営農指導実践全国大会最優秀賞山形・JA山形市 鈴木公俊さん 当JAは山形市の旧市内を管轄するセルリー(セロリ)の東北随一の産地で、春と秋の2回、大産地の端境期に出荷されている。1997年に1億円超の産地に成長したが、高齢化や施設園芸の多角化等で栽培が減少、2013年の出荷額はピーク時の三分の一ほどに減少した。
 14年、セルリー部会長から「出荷額減少に歯止めがかからず産地消滅の危機だ」と問題を提起されJA全農山形と「山形セルリー農業みらい基地創生プロジェクト」を立ち上げた。
 私は2000年に入組し、03年に宅建士の資格を取得。金融・共済・不動産業務に従事し、本プロジェクトの実務を取り仕切るため、15年に新設された農業振興課の課長に就任した。
 部会と合意形成を図った際、農家から「本気で取り組むのであれば、残りの人生をかけて技術伝承と後継者育成を行う」と力強い賛同をもらった。
 このプロジェクトには「レントファーム」「担い手育成」「販売戦略」の重要な3つの柱がある。
 レントファームでは、不動産事業での経験を活かしながら生産振興に向け栽培ハウスを団地化。JAが土地を借り、井戸や農機等を付帯した栽培ハウスを整備し、規模拡大を目指す生産者や新規就農者に貸し出す。
 施設の利用料は機械等の使用料を含め1棟で年間10万円。あくまで農業振興のための投資で、投資金額回収は30年以上かかる試算だが、施設園芸に莫大な設備投資が必要な昨今、農家の代わりにJAが投資リスクを背負う画期的なものだ。
 就農1年目は利用料を全額免除し就農定着に向け支援も行っている。 担い手育成では、農業次世代人材投資資金等の活用や、ベテラン農家への研修制度を確立。2年の研修修了後にレントファームに就農する。 多様な媒体で利用者を募り、11名が利用、うち7名は新規就農者だ。就農者には信用事業の経験を活かし経営面や税務申告等のアドバイスしている。
 また県内の園芸分野初のJGAPの団体認証を取得。防除や農場リスク等の文書化は、新規就農者の定着や栽培技術の伝承にも寄与している。
 セルリー栽培は温度・湿度管理が難しく、2年間の研修では感覚がつかみきれない。そこでICT技術でデータを〝見える化〟し、蓄積することで栽培歴50年のベテラン農家の経験・技術を受け継いでいる。
 販売戦略では、農水省のGI(地理的表示)保護制度や特許庁の地域団体商標に登録した。
 また「セルリー大使」の委嘱や、料理コンテストの開催、デザインを依頼する等魅力向上に努めたほか、東北6県の主要な生協をはじめ、協同組合間連携を実施。収穫体験や販売提携を行い、相場に左右されない販売先を全国各地に確立した。
 結果、生産者が21名まで増加し、今年もさらに増える予定だ。かつては一番若い世代が40代で全体の13%だった年齢構成も、現在は20~40代までの若者が部会の34%をしめ、非農家出身は25%にのぼる。
 ブランド確立でキロ当たりの販売単価も14%上昇し、出荷量も栽培面積の拡大と担い手育成により、令和元年は13年比2倍強とV字回復した。 副題は、プロジェクトに私を抜擢していただいた際、当時の役員からの激励の言葉だ。
 私たち〝若者・バカもの・よそ者〟の挑戦は、農業が抱える様々な課題や困難を解決する糸口になると確信している。

審査員特別賞〈近畿ブロック〉兵庫・JA兵庫みらい 多鹿文彰さん

「施設アスパラガス産地化」に向けた取り組み

 当JAは販売高の7割を米が占める。2016年当時は、18年産から米政策が変わるため農家に漠然とした不安が広がっていた。また農業者の所得増大・農業生産の拡大へ営農指導の役割が変化している時期だった。
 当JAでは、①生産コストの低減、②増収に向けた技術指導、③収益性が高い農産物の産地化、を進めることにした。今回は③について説明する。
 役員を交え話し合った際、施設アスパラガスは収益性と作業性のバランスが取れた作物だという点に注目。上司に提案したところ「試験しながら具体的に進めてみなさい」と許可が出た。
 まず、16年に職員が試験栽培し、上手くいけば翌年売り方を考え、販売方法に目途がついたら18年から組合員に振興しようと計画した。
 5月に試験栽培を開始し、10a程のハウスを借りて、アスパラガスの栽培適性・実作業性・栽培方法検討のため、職員自ら土づくりから収穫まで実施。TACや信用共済部門の職員にも手伝ってもらった。
 試作の結果、栽培は可能と分かり、地域独自の栽培暦・防除暦も出来上がった。のちに整理して、普及の大切なツールとなっている。
 管理作業をしていると、農家が質問のため試験圃場に訪れる。すると面白い取り組みだと広まり、「ちょっとみせてよ」と他の農家や、取り組みを取材したい方も来て、圃場が営農指導・研修・情報発信の場になった。
 当JAの園芸作物には販売高が1億円を超えるものがない。そこで5ha1億円とわかりやすい目標を立てた。生産者が栽培に専念し、また出荷物が全量JAに集まる集出荷体制を検討。圃場で収穫後、最寄りのJAに持ってくるだけで、残りはJAが選別・箱詰めし、市場に出荷する。
 アスパラガスは施設栽培が前提で初期投資がかかる。導入コスト低減へ独自助成金制度を使いやすいよう再整備する等、体制を整えた。
 17年に栽培説明会・現地見学会を開いたところ、180名ほどが参加。同年より取り組みを開始したいと、計画より1年前倒して9名の生産者が栽培を開始した。
 産地のインパクトを強めるため、18年5月に部会を設立。当JA全域をまたぐ初の部会が誕生し、〝JA兵庫みらい産〟として外へ出す土台ができた。生産者にも一貫性を持って指導・普及を行う体制ができた。
 販売先は当初より注目いただいた卸売市場と全農の担当者を交え、単価を設定。1㎏1200円と新興の作物としては十分な高単価を得らえた。当初の目標には届いていないが、右肩上がりで将来性がある品目だ。農家と話す引き出しが一つ増えたことも大きい。
 現在は農閑期の新たな収入源等で栽培されているが、アスパラガスだけで食べていける農家が出るよう、部会活動の充実、営農指導・出荷販売体制の強化を行っていく。

〈関東甲信ブロック〉長野・JA長野八ヶ岳 菊池晋一さん

J―GAP認証取得に向けて~JA長野八ヶ岳JGAPレタス部会の取り組み~

 JGAPに取り組むきっかけはJA全農長野からの提案だった。
 当県のレタス供給量は8月に8割を超え、うち当JA分は51%を占める。
 オリンピック・パラリンピック等もあり供給への責任感もあった。
 GAPは販売単価にはすぐ直結しない、面倒な作業も増え費用も掛かる。その点を周知し、理解してもらった上で、生産者に腹決めをしてもらう点が非常に重要だった。
 対象者として、生産者のうちリーダー的な生産者がいる地域や世代、性格的に几帳面等、技術員の感度で当たっていくことに。3支所・7名が理解を示してくれた。
 当JAでは2017年より、本所や各支所にJGAPの指導員基礎研修を受けた職員がいたため、指導員全員が対応する態勢を整えた。部会長を中心に団体事務局に本所の企画振興課、各支所の技術員がサポート、該当者がいない2支所が内部監査を務める等役割を分担。
 私の支所は対象者がいないので内部監査の責任者を引き受け、マニュアルの作成と監査の準備等を行った。
 認証取得には農場用・団体事務局用の管理点と適合基準の理解から始まる。これができなければと次に進むことができない。
 そしてマニュアルを作成し、それに沿った運営を確認、内部監査をし、不適合があれば是正し審査を受ける。農場用の管理点では教育訓練や労務管理等が不得意だと判明したので、既に認証を取得した他の農場を視察しイメージを掴んだ。
 準備の中盤、事務局は現状と今後の方向性を改めて説明しながら理解を求めつつ、農場ごとに異なる進捗状況の差を支所の営農指導員が個別に対応して足並みをそろえた。
 18年に栽培・収穫、19年に取扱いまでについて取得し、JGAPを使用した流通が可能となった。
 現在2名が入会を希望している。今後は取引先との信頼を高め持続的な農業生産を導く産地のリーダーの育成を行いたい。

〈北陸ブロック〉石川・JA石川かほく 櫻井和幸さん

小さな田舎産地の魅力を引き出そう~ブランド化の取り組みを通じ、持続可能な産地を目指して~

 高松ぶどうは2019年に栽培100周年を迎える産地だ。
 しかし生産者の高齢化や、成木まで5年かかるため新規就農者が就農しづらいこと、豪雨等の気象災害が増加し所得が不安定になる等の課題があった。
 12年当時、5年後には70歳を超える高齢生産者ばかりになることから10年後には産地が消滅するのではないかと危機感を覚え、産地再生へ、①ぶどう生産者の所得向上、②新規就農者・後継者の育成、③県内外への販路拡大、に取り組んだ。
 デラウェアではジベレリン処理を行う4~5月が高温傾向になったため対策講習会を企画。
 また新規就農者にベテラン農家が同行して指導を実施し「師匠ができた」と喜ばれ、技術・所得も向上、JAと組合員の信頼関係構築につながった。
 県独自のぶどう「ルビーロマン」では、商品化率が約40%と低く技術向上が課題となっていた。当時は1つ約800gだったが、消費者へ調査した結果、600gほどの需要が高いと判明。
 重量・着果量を下げる圃場巡回「腹8分目運動」を実施した結果、商品化率が最大30%改善した。
 新規就農者には空き圃場の早期把握を行い、借り手と貸し手をマッチング。Uターン者等が地域に馴染めるようサポートしている。
 また女性・若手農業者を交え議論し、ルビーロマンの果実を活かしたリキュールを作成。時期が短い高松ぶどうを通年でPRできるようになり、規格外の廃棄も減り所得向上につながった。
 取り組みの結果、デラウェアの平均単価は28・6%上昇。ルビーロマンの出荷量は234・4%増加し栽培面積も増えた。増収・販売額増加により、生産者意欲の向上や生産者との信頼関係の構築等の効果もあり、産地が活性化した。
 今後とも、地域に必要とされる営農指導員として、次の100年に向け取り組みを進めていく。

〈東海ブロック〉静岡・JAしみず 戸塚元樹さん

産地団結!枝豆100万袋の出荷維持~チャレンジ『駒豆』7課題の実践~

 当地域の枝豆栽培は約100年前から開始されたと言われている。平成初期に枝付き枝豆「駒豆」が商品化され、最盛期には150人以上・10億円以上の売上があったが、現在では80名・3億円まで減少した。
 そこで駒豆100万袋の出荷維持を掲げ、2016年から7つの具体的な施策を掲げたほか、集出荷業務の改善にも取り組んだ。
 ①J―GAP取得…GAP取得へ生産者有志を募り、勉強会を繰り返し実施。18年にASIAGAPver1を6名で取得したが、維持審査を事情により断念した。
 ②栽培指針策定…安定出荷と単位生産量の10%向上を目指し、優良農家10名ほどの栽培方法等を徹底的に調査。若手や新規生産者の栽培技術基準に活用。
 ③露地枝豆の産地化…ハウスと複合で、耕作放棄地等を活用した露地の枝豆を普及した。ハウス産と異なる茶豆風味の品種を選び、現在30名・販売額6000千円に拡大。
 ④枝付き枝豆の優位性…「駒豆」の枝部分があることの優位性を検証し収穫後10日ごろまで枝付きの方がうまみ成分が多いことを実証。
 ⑤枝豆通信の発信と拡大…生産者・取引先に年4回情報提供。
 ⑥消費宣伝の手法…消費宣伝会実施で効果が高かった店舗を抽出し活動。他業種と連携も行った。
 ⑦担い手育成の体制及び10年後のシミュレーション…10年後の産地の状況を予測し、出た値から駒豆100万袋維持の対策を検討。対策をしない場合面積は現在の値の40%、出荷数は31%等ときびしい結果になった。
 ⑧集出荷業務の改善…各作物の集出荷時間を見直し、パート雇用で職員の負担軽減。出荷数量、販売への影響は全くなかった。
 取り組みによって、出荷量は上昇傾向にある。生産者に〝駒豆100万袋維持〟の目標が浸透した。

〈中国ブロック〉鳥取・JA鳥取西部 池本亮平さん

日南トマトの産地振興

 日南トマトは1990年に販売額1億円を突破。99年には2億円に迫ったが、高齢化や収量の伸び悩みと、肥料・農薬等資材の高騰や気象災害等で生産者の意欲低下を招いていた。
 そこで関係機関が連携し、産地再生へ「日南町旨い果菜の里づくりプラン」で、①栽培面積・新規生産者の確保、②単収アップ・品質高位平準化、③有利販売・販売促進、に取り組んだ。
 ①栽培面積・新規生産者の確保…初期投資負担軽減策として、県・町と連携して、生産者へハウスを10年間リース。また農業研修生制度を創設し、U・I・Jターンを受け入れ後継者を確保・育成。18年までに13名が新規に就農した。
 ②単収アップ・品質高位平準化…生産部の下部組織に、若手生産者の青年部会を設立。生産者の所得と栽培意欲を向上させるため、収量増を目指し、裂果と着果不良を克服した品種「りんか409」の導入を検討した。品種名を隠して味を比較したところ評判がよく、本格導入へ。新品種に合った栽培技術を普及すべく、講習会実施や各地区の状況をまとめた「日南トマトン情報」発行した。
 ③有利販売・販売促進…知名度向上へ消費者向けの宣伝活動、消費者とのふれあい交流会や食育活動等地道なPR活動を行い、販売体制を強化。地元で愛される産地づくりを意識した活動も実践。15年に特許庁の地域団体商標にも登録した。
 出荷量が増えたため、新たに広島市場と取引を開始。また販売が苦戦していた8月のみ3Lサイズトマトを契約販売し、単価底上げに成功した。
 その結果、生産者所得と産地全体の販売額が向上。18年初めて2億円を突破した。五分の一が新規生産者になった今、日南トマトを守り・育て・受け継ぐ人・技術・販売を強化し、未来へつなぐ産地づくりを実践していく。

〈四国ブロック〉高知・JA高知県 石原浩信さん

ルナピエナスイカ~ブランド力飛躍への取り組みと農業所得から見る成果~

 ルナピエナは2005年、夜須のスイカの呼称統一を目的に誕生した。珍しい冬の中玉、初夏の大玉を栽培し、厳格な基準をクリアしたものだけが称号を与えられる。
 当産地では、重油高騰により品目転換を行う農家が続出。ブランド産地でも再生産ができず、部会消滅が危惧された。
 そこで消費者に冬のイメージがなく販売が低調な冬のスイカの品種転換と設備導入支援、広報活動に取り組み、所得を増大させ、安定的再生産を目指した。ブランドイメージを崩さない品種茜SORAを選定したが、農家はうるみ果が少なく旨味がある特性は認める一方、秀品率・出荷量の低下等、生産性への懸念から転換に慎重だった。
 そこで作れる品種を作るのではなく技術で品種を〝作りこなす〟ため、一人一畝全作・全ハウスを試験し、データを確保。農家から出た栽培面の留意事項をデメリットに思う・思わない人をリスト化し両者の栽培データを比較、潅水量等最適な行動を共有した。
 ブランドイメージを保つため、試験品の糖度・食味検定や、成分データを計測し集積。市場へ細かく提供して、食味も確認してもらった。
 地道な広報活動で徐々に注目を浴び、メディア対応では裏付けのとれた情報提供や料理の監修まで、全面的に協力した。
 また冬の生産に欠かせない重油の高騰が農家の品目転換の一因だったため、補助事業を活用し、省エネ設備と環境制御機器の導入を支援。重油の経費占有率が38%から24%まで削減された。
 15年の新品種全面導入直後より、生産金額は反当り平均80万円増加し㎏単価も導入前比で約110円増加した。作型に変化のないとある篤農家では、反当り売上70万円増、経費46万円減となった。
 多角的に農家を支援することが必要だが、信頼関係が構築できれば、農家とのタッグはゆるぎないものとなり、統率力へと進化すると感じる。

〈九州・沖縄ブロック〉長崎・JA島原雲仙 田中慶輔さん

担い手育成の取り組みについて~雲仙ブロッコリー部会販売高7億円達成に向けて~

 2011年度、ブロッコリーの氷詰め低温流通施設導入と共同選別を開始。
 労力減と面積拡大、品質の統一向上につながった。部会員から18年度産までに取扱数量1750t、販売金額7億円を目指そうと声が上がり、①意識の統一と意欲の向上、②新規部会員の確保、③商品化率の向上、④販売単価の追求、の振興方策に取り組んだ。
 しかし面積・部会員数が伸び悩み、販売単価・販売金額は上昇したが取扱数量が伸びなかった。
 そんな中、県の果樹技術者協議会の総会で、若手後継者を組織化し多様な活動をしていると知り、これだ!と感じてすぐに役員会を開いた。
 後継者が活発に活動すれば部全体の士気が上がり、地域活性化にもつながると提案したところ役員、若手からも賛同があり、15年に若手後継者会を発足した。
 農薬や肥料試験、定例会や勉強会、販売経過報告等を実施。目標達成へ意識や、栽培上の問題点等を共有する。若手後継者会で品種試験を実施し、役員会にかけて評価が高かったものを品種構成の中に入れている。
 若手からは栽培技術の向上や、いろんな相談ができる仲間づくりとなる等、会が楽しいと声があがった。また参加者が地域の他の若手に話したことで、ブロッコリーを作りたい・部会に入りたい人も増加したため、受入団体等登録制度も活用。
 部会員数は、13年~18年の間に15名増、面積は40ha増に。18年度産実績は、取扱数量1946t、販売金額7・6億円と、目標の7億円を達成できた。
 次世代への継続性も強化され、18年度は第48回日本農業賞・集団組織の部の大賞、今年度は第58回農林水産祭・天皇杯を受賞した。
 近年産地間競争が激化しているが、若手後継者会をさらに充実させ、消費地ニーズに対応したブロッコリー産地を目指し、販売金額10億円を目標に取り組んでいく。

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